ハルカナル旅
@canttp
永遠
昨日は太い国道沿いを北から南に進んでいた。彼は海を目指していた。そこに理由はない。ただ彼は海に真っ直ぐに進んだ。自分がさて、どこにいるのか、海まであとどれくらいか。そんなことは全く見当もついていないが、永遠のように新しい景色が姿を現した。彼は海を目指して、自転車を漕いだ。
彼はペダルを回しながら、大抵は歌を口ずさむ。いつどこで知ったかもわからない歌のミックスリストが脳内を巡っていた。
彼は長い間、海を目指して南に進んでいた。それはまだ見つかっていない。彼はその間自転車を降りることはなかった。進み続けた。疲れは感じなかった。時々、坂道を避けるように彼は回り道をして進んだ。
ところが今日の明け方になる頃、彼は突然国道をそれて、東の方向に伸びる細道を進み始めた。もとのすすんでいたはずの南からは確実に遠ざかっていた。彼はたいてい周りの変わりゆく景色をぼおっと眺めていた。けれどもこの時だけは違っていた。彼の前にいる長い髪の女性、その後ろ姿を一時も離さずに見つめていた。その髪は全てを飲み込むように真っ黒で美しかった。太陽の光すらも彼女の髪には届いていないようであった。彼女もまた自転車を漕いでいた。
彼女はとても速く進んだ。彼はその後ろ姿を追い続けた。彼はペダルを漕ぐ。けれども、彼女の姿を見失わないようにすることで精いっぱいであった。
彼女は男から逃げるように細い道をじぐざぐに進み、坂を登り、路地裏を抜ける。この時ばかりは彼も回り道をせずに坂を登った。
彼は疲れというものを感じなかったし、また眠気も同じように感じなかった。長い間、夜になっても彼は彼女を目で追い、また足で追った。夜の月の下では、彼女の黒髪は全ての生物に光を与えるように力強く靡いていた。
夜が明ける頃、もはや進んでいる道は道といえず、そこは草原ともいえるような場所であった。彼女のこの世に存在しないような黒髪がどこかこの景色に溶け込んでいた。
しばらく進むと草原の中に美しい湖があった。その目の前に辿りついた時、彼女は前からそう決めていたようにそこで自転車を降りた。当然男はすぐに追いついた。けれども彼は自転車を降りるわけにはいかなかった。彼には行くべき場所があった。止まることはできなかった。
「ヘ ネ リ。」
彼は彼女にそう言った。その言葉は彼女に届いていたのか。彼女はその言葉にぴくりともせずまっすぐ湖を見つめる。
男は止まることができなかった。進むしかなかった。同じ道を戻ることもできなかった。前に進むしかなかった。男は彼女をそこに置いて、湖の脇を進んでいった。それは小さな湖ですぐに終わりが見えた。
少し進むとまたいくつかの道が見えた。彼は右に見える道を進んだ。方角は南を向いていた。彼は海を目指して進み始めた。自分がさて、どこにいるのか、海まであとどれくらいか。そんなことは全く見当もついていないが、新しい景色はまだまだ続いていた。彼は自転車を降りたことがなかった。いつかは自転車をおりるのだろうか。わからないまま南を目指していく。
ハルカナル旅 @canttp
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