異世界株式 〜落ちこぼれ伯爵家三男が“株”スキルで人々に投資したら、才能と領地が爆速成長!気づけば父と兄を超え、王国を動かす最強の資本家に。え?そろそろ利益確定?まだ早い。〜

☆ほしい

第1話 「かぶ……?」

「はあ……」


俺の名前はゼフ・アルトリアン。名門アルトリアン伯爵家の三男だ。父や兄たちは、武勇や魔術に秀でた才能を持っている。長兄は剣の達人で、次兄は高位の魔術師候補。家柄に相応しく、何の不足もなく育てられてきた……はずなのに、俺だけは全然ダメ。


剣を振れば先端が地面に刺さるし、魔術を使おうとしてもスカばかり。令嬢や親戚からは「残念な子」と思われている。いや、裏で言われてるだけじゃなくて、直接そう言われたことすらある。


「ゼフ様。こんな風に剣を握ってくださいね」


優しげに手取り足取り教えてくれるのは、メイドのリリア。彼女だけは俺にいつも優しかった。


しかしどれだけ教わろうとも、俺の腕は一向に上がらなかった。力がないわけじゃないが、どうも向いていないらしい。


「ゼフ。お前はもう少し努力をしろ」


厳格な父は、呆れたようにいつもそう言う。けど俺だって努力はしている。中途半端なレベルにすら到達できないだけなのだ。努力が報われないのは辛いが、俺は慣れてしまった。それもこれも、家柄に似つかわしくない“落ちこぼれ”という現実があるからだろう。


そんな俺にも、今度こそ運が回ってくるかもしれないと期待していた儀式があった。


――神託の儀式――。


この世界では15歳になった貴族や一部の才能ある平民が、神から“スキル”という力を授かる。神聖なる儀式により、最適な力が付与される……はず。しかし、その成果はいつも明暗を分ける。強いスキルを与えられる者もいれば、そうでない者もいる。

「ゼフ・アルトリアン。前へ」


厳かな神殿の祭壇に進み、巫女が祈りを捧げる。白い服をまとい、柔らかい光を帯びた巫女の姿は神秘的で美しい。その巫女が青い宝玉を手にして、真剣な面持ちで俺を見つめる。


「天よりの導きにより、この者に相応しきスキルを与え給え……」


ほんの一瞬、宝玉が眩いばかりの光を放ったかと思うと、その光は俺の胸の奥に吸い込まれていった。胸が熱くなり、まるで新しい力が芽生えたかのような感覚。


――これで、俺もやっと家族の役に立てる!――


そう期待しつつ、ふと浮かんできた言葉を口にする。与えられたスキルの名前は……


「……“株”?」


「かぶ……?」


巫女も、周囲にいた神殿の神官たちも怪訝そうな顔をする。騎士たちまで何だそれ、という視線を送ってくる。どうも聞き慣れない単語らしい。そりゃそうだ。俺自身だって聞いたことがなかった。


「なんだ、その……カブとかいうのは? 大根や人参の一種か?」


兄が失礼なことを言うが、実際みんな知らないのだから仕方ない。神託の儀式で得られるスキルは普通、剣士系なら“二刀流”や“剣気解放”、魔術師系なら“炎術強化”や“氷結支配”など、わかりやすい名前が多い。


だが俺のは“株”……。意味がわからん。


「…まさかとは思いますが、役立たずのスキルではありませんよね?」


父がやや言葉を濁しながらもそう尋ねる。


「スキルの説明は、神殿側では把握しかねます。名は出ましたが、何をするかはご本人が探求なさるしか……」


まさかの丸投げ。


結局、俺は“株”という得体の知れないスキルを持ったまま伯爵家に戻った。しかし、帰宅早々、周りの視線は冷たい。今まで以上に。落ちこぼれの上にわけのわからないスキルを与えられてしまったのだから、失望も増しているのだろう。


「……ゼフ様、あまりお気になさらず。スキルは後から花開くこともあると聞いたことがありますし」


リリアだけは変わらずに優しい笑みを向けてくれた。その言葉だけが救いだ。


そこから数日、俺は父や兄たち、さらに領地の騎士たちからも “結局なんのスキルなのか” と詰め寄られたが、答えられない。そもそも俺自身、何の能力が手に入ったのか全くわからない。魔力が増したわけでもなく、筋力が上がったわけでもない。残ったのは“株”という謎の名称だけ。


世間からは「何の意味もないスキルを与えられた」と笑われ、加えて「これも落ちこぼれには相応しい呪いのようなものだろう」なんて陰口まで叩かれる始末。伯爵家の中でも俺の居場所はさらに狭くなった。


だが、ある日。俺が日課の剣術稽古で木剣を振っていた(もちろん上達の兆しは微塵もない)最中、ある“不思議な声”が頭の中に響いた。


――持てる資本を、他者に投資せよ――


「……は?」


正直、何のことかわからなかった。ただ、その声に呼応するように胸が暖かくなって、右手に淡い光が宿ったような気がした。焦って手のひらを見るが、何もない。ただ、俺の内なる力が小さく震えているようだった。


それからさらに数日かけて、俺はいろいろ試してみた。神殿の図書庫や家の蔵書を少し調べ(もっとも“株”なんて言葉はどこにもない)、自分自身で仮説と検証を繰り返した結果、この“株”スキルには、「人やものに対して魔力やお金を“投資”し、それが成長した際に投資額を超える“リターン”を得る」仕組みがあるらしい、ということがわかってきた。


投資といっても、実感が湧かないだろう。俺も最初はそうだった。けれど何もないテーブルの上に数枚の小銭と微量の魔力を込めてみたところ、どうもそれらが“別のステータス”のような形で相手に伝わっていると感じる。たとえば……


「ゼフ様、失礼します。お茶をお持ちしました……あれ? どうなさったんですか?」


「いや、試したいことがあってな。ちょっとだけ魔力を……リリア、受け取ってくれないか?」


「魔力を、ですか……? はい、もちろん私は構いませんが」


俺はリリアに近づき、手を重ねるように置いてみる。そしてそっと意識を集中させて魔力を流し込む。すると手のひらからかすかに光が立ち上り、リリアの身体へ吸い込まれていった。


「……わあ、なんだか身体が軽くなったような」


リリアは目を丸くする。どうやら彼女のステータスが微妙に上がったようだ。


普通、外部から魔力を注いでもらうだけでは本人の力量が上がるなんてことはない。けれど“株”スキルでは、相手に何らかの形で“投資”できるらしい。その結果、相手が成長すれば俺にもリターンが返ってくる……という図式があるようだ。


「その……ゼフ様も、何か変化は感じられるのですか?」


「正直、今は何も。けど、もしリリアがもっと強くなったり、スキルを習得したりしたら、俺のところへ何か恩恵が返ってくる……らしいんだ」


「まぁ……! 不思議ですね。もし本当にそんな力なら、すごいかも……」


リリアは目を輝かせている。でもこの話をほかの人にしてもきっと信じないだろう。だいたい落ちこぼれの俺が訳のわからないスキルを自慢したって、信じるどころか馬鹿にされるだけだ。


だけど少なくとも俺は、このスキルが単なる“ハズレスキル”じゃないと確信していた。なんというか、“投資”や“リターン”という言葉が、頭の中にスッと馴染んでいく。まるで俺がそれを前から知っていたみたいに。


「とはいえ、リリア一人に投資しただけでどれほどのリターンがあるかはわからない。まずはもうちょい試してみるか」


「はい。私も協力します」


ありがたい。リリアがいるだけで心強い。

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