ストライク・フリーダム伊藤

むっしゅたそ

自衛隊格闘指導官、伊藤殉職

 僕の名前は伊藤。家庭が崩壊して自衛隊に落ち延びた強さへの渇望に満ちた若者である。


 父はDV野郎だったが、柔道ばかりやっていた高校生の時代にプッツンして、取っ組み合いの喧嘩をして、窓ガラスに向かって押し込んで、割れたガラス片で血まみれにした。


 すぐに父はそういった人間を閉じ込める〝施設〟に僕をぶち込んだが、そこに収監された少年たちは、誰も心を開いていなかった。僕はここで心を開いている人間と閉ざしている人間の違いを見て取った。


 母は統合失調症で、妄想と現実の区別がつかず、僕は大変な被害に遭った。そのときインターネットで読んだ「共依存」という記事をきっかけに、僕は通信制の高校を卒業するとともに自衛官になった。


 自衛隊の過酷な訓練をこなしていたが、僕はもともと体力があったので余力があった。そこでブラジリアン柔術の道場に通って、すぐに青帯を取って、そこらの自衛官には負けなくなった。


 すぐに格闘指導官のバッジを取るために、軍式格闘の訓練を受けたが、娑婆の格闘技に比べて、(そこそこの強さを大量生産するという軍式のセオリーなのかもしれないが)洗練されていないと感じた。よって割と余力を持って格闘指導官のバッジを手に入れることができた。


 それから筋トレにもハマって、ウェイトトレーニングをこなしながら鶏肉を食べる生活を続けると、170㎝ない身長フレームなのに、90kgを超える筋肉の鎧を纏うに至った。


 マッチングアプリを使って恋人もできた。自衛官はモテるようだ。


 僕は呪われた家に生まれ、毒親に育てられたマイナスを、これから取り戻していく人生になれば良いなとなんとなく考えていた。


 階級は3等陸曹。早生まれの26歳。いわゆる軍曹と呼ばれる階級だった。


 ――あるとき、演習場整備の任務に携わった。演習場を作るために大木をチェーンソーで切り落としていくのだ。僕は次々と、大木を切り落としていったが、そこで事件は起きた。


 大木を切った瞬間鉄砲風が吹いたのだ。


 支えを失った大木が僕の上に倒れてくる。


 ――助からないと瞬時に悟った。


 任務中の死亡は確か1階級しか昇格しないんだったな。


 二階級昇格には、防衛大臣の認証が必要なんだよな。


 そうか、じゃあ僕は、2等軍曹までしか上がれないのか。


 そんな観念が頭をよぎった直後、

 大木の下敷きになって、頭を強く叩きつけられ、僕の意識は朦朧とし、すぐに消え去った。


 —―頭の中に声が聞こえてくる。


『伊藤軍曹、任務ご苦労様』


「えっと、誰ですか? 僕は死んだはずじゃあ?」


『私は世界の理。君は死んだみたいなんだけど、君は機能不全家庭に育って苦労し、それをバネに努力をしたけど報われる前に死んでしまった。それは可哀想だから、君に来世をあげよう』


「えっと、よくネットとかで流行ってる〝異世界転生〟って奴ですか? 僕の自衛官としての能力が向こうの世界ではチートだったりするんすか?」


『いやいや、世の中そんなに甘くないんだよ。君は異世界ではなく〝日本〟に転生するのさ。伊藤という苗字の人に転生する。だが、肉体が保持できる期限はたったの1日』


「え、じゃあ結局転生できても、たった1日でまた死ぬんすか?」


『そういうことになるね。でも大丈夫。その肉体が終わっても、また現代日本に再転生するようになっているから』


「……それってちょっと怖い気がするんですが。終わりがないってことなんですか?」


『いやいや、君にしかできないミッションなんだ。君がこの世にはびこる悪、をある程度討伐、退治したら、このミッションは終わりさ』


「討伐? 現代日本で? で、その討伐が終わったら結局僕は無になるんっすか? それってなんか、意味ないじゃないですか」


『まあそこがどうなるかは、君次第だよ。でもかなりタフな君なら、この宿命も乗り越えて行けそうな気がするね』


 —―僕の意識は再び暗黒の世界へ還って行った。

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