白水楼連続殺人事件
羽弦トリス
第1話仙岩寺の旅
昭和35年。秋。
1人の中年太りの男が、汽車に乗っていた。
膝の上には、弁当箱。
博多の駅で購入したものだ。「明太子弁当」。
中年太りの男は赤い蝶ネクタイをして、水筒に焼酎の水割りを入れて、弁当を食べ始めた。
明太子と言っても、辛子明太子。
これが、焼酎に合う。
男は名古屋市で探偵事務所を構えているが、時々旅に出掛ける。
前回の旅行先では、警察官による連続殺人事件に出会し、散々だった。地元の九州に里帰りするのも悪くはない。
九州のとある港に着いた。そこから、船で島に向かう。
この島は、旅館しか無い。しかし、新鮮な魚介類の料理目当に旅館「白水楼」へ行く客が絶えない。
この島には、だから、従業員と客しかいないのだ。
台風の接近前に、「白水楼」に着かなければ。
そう思いながら、船に乗った。
「こんにちは」
と、旅館の入り口に行くと、
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
と、若い女の子は言った。
「あれ?ひなの屋の里美ちゃん」
「……あ、仙岩寺先生」
「何でまた、こんな無人島に?」
「実家のお手伝いです。ひなのが暇な時期はこの白水楼で働いているんです」
「そうか」
「あっ!」
「何だ?」
「ありがとうございます。その蝶ネクタイ、私がプレゼントしたものですよね?」
「……そうだよ」
「嬉しい。今日から1週間、楽しんで下さい。ささっ、お部屋に案内致します」
中年太りの男の名は、仙岩寺満。
探偵だ。
部屋に行くと、海が一望出来た。しかし、台風が近いので、波の高くない時間帯しかお客は来る事が出来ない。
仙岩寺の他に、平山美保、橋本竜介、菱田美智子、林賢太、鈴木健二の6名が宿泊する予定だ。
先客も1人いた。
仙岩寺が大浴場で出会った男だ。
名前は、広坂良一だった。福岡県警の警部補だった。
「いゃ〜、抜群の風呂加減ですな」
と、仙岩寺が広坂に言うと、
「全くです。休暇中は温泉ですな」
「休暇中?お仕事は何ですか?」
「私?私は地方公務員です。おたくは?」
「探偵の様な事をしております。仙岩寺と申します」
「……え?あの、仙岩寺探偵さん?」
「私は仙岩寺ですが」
「長野県警の桜島警部から話しは聴いております」
「あ、桜島警部ね?あの人は抜群に仕事の出来る方ですね」
「そうだ、夕食は一緒に食べましょう」
「良いですな」
「事件の話しでも聞かせて下さい。この無人島で殺人事件なんてあり得ませんからね」
「そうありたいですな。私が旅する行く先々で殺人事件が起こりますから」
2人は風呂場を後にした。
2人して、近海の魚介類の料理を食べながら、ビールを飲んでいると、隣りの団体客がワイワイ楽しんでいる。
そこに、中居の里美に尋ねた。
「ねぇ、里美ちゃん。隣りの大広間のお客さん誰?」
「大里大学のOB、OGらしいですよ。ハゲたオジサンが教授みたいです」
「楽しそうだね。ま、ちょっと、焼酎持って来てよ」
「は〜い」
仙岩寺と広坂は同い年らしく、話しが合った。
部屋に戻り、仙岩寺は深い眠りに就いた。
風がごうごうと吹いている。
台風が接近しているのが分かった。
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