薔薇色の人生

セオリンゴ

輪廻?転生?

 なんてことだ。僕は薔薇に転生してしまった。

 動こうにも枝を震わせすらできない。まして自力歩行は望むべくもない。なぜなら僕は鉢植えされているのだ。薔薇に声帯があるなら大声で叫びたい。

「せめてカンガルーにしてくれえぇ!!!!」


 さて、カンガルーにもなれない僕は鉢植え植物の感受力に集中した。

 不思議だ。眼はないが、明暗と僅かな色が分かる。耳はないが、細かな振動を感じる。振動には数多くの種類があった。さらに集中力を高める。

「あ、これは音だ、歌だ、僕の好きなヘヴィ・メタルじゃん!」

 薔薇になって初めて心が踊った。不思議だ、心が踊る感覚はあったのだ。


 不意に枝葉に温かさを感じた。知ってる、これは人の体温。薔薇の世話人が僕に触れているのだ。気持ちいい。世話人の指がゆっくり幹をつたい、葉を裏返している。

 鋭い振動があった。世話人の声だろうか。僅かな色別機能を発揮すると、赤がくっきりと雫の形になる。

「ああ、すまない。僕の棘でケガさせてしまった」 


 世話人の吐息らしき二酸化炭素を感じる。声を捉えられない。集中しても難しい。

 僕の薔薇としての成長度は低く、各器官は未熟だった。枝葉が伸びて大きな株に成長したら、今よりずっと多くを感じ取り、知ることが出来るだろう。


 僕は心から願った。

「世話人が薔薇の世話を怠りませんように! 僕を枯らせて鉢ごと放置しませんように! 南無大師遍照金剛! 南無大師遍照金剛!」

 

 忘れていたが、僕の前世は某大学仏教学部の講師で、弘法大師の語彙を研究していた。彼が遺した日本語と唐語の他、梵語サンスクリットをディープラーニング用AIに大量に読み込ませ、胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅の位置的対照を割り出せば新たな……いや、一株の薔薇になった身で何ができよう。

 何より人間としての僕は消滅、つまり死んでいるのだろうから。

 30歳目前だった僕は薔薇の一株になって諦観の境地を悟った。


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