ティエビエン王国白の塔 ヘマの手記

中川光葉

前編

はじめに

 私がこんな手記ものを書こうと思ったのにはもちろんわけがあって、それは並大抵のものであってはならないだろう。私はそもそも、己の記録を残そうと思ったことはなかった。大切な人たちの中に私の声や笑い方や、話したことや共有した思い出が残ればいいのであって、わざわざ紙に残して王猫おうねこに見せる本のような形にしようなんて考えたこともなかったのだ。

 それがこんなものを書いているのは、人生を変えるような出会いがあったからに他ならない。

 彼を出迎える前に、己が半生を振り返って、己とは何者かと胸を張って答えられるようにしておきたい。と、いうのもあるけれど、彼が来るまで彼と私のことを想う以外は手につきそうにないから、己の意思を固めておきたいと思ったのが正直なところ。

 それでこんなものを引っ張り出してきた。おばあ様が私にくれた贈り物の中で、一番役に立たないと思っていたもの。上等な革で装丁された手帳で、中は真っ白。何も書かれていない。お前が考えたことを書きなさい、と言われたけれど、当時の私には己が考えることよりおばあ様の言葉や書物の内容の方がずっと大事だった。それで机の引き出しの奥にしまい込んであったのだ。こんな時になって役に立つなんて、何だか不思議だわ。

 何を書いていこうか。私の生い立ち、それから、彼とのこと。そんなところかしら。思いついたら足していけばいい。どうせ誰かに見せる予定もないのだしね。

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