第2話

「ねぇ、あなた。ごめんなさい。服を脱いでくれる?」

「見せたら、オーダーに入れてくれますか?」

 僅かに瞳孔を開いた女性のオーダー取調官は、何かを指示したようで胸元のマイクに囁いた。自分にはわからない暗号だ。破裂音から始まる言葉は日本語にはない。

「………それはわからない。まずは、あなたの健康状態を調べないといけないから。足、折れてるでしょう。それに、その爪、自分で剥がした傷じゃない。指が何本か砕けてる上に———手首の痕。多分手錠よね」

 治療をしたオーダーから報告されであろう内容。また一目で確認できる数々の傷を取調官が口にした。伸ばされて手に従って手を預けると、女性は鋭い目をした。

「その状態では、試験への参加は認めらないかもしれません」

「参加?でも、オーダーは試験さえ合格すればいいって」

「———言わないといけないようね。オーダーは、確かに学科試験に合格しないといけない。だけど、体力測定。身体検査。つまり健康状態。怪我に病気、精神状態なども加味される。わかっているでしょうけど、オーダーは危険な職業。どうしても身体が資本になる。致命的な疾患がある子は、そもそも振り落とされる可能性がある」

 振り落とされる?じゃあ、試験すら受けさせて貰えない?

「まずは傷を治す為に入院して貰います。そうすれば適切な処置を、」

「明日、試験を受けてからなら入院します」

「だから、まずは」

「私には、行き場がないの————!!」

 取調室中に木霊する。自分の声で、自分の耳がおかしくなりそうだった。歯を食いしばり、爪のない手から血が溢れる。切り裂かれた肉が、腐った肉がまた裂けた。

「………そう、あなたもなのね。だけど、言わせて————珍しくないの」

 一瞬、世界が凍ったようだった。

「オーダーに来る子は皆、理由がある。とてもじゃないけど全ては言い切れない。とても言葉に出せない理由の子もいる。そして、全て加害者じゃない。全て被害者。あなたもわかる筈。選択肢の中でも、最も過酷で、最も現実的じゃない選択。だけど、選ばないといけない子供達がここに来る。もう一度言わせて、服を脱いでくれる?」

「………見せたら、オーダーに入れてくれますか」

 声が震える。拳が砕ける。さっきまで持ち合わせていた復讐の火種が消えそうになる。銃を使う、刃物を使う、火薬を使う、暴力を使う。全て自分が施されて来た事だ。怖い、本当に奥歯が揺れ動き、寒さで背骨が曲がりそうだった。

「私は、復讐しないといけない。私の人生を奪った家族に———」

 だとしても、私に今残っているのは空腹と痛みと絶望、そして復讐のみ。

 復讐を絶やさない為には、全てを燃やさなければならない。本当に全てを。

「復讐。その先にあなたは何をするの?オーダーは犯罪者じゃないと」

「私は何度も燃やされた!!何度も殴られた!!何度も窒息した!!何度も犯された!!何もかも奪われた!!あいつらは犯罪者だ!!私は、私は、ずっと———」

 言葉が出なかった。あまりの怒りに筋肉が麻痺する。

「服、脱げばいいんですよね」

 迷う事などなかった。服どころか下着ごと剥ぎ取り、肌の全てを見せつける。

「————どうですか。まだ、必要ですか」

 一秒だったかもしれない。数分だったかもしれない。数時間だったかもしれない。私の肌を見た取調官は、小さく息を吸うと目を閉じて、またどこかへ連絡する。

「もういい。服を着て」

「答えて下さい。これで私はオーダーに成れますか?アイツらに復讐できますか?」

 私の姿はどう見える。身体中に傷を携えた、哀れな少女か?家族だと思っていた人間達に、何もかも奪われた痛々しい小学生か?他人から見ればそうだろう。だけど、違う。私は、そんなただの被害者だけでいいはずがない。私は、化け物だ。

「………あなたの家族について、詳しく教えて」

「答えがまだです。私、ダメと言われても明日参加しますから。この身体のまま体力試験も健康診断も受けます。もし、私を不合格にすらなら———明日には、あの家を火の海にする」

「自分が何を言っているのか、わかってる?その時、あなたはオーダーじゃない、逮捕される側に成る」

「それが何ですか。私は、あの家に復讐出来ればそれでいい。逮捕されるだけで皆殺しに出来るなら、アイツらを燃やし尽くせるなら、何も迷わない————復讐の先に何をするか。答えてあげます。どうでもいい。その先なんて、私には要らない!!」

 目が開く。心臓が高鳴る。アイツらの肉片を焼け焦げた死体を足蹴に出来るのなら、これ以上の快楽はない。何にも勝る、人生最高の絶頂だろう。

「……そう、そこまで言うのね。名前、聞かせて貰える?」

「サイナ————」

「サイナちゃん、いえ、サイナさんね。わかった。なら明日、試験会場に連れていってあげるから、今日は出来る限りの傷の治療をしましょう。こっちに来て」

 脱ぎ捨てた服を手に取った取調官が、甘い言葉を掛けながら私に近づいて来た。知っている、この言葉を知っている。傷つき倒れた私に、ひとりの男が使った甘言だ。

「そういって誘って、部屋に閉じ込めて、何度も何度も———」

「———言うまでもないようね。合格よ」

 一歩下がった私の言葉に、そう返した取調官だが、なおも服を手渡しに近づく。

「オーダーは個人では成り立たない。極限状態で最後に物を言うのは自分の判断力。それは決して否定しない。あなたはきっととても優秀なオーダーに成れる。だけど、何もなくなった時、最後に縋りつけるのは自分以外のオーダー」

「必要ありません。私は、一人でずっと耐えてきた」

「では、そんな状態でどうやってオーダー街に来れたの。あなたの顔は、ゲートには登録されていなかった。誰かがあなたを連れ出してくれたから、救われたのじゃない?」

「こんなのただの罪滅ぼしだ!!私は、誰にも救われてなんかいない!!」

 喰らい付く姿勢を見せる。爪はない。手は砕けている。なら最後にあるのは顎だ。

「————違いないわね。そんな状態のあなたをホテルに置いて、去ってしまうなんて。ただの遺棄と変わりない。あなたは、間違っていない」

 なおも近づくオーダーに、飛び掛かる寸前だった。

 気付いた時には、私は床に倒れ伏し、腕を背中に回されていた。

「あなたの覚悟はわかった。同時に、これでわかった?どうしたってあなたは私の手助けなくては外にすら出れない。ただの小学生だなんて、侮ってごめんなさい」

 口では優しい事を言っているが、腕は一切緩めない。だけど———この程度の痛みがなんだ。

「動かないで!!」

 構わずに寝返りを打とうとしたが、取調官が私の背中に両足の膝を乗せ、体重で圧し潰した。呼吸が出来ない、切り裂かれた背中の傷が痛い。床に押し付けられている胸の痣が頭に響く。————なんだ、この程度か。

「それ以上は動かないで!!本当に、腕を折ることになる!!」

「だから、それがどうした……私は、腕が無くても!!」

 眼球が飛び出そうだった。軋む腕を放置し、首だけで振り返った時。

「………これは何の騒ぎですか?」

 誰かが取調室に入って来た。声は女性の物だった。

「なかなか来ないので直接出向いたら、何をしているのですか?」

「あ、あなたは————」

 腕の拘束が解けた瞬間を狙い、床を転がりながら部屋の隅へと逃げる。

「保護した小学生相手に服も着せずに捕縛術。査問科尋問官の尋問方法は随分変ったようです。怪我はさせていないですね?」

「え、ええ。はい」

「その割に、傷だらけです。爪などほとんど残っていないようですが」

 白衣を来た女の医者らしかった。まとめた長い黒髪とあまりにも整い過ぎた顔は神秘的な印象を持たせる。そして女性取調官、改め尋問官はその人の事を恐れて見えた。私の身体を下から上までを見渡した女医はひとつ頷くとポツリと呟く。

「火傷、」

「なんですか……」

 あれだけ燃え盛っていた怒りが、この人を見ていると徐々に治まっていく。

「まずは服を着なさい。ここでは適切な処置が出来ません」

「………必要ありません」

「それを判断するのは医者の仕事。あの医者が出払っていると聞き、駆け付けたのです。私に患者なり得る少女を放置して帰れと?そんな事は許されません」

 女医が服を投げつけて来た。それを拾い、袖を通した時————。



「目が覚めましたね?」

 女医の顔が見えた。慌てて逃げようとするが、手足を拘束されていることに気付く。あの部屋での光景が頭をよぎる。抵抗せよという時もあれば、完全に抵抗できない状態での私を望む人間達もいた。だから、最後の抵抗に必死に睨みつける。

「暴れない様に」

 そう言って———あっけなく女医は手足のベルトを外していく。

「………何のつもりですか」

「私は医者です。確かに暴れる患者を取り押さえる仕事も時にはありますが、あなたには不要と考えました」

 ベルトを外された腕を胸の前に運んだ時、衣服を着せられてることに気付く。けれど、それは病院着でありすぐさま脱げる様に前を紐一本で結んであるだけだった。

「まずは今の状況がわかりますね」

「あなたに殴られた。そして気絶した」

「殴ってなどいません。けれど、知らない人間からはそう見えてしかるべきですね」

 確かに袖を通した時だった。意識が遠のくを思い出す。

「手荒な真似をした事は謝罪します。けれど、その原因はあなたにある、理解していますね」

「………今、何時ですか」

「朝7時です。試験にはまだ時間があります———そして、説明を」

 自分はまたもやベットの上にいた。しかも、傾きがあるシステムベット。十中八九、病院だ。窓の空を日が差し、眩い光で病室を照らしている。

「説明って、なんですか」

「あなたは昨日のままでは、確実に試験を突破出来ない。学力はわかりませんが、健康状態、精神状態共に不合格を受けるでしょう。体力測定などそもそも受けさせられない」

「………だったら、もうオーダーには用はありません」

「落ち着きなさい。まずは手を見て下さい」

 手?今更なんだと言う。視線をずらし、今も胸の前にある手をゆっくりと見る。

「————爪が」

 信じられなかった。確かに大半の爪が剥がされ、血の塊がこびり付いていたというのに。目の前にあるのは淡い桃色と白の綺麗な指先、爪だった。慌てて両手を見るも、どちらも変わらず生え戻っていた。試しに拳を作っても、痛みが走らない。

「痛みはありませんか?」

 信じられなかった。手を裏返せば、あの真一文字の傷の消えている。腐った肉も、昔の血色のいい白い手に戻っている。何が起こっているのか分からない、夢の続きなのかと思い、強く握れば僅かに痛みがある。だけど、それだけ。

「問題ないようですね」

「な、なにをしたの?」

「爪はペンを握る上で重要な皮膚です。体力測定でも必要となる。また手の傷は放置していれば切除も視野に入るレベルであった為、処置を施しました」

「私の身体じゃないの?」

「いいえ、紛れもなくあなたの身体です」

 思わず手首を見るが、手首の痕はそのままだった。

「手首、前腕、上腕、及び全身の火傷やうっ血、切り傷には傷の治療こそしましたが、手を施していません。それは生活での支障をきたさないものですから、許可が下りませんでした」

「許可?」

「続けます。口腔内の治療、殺菌は問題なく終了。及び肺、肝臓、腎臓、心臓、腸、子宮への外傷に関しては私の判断で手を施しました。背筋を伸ばしなさい、もう痛みはない筈です」

 言われるままに背筋を伸ばす。あれだけ全身を蝕んでいた、もはや慣れてしまっていた痛みも感じない。健康体、そんな言葉が心に灯った。そして、やはり気になった。

「歩いてもいいですか?」

 恐る恐る口に出すと、頷いた女医を確認した後、ゆっくりと床に足を降ろす。

 腿と脛の傷こそまだあるが、砕けていた脛が白いものに治っていた。立ち上がるも、痛みは感じない。あり得なかった。自分の記憶が確かなら10時間程度しか経っていないのに。いまだ火傷の僅かな痛みこそ走るが、たったそれだけだった。

「体力測定で、砕けた脛など致命的です。あの状態で走ろうものなら脛から骨が突き破った筈。これには切断すら視野が入り、生活に支障をきたすとして許可が下りました」

 何をいっているのか、まるで理解出来ない。

 許可とはなんだ。生活に支障をきたす。一体、誰が判断している。

「あなたが、私を治したんですか?」

「————私の顔を覚えないように」

 そう言って持っているカルテに視線を逸らしてしまう。

 ベットに再度座り、女医の話に耳を澄ませる。

「本来なら、この治療技術は許されざるもの。同じ怪我を負っても、二度目はないと思って下さい。しかし、あなたの血筋がわかった為、今回は特別な経路で治療の許可が下りました。————あなたには、司法取引の強制が下される」

「シホウトリヒキ?」

「今は考えなくて結構。いずれわかります。その時は、ずっと先です」

 実際、聞いてもわからなかった筈だ。だから、大人しく流した。

「続けます。あなたは、この後すぐに試験会場に向かうことになる。しかし、私達が出来る事はここまで。察しているでしょうが、オーダーの学科試験は全うに小学課程を卒業すれば合格できるもの。寝起きで身体が重いかもしれませんが、体力測定も滞りなく開始されます。また健康診断も。懸念があるとすれば———」

「精神状態……」

「言った通り、私が関与するのはここまで、後は自力で解決しなさい」

 それだけ言って、女医は出て行ってしまった。そして、変わるように私に技を仕掛けたあの尋問官がワゴンを押して入室する。正直、合わせる顔がないと思った。

「顔色、昨日よりもずっといいわ」

「……」

「後2時間と30分。ここから試験会場はバスで30分程度。急いで朝食を取りなさい。シャワーも浴びる?」

 と言われ、首を振る。差し出されたのは、いわゆる病院食。

 粥(コメがほぼなし)、黄色い何か(恐らく卵と出汁を混ぜた奴)、ほうれん草(切り刻んで青臭い)、やけに多いスポーツドリンク(甘すぎて飲めたもんじゃない)を出され、無理やり喉に通す。その光景がよほど面白いのか、尋問官は笑みを浮かべた。

「よく食べれるわね。それ、すっごい不味いでしょう」

「出されるだけ、ずっと良いです。空腹は、苦しいので……」

「そうね。そうに違いない」

 袂の椅子に座った尋問官は、私の顔を眺めやはり笑みを浮かべる。

「やっぱり、小学生ね。まだまだあどけない」

「———私、何年も前から学校に行ってません」

「私と同じね」

 聞こえた時、思わず顔を向けた。

「同じ?」

「言わなかった?私、小学校は一年しか行ってないわよ。だから小学生の期間なんて、ほとんど記憶にないの。ちなみに、まだ私は十代だからよろしくね」

 差し出された手を見ると、そこには手袋。それも指先が出た長い手袋だった。

「手首の傷、隠せるでしょう」

「……いりません」

「ダメ、しっかりと装着して」

 突き出した手袋は何時まで経っても戻らなかった。引き下がらないと悟った私は、大人しく腕を通すとやはり満足気に笑んでくる。

「大変だったんだから。親の眼を盗んで勉強して体力作りして。なけなしの服を売ったお金でオーダー街まで来て。本当に大変だった———」

「いえない理由……」

「そう、私も言えない理由でここに来た。皆、同じ。皆、苦しんでここに来た」

 視線を窓の外に移した尋問官は、しばし無言なってしまった。私は静かにそれを眺め、手袋を握りしめた。皆、同じ。皆、苦しんでここに来た。なら、本当に私のような人も————。

「だから、聞かないであげて。どれだけ苦しそうでも、どれだけ救われない人がいても————自分から話すのを待ってあげて。同じように、あなたも言わなくていいから」 

「……隠していいんですね。私、もしかしたら全て出回っているかもしれなくて」

「そっか。うん、そこも私と同じなんだ」

 そういって尋問官はスマホを取り出した。

「見える?これ、私があなたと同じか少し幼い頃」

 息を呑んだ。そこには、私と同じ姿のこの人がいた。

「爪、剥がされるのきついよね」

「……はい、気絶したくても出来なくて」

 スマホをしまった尋問官は、食事が終わるまで話し相手になってくれた。試験内容こそ話してはくれないが、中等部での授業内容や銃を使った射撃訓練。どうやらオーダー中等部はまだ銃の携帯義務はなく、それは高等部からだと知らせてくれた。

 いきなり銃を持たされるのでないか、と僅かに不安であったが笑いながらそれはない、最初は分解とか見学。撃っても問題ない安全な弾での訓練から始まる、と教えてくれる。あまりにもなかなか持たせてくれないから、途中でうずうずしてくるとも。

「じゃあ、そろそろ行こっか。まずは着替えてね」

 と言って、ベッドカーテンを閉める。そうだ、本来着替えとは人に見せないものだと気付いた。用意された服は尋問官の趣味だろうか、黒のレザー気味でどことなくパンクな雰囲気を感じさせた。

 タイツと大き目の黒革のアウターを着てからカーテンを開ける。

「いいね。カッコイイじゃん」

「ありがとうございます。だけど」

「あ、趣味じゃなかった?」

「その、胸がきつくて———」

 こう返すと、アウターの前を開けさせられ、下のシャツをめくられる。あまりの早業に狼狽えながらも、手で振り払うと両手を掴まれる。

「嘘、小学生でしょう。昨日のあれでもよっぽどだったのに。身体が強張っていたから、それとも前屈みだから?ちょっと、もっと胸を前に張って。信じられない、なにこの子」

「なに、なんですか!?」

「ごめん。ちょっと待って。すぐ戻るから———」

 そう言うや否や、尋問官は外に出て行ってしまった。無為に胸を揉まれ、見られ、何が何だかわからない内に出て行ってしまった。未だ動けない自分は、窓の外を眺めてしまう。あと2時間。ここからは30分程度、と聞いたが、バスは出ているだろうか。そう考えていると、外から暴走車もかくやのエンジン音が聞こえる。

「な、なに———」

 もしや、私を連れ戻しに、と考えてしまう。しかも、廊下を走る音も徐々に近づく。身構え、拳を作っていると、あの尋問官と知らない恐らく大学生ぐらいの女性がトランクを持って入室してくる。

「急な呼び出しに何事かと思ったら、それでこの子?」

「そう。悪いけど見繕ってくれる。推定———だから」

「嘘。見た感じ小学生でしょう?」

 今度は、白いメッシュを入れたオシャレな女子大生が私の身体に触れてくる。触れられるのには慣れている。痛みも知っている。快楽を求める手も理解している。だけど、この女子大生はそれのいずれとも違った。

「……信じられない。ほら、もっと胸突き出して。顎退いて、だけど力は込めないで、腕も上げて。そのまま維持して測るから」

 身体中の傷や火傷など気にも留めないで、白いメッシュの女子大生はメジャーを取り出し、胸の先とあばらを測り始める。何がなんだかわからない私は、ただ従うしかなかった。そして————ようやく、終わったらしく溜息を吐かれる。

「これは、将来有望じゃん。だけど、あんまり大きすぎるのも大変だから。何かあったらお姉さん達に相談しな。手術はあんまりおすすめしないけど、今は小さく見せる下着もあるから。しっかり防弾仕様で、22レミントンマグナムの衝撃すら防ぎきる奴」

「で、で。どのくらい?」

 トランクにメジャーをしまう女子大生に、尋問官は小声で話し掛ける。それに対して女子大生も小声で返す。私には聞こえない、かつ唇を隠す所為で何も読めなかった。ただ、尋問官の反応で、きっととてもすごい事なのだと理解する。

「しかも、なかなか顔も可愛いじゃん。こんな子が入学したら、男ども放っておかないでしょう。いい?異性でも同性でも同期でも、先輩でも、嫌がらせなんてされたら容赦なく言い返していいし、殴りかかっていいかんね。私らが許すから」

「な、殴って。でも、まだ入学が決まった訳じゃ」

「あんな問題、誰でも正解できるから。もし不安に思ってるなら、確実に呆れるから。どいつこいつも馬鹿ばっかりで、平均点も合格点も下げ続けるから」

「あー、私は立場的に言えないけどー」

「言っとくけど、この子が馬鹿筆頭だったから」

 昨日と同じ人とは、到底見えなかった。馬鹿云々の話を聞かれた尋問官が殴り掛かり、それを白いメッシュの女子大生が「ほんとの事じゃん!」と躱しいなしていく。

 そして、ようやくと言った感じで下着の数枚をトランクから取り出し、カーテンの中に入ってくる。なぜか二人とも————。

「それじゃあ、正しい下着の付け方講座といこうじゃん。多分、知らないでしょう?」

「ああ、やっぱりね。なんとなく思ったの。なんか、付け方悪いなって」

 それから私は、本来なら試験勉強でもするべきだったのに。二人の年上の女性に囲まれ、あれやこれやと講座を受け、散々下着を付け替えさせられ、何度も胸を張るに至った。容赦なくシャツを脱がされ、傷も火傷も見えている筈なのに、ふたりは何も言わなかった。

「そろそろ行きましょう。あと一時間」

「あ、やば時間。悪いけど続きは入学してから」

 と、既に息も絶え絶えの私を引っ張って、大きな車に乗せて出発。車内はまるでリムジンだった。二つのソファーが向い合せで設置され、机もモニターも冷蔵庫すらある。あまりにも至れり尽くせりな装飾に、正直驚いていると尋問官が冷蔵庫から果物と飲み物をくれた。

「あれだけじゃあ、お腹減るでしょう」

「あ、ちょっと!!私の商品!!」

「後で私から払っておくから、気にしないで」

 との事なので、私も頂くことにした。果物は苺でとても甘く驚いてしまった。次いで飲み物。なかなかにエネルギッシュな味がする。意識が一気に覚醒するのがわかる。

「あ、今小学生だから12、13?ごめんごめん。刺激的過ぎた?」

「いいえ、とても美味しいです」 

 実際、あと少しで試験なのだ。意識を取り戻す意味でも、飲むべきだった。

「あの、私……」

「ん?どうかした?」

 あと少しで試験。心残りは排しておきたかった。息を呑む、落ち着かせる。

「———昨日は、迷惑をおかけしました。私、年上が……」

「うん。年上が怖いのね」

 手を見つめる。もう爪はある。手袋の中の肉は、もう腐っていない。だけど、視線を下に移せば手首の傷がある筈だ。そしてこの黒いレザーアウターを脱げば、傷と火傷に蝕まれた肌が顔を出す。私をいたぶって嬲ったのは男だけじゃない。女もいた。

 それらは須らく皆年上。しかも父と同じか。もしくは中学生ぐらいの歳もいた。

「だから、怖くて……」

「ねぇ、昨日言った事、覚えてるかしら」

 え、と思い顔を上げる。

「復讐の先に何をするか。どうでもいい。その先なんて、私には要らない。それはやめた方がいい———恐ろしいほど人生は長いから。私は、高等部入学頃に復讐を果たした」

 あの写真が鮮明に思い起こさせる。

 髪を引き上げられ、無表情で立たされている尋問官が中央。その手からは血が流れ落ち、指先の肉が腫れあがっていた。涙すら浮かべていなかった。何も感じなくなっていたから。明確に心がわかった。自分も、あの経過を辿ってきたから。

「銃を持ったらね、もう何も怖くないの。あれだけ恐ろしかった客の拳も簡単に貫いた。ペンチとか持って迫ってくる愚か者もいたから、訓練で習った襲撃・制圧科仕込みの右足踏み込みの右ストレートをあばらに突き入れた。内臓の感触がした」

 楽し気に笑みを浮かべ、銃を取り出した。ゾッとするほど白く美しかった。

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