薔薇色とは何色か

先崎 咲

薔薇色

「薔薇色ってどんな色だと思う?」


 コイツ──アオイの質問はいつだって唐突だ。今時珍しい紙の書籍から難しそうに顔を上げて、黒い瞳をまっすぐに俺に訊いていた。


「そりゃあ、薔薇の色だろ」


 俺は特に深く考えずにそう答えた。ネットサーフィンが忙しかったとも言う。しかし、アオイは俺の答えに不満そうな顔をした。


「でも、薔薇っていろんな色があるじゃないか」

「たしかに。でも、薔薇と言ったらやっぱり赤じゃねぇ?」

「うーん……」


 アオイはそのまま考え込む。視線は下を向き、紙の本を読んでいるようにみえるが、あれは多分考え込んでいるだけだ。今のアイツには、一文字たりとも本の文字が頭に入っちゃいないだろう。


「でも、薔薇は赤だけではないだろう?」


 まだ言うか、コイツ。なにがアオイの興味を引いたのかは知らないが、これは納得しない限り延々と言い続けるパターンだ。大変めんどくさい。


「たしかになー。赤以外にも、黄色とか白とか、青とかもあるらしい」


 めんどくさかったので、端末を使って適当に調べて答えておく。それが正解だったのか、満足そうにアオイは頷いた。


「うむ。それでいて、色によって花言葉が違うそうだ」

「へー」


 薔薇、というか花全体に興味がない俺は、その回答につい空返事で頷いた。


「この前の星で」

「は?」


 突然の話題の方向転換に、一瞬ついていけなくて声が出る。それが気に入らなかったのか、ギロリと睨むようにアオイはこちらを見てくる。


「この前の星で、薔薇を育てるキットを買ったんだ」

「お前、また無駄遣いしたのかよ」

「違う。オススメと言われたんだ」


 食い気味に無駄遣いという言葉を否定するアオイ。

 この前俺たちが立ち寄った星は、確かに植物を育てることに長けた星だった。アオイはよく土産屋にカモにされるから、たぶん勧められるがままに買ったのだろう。


「私はてっきり赤だと思って買ったんだが、どうも入っている色はランダムだったらしくてな」

「おー?」


 何が言いたいんだコイツ。


「青いバラが咲いた」

「へぇ」

「花言葉は”奇跡”だそうだ」


 さっき調べたサイトに青い薔薇はかつて作り出すことが不可能と思われていたが、地球人類が作り出したと書いてあったことを思い出す。コイツは昔から変なところで運がいい。

 宇宙船が壊れかけたと思えば前の星で当てた三等のパーツがちょうど故障個所の代替パーツだったり、宇宙マフィアの抗争に巻き込まれたかと思えばなぜか無傷で生還したりと、エピソードには枚挙に暇がない。


「これが私が育てた薔薇だ」


 ずいっと目の前に突き出されたのは、ボトルのような形のキットだった。おそらく、薔薇を育てるキットなのだろう。透明な覆いの先には確かに青い薔薇が一輪咲いていた。


「これをお前に」

「はあ!?」

「お前に会えたおかげで、私は今も生きている。まさに”奇跡”だ」


 珍しく神妙な顔で、アオイは言った。


「私の人生に色がついた薔薇色にしたのはお前のおかげだ」

「ふうん」


 らしくない、キザったらしい表現に思わず笑ってしまう。


「その口説き文句もおススメされたのか?」


 からかい半分に言葉を返した。アオイはムッとした表情をした。


「いや、本心だが」

「…………」


 口説き文句という部分は否定しろよ、とも思ったが、コイツにそれを言っても藪蛇になりそうなので飲み込んだ。


「それで、受け取ってくれるのか」

「……まあ、薔薇に罪は無いし」


 アオイの差し出していたキットごと薔薇を受け取った。光源にかざしつつ見てみれば、それは綺麗な青色だった。その美しさに人類が青い薔薇を作ろうと腐心したのも分かるな、と感心の思いを抱いていると。


「ところで、一本の薔薇を送る意味を知ってるか」

「薔薇って本数にまで意味あんの?」


 まだ、薔薇の話が続いていたことに驚く。というか、一本の薔薇にも意味があるって、薔薇の色に本数に人類は薔薇に思いを込めすぎだろ。もはや、薔薇だけで会話できるだろ。


「あなたしかいない、だ」

「……そりゃあ、地球人類は俺の知る限り、俺とお前だけだけど」


 人類は宇宙空間に完全に適応することができなかった。だからこそ、宇宙船が必要で、ひたすらに宇宙を漂っている。この宇宙船が俺とコイツだけなのもそれが理由だ。地球人類はほとんど絶滅している。


「そういう意味ではなくて」


 いつになく真剣な顔をしてアオイは言った。


「これからの人生を歩んでいくにあたっての話だ」


 その表情が真剣だったので、アオイの言わんとしていることが分かってしまった。


「は……」


 ので、逃げた。冗談じゃない、あのクソボケ真面目人間にはロマンがない、ロマンが!


「ふつうそういうのは高いレストランとかだろ、いつも通りに話しやがって!」


 なんかムカついたのでシャウトする。


「なるほど、次からは気を付けよう」

「げ」


 アオイの声がして振り返る。そこには、真面目な顔をしたアオイがいた。


「まあ、でも」

「──薔薇色は赤でいいかもね。今の君の頬の色だ」

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薔薇色とは何色か 先崎 咲 @saki_03

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