家族と友人
ここからは私の大事な人たちについて書いていこうと思う。共に館に暮らしているわけではないけれど、遠くに在ってもお互いに想い合う、大切な人たちのことを。
次代の巫女として修業を始めてしばらく、おばあ様は私を王城に連れて行って、王族の方々にあいさつさせた。白の塔の運営資金は、王族の方が王猫のために出してくれているから、そのために付き合いがあるのだそうだ。
初めてお会いした国王陛下は、うねる肩下くらいまでの長い髪と豊かなおひげをたくわえて、眉間に深いしわを刻んでおられる方だった。おばあ様が私を次の王猫の巫女だと紹介してくれて、緊張しながら必死に頭を下げていたので、許されて顔を上げた時の、こんな厳しそうで寂しそうな人だとは思わなかった、という印象が強く残っている。陛下は私には特にお言葉をくださらなくて、おばあ様とだけあいさつして謁見は終わった。
それよりも印象深かったのは、その後にお会いした次期国王のペルペトゥア様だった。陛下に似た淡い茶色の髪で、唇に
おばあ様は彼女の教育係だったことがあって、彼女に「貴方の妹弟子よ」と私のことを紹介した。それで彼女は、姉と呼んでくれたらよいと言ってくれたのだ。それからずっと
姉様は美人で、己に自信があって、信念を貫く強い心を持っている。国の未来のことを誰より考えていて、そのためにできることは何でもするのだと豪語している。姉様と話すと、本の世界だけではない、民の実際の生活をおもんぱかれることが君主たることの資質なのだろうと実感する。
それだけではなくて、私のことを本当の妹のようにかわいがってくれて、きれいな服を与えてくださったり、城におもむくたびに流行りのお土産を持たせてくれたりする。私にとっては、まこと、尊敬する姉のような人だ。
そんな姉様には若い——まだ二十歳にもなっていない——頃からの婚約者がいて、イサアク殿といった。焦げ茶の髪に焦げ茶の瞳、背が高くってそのせいか若干猫背気味で、優しそうな垂れ目をした人だ。彼は事情があって家族と暮らせず、まだ婚前だけれど姉様の用意した城のそばの館に住んでいる。
初めて会ったのは、姉様が夏の休暇にと別荘に誘ってくれた時だった。婚約者で恋人なのだというふうに紹介されて、街から離れて以来すっかり恋の話に飢えていた
それを聞いた時、私は驚いて己のことでもないのに傷ついて、望まぬ囚われの身ほどつらいことはないだろうと同情した。彼は私のことを「感受性が強いんだね」と笑って優しくなでてくれて、それからペルペトゥア様を姉様と呼ぶなら、いずれは姉様と結婚するのだから、
おばあ様と、この二人の血のつながらない兄姉が、私の新しい家族になった。
それから、友人たちについても書いておこう。
王猫の巫女、ひいては白の塔の司書となるための修行は厳しく、塔が森の中という僻地に建っていることもあって、同年代の友人はなかなかできなかった。
塔に訪れるのは、おばあ様か王猫に用のある大人たちばかり。その中で、たまに親に連れられてくる子どもらがいて、彼らのうちの何人かが私の遊び相手になってくれた。
例えば、塔に王猫のための食糧や新しい本を届けてくれる行商人の子どもで、年上だった男の子は、商人とおばあ様が話している間、おいかけっこやかくれんぼの相手をしてくれた。いつの間にか先に大人になって、己で馬を買って、街から出て行ってしまったそうだけど。
それから、遠くからわざわざ白の塔を訪ねに来た旅人の一家には、私の一個下の男の子と三個下の女の子の兄妹がいて、リシェルタに暮らしていた時のように、暴れ回るちびたちを追いかける二週間を過ごした。
そういった一過性の友達のほかに、長く続くつながりを持てた人たちもいる。
アーダ——アデリタとエリカの姉妹は、私の親友だ。二人はティエビエン中を一年かけて回っている行商人の娘で、一年ごとに塔を訪れてくれる。二人のご両親が本が好きで、国中の珍しい本を手土産に、塔の本を読みに来てくれるのだ。血筋か、エリカの方は特に本が好きで、私と同い年なのもあってすぐに仲良くなった。私たちは木陰にしゃがみ込んで知っている物語の感想を言い合い、おすすめの本を教え合い、もう少し大きくなったら読みたいと思っている、背伸びした本の題名をささやき合った。
本なら何でも好きな私とは違って、エリカは物語を好んだ。あれは十の頃だっただろうか、彼女が私に耳打ちしてくれた、いつか作家になりたいのだという夢。彼女の話す、実際の旅の体験に基づいた空想物語が、私は大好きだった。本を作る側になるだなんて、そんなすてきな夢はそれまで聞いたことがなくて、私はきゃあっと叫んで喜んで跳び上がった。きっと叶うわと手をにぎってあげたのを、昨日のことのように鮮明に覚えている。
アーダの方はほかの家族ほど本に興味があるわけではないようだったが、その分商才があるようだった。流行りに敏感で、いつでも新しいことを考えつく。大抵は塔にいるより、塔に一番近い国境の街、エンデンで彼女の友人と過ごしているけれど、よく私たちの様子を見に来てくれる。本を読むのはあまり好きではないと言っていたけれど、私たちが読んだ本の話をするとたくさんうなずいて聞いてくれて、その物語に出てくる物や人を思い描いて作ったという腕飾りやしおりをくれることもあった。私たちは大喜びでもらったものを身に着けて、うっかり失くしてしまった時など、大泣きするエリカをいっしょうけんめいなだめなければいけないなんてこともあったものだ。
二人は両親の後を継いで旅を続けたいといつも言っていて、時折けんかもするがとても仲がいい。見ていてうらやましくなるくらい。
もう五年来の付き合いだが、旅は続いていて、毎年夏になると二人に会うことができるし、定期的に手紙も送ってくれる。私は旅ばかりしていることはできないから、知らない土地の話を知ることができるのは嬉しいし、ありがたい。
毎日仲間といっしょに遊ぶような、普通の子の付き合いはできないけれど、こんなにすてきな友人がいるのだもの、私は幸せ者だわ。
おばあ様が亡くなった時も、この大切な人たちが、本当に心の支えになってくれた。あの時、父さんと母さんが死んでしまった時、私まで死んでしまわなくてよかったと、今では思う。
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