篠宮さんと薔薇色の話をしたい

そばあきな

篠宮さんと薔薇色の話をしたい


 いつものように、花壇にいる篠宮しのみやさんと話そうと校庭に足を運んだ昼休み。

 花壇の前に座る篠宮さんの後ろ姿が見えて「篠宮さん」と声をかけようとした時だった。

 じっと花を見ていた篠宮さんがポツリと呟いたのだ。


「薔薇色って何色なんだろう」


 それは、背後にいた俺にきいているというよりは、純粋に疑問に思って口にしたみたいだった。


「……篠宮さん?」

 もう少しだけ近づいて、俺は小さく声をかける。


「あ、獅堂しどうくん」

 振り返った篠宮さんはたった今俺の存在に気づいたみたいだったから、やっぱりさっきのは俺に向けてではなかったらしい。


「今日も花を見に来たの?」と篠宮さんが尋ねる。

「あー……ちょっと一回戻っていい?」

「……どうぞ?」


 来てすぐに戻るってどういうことだと自分にツッコミしながら、俺は来た道を戻って校舎に入って行く。


 __薔薇色って何色なんだろう。


 篠宮さんのその疑問に、答えをあげたいと思ったから。

 俺は一度校舎に戻って、普段あまり行かない図書室に行って、調べてみることにしたのだ。



 階段を上がっていって、図書室の扉を開ける。

 図書室に入るのは、四月の初めにあった「先生に言われたタイトルの本の分類を調べて、図書室で探して持ってくる」みたいな授業の日以来だった。

 どの棚にどんな本があったかはもちろん覚えていないので、司書の先生に聞くのが一番だと俺はカウンターへと向かった。


「せんせー、薔薇色の色が分かる本ってありますか?」

「そうね……それなら色図鑑がいいかな。ちょっと待っててね」


 先生に言われてそのまましばらく待っていると、先生が分厚い大きな本を持ってきてくれた。


「せんせーありがとう!」

「どういたしまして。貸出できない本だから、図書室の中で読んでね」


 そう言われて、花壇にいる篠宮さんに持っていきたかった俺は、どうしようと少しだけ悩んだ。

 でも、篠宮さんに図書室まで来てもらえばいいと思い付いて、先生の方へ向き直る。


「ちょっと一緒に見たい友達呼んできてもいいですか?」

「じゃあ、また来た時に先生を呼んでね」


 分厚い図鑑を一旦返して、俺は図書室を出て行く。

 早足で花壇のところへ戻ってくると、さっき別れたそのままの場所に篠宮さんはいた。


「篠宮さん、ちょっと来てほしいんだ」

「どこへ?」

「図書室!」


 俺が図書室に行く姿が思い浮かばなかったのか、怪訝な表情を浮かべた篠宮さんの手を引いて、俺はまた図書室へと戻っていった。


「せんせー、戻ってきたよ」

「じゃあ、どうぞ」


 にこやかな表情をした司書の先生から色図鑑をもう一度受け取って、本を読む人たちがたくさんいる席の方に向かう。

 その中で二席分空いたところの一つに座って、篠宮さんにも隣に座るよう勧めた。


「それ、何の本?」と椅子に座った篠宮さんは尋ねる。

 図書室だからか、いつも以上にその声は小さく聞こえた。

 そんな篠宮さんにならって、俺もいつもより声のボリュームを落として質問に答えることにした。


「色図鑑。さっき篠宮さん、薔薇色が何色か知りたがってたでしょ? だから調べようと思って」


 そう言いながら、本の後ろの索引から「は」のページを探していく。

「……そのために、わざわざ?」

 篠宮さんが、おずおずと言った感じで口を開く。


「うん、そうだよ。……あった、これだ。こんな感じの色だって」

 図鑑に載った薔薇色のページを広げて、篠宮さんに見せる。


 そこには、ピンクよりは濃くて、赤よりは薄い色が載っていた。

 説明によると、赤の薔薇みたいな鮮やかな紅色のことらしい。

 つまり紅色ということだ。


 薔薇色のページをじっと見つめた後、篠宮さんは俺の方に向き直る。


「……薔薇って、いろんな色のものがあるから。だから薔薇色って、実は赤じゃないのかなって思っていたんだけど、赤っぽい色だったんだね」

「そうみたいだね」


「ありがとう、獅童くん」

 そう言った篠宮さんが、少しだけ笑ったように見えて、俺は嬉しくなった。

 

「どういたしまして」

 そう返事をして、俺は司書の先生に本を返しに行く。



「知りたいことが分かった?」と先生に聞かれて、俺は「うん」と満面の笑みを返しておいた。

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