第3話
エリスは町の宿に滞在することになった。町はずれの小さな宿屋だが、食事も出るし静かで休息には十分だ。俺はその間、いつものように町の巡回を続けていた。魔物の目撃情報はないか、人々に話を聞いてまわる。幸いにも、あれ以降は変わった報せはないようだ。
「……またあんな化け物が出ないとも限らない。気を抜けねえな」
町の外れを歩きながら、俺は森の奥を見つめる。あの獰猛な魔物は何だったのか。そもそも、どうしてあんな田舎町に出現したのか。疑問は尽きない。そんなことを考えていると、ふと後ろから声がかかった。
「レオン、やっぱりここにいたのね」
振り向くと、そこにはエリスが立っていた。昨日よりも顔色は良くなったようだが、まだ少し疲労が残っているようにも見える。彼女は杖を軽く持ちながら歩いてくる。
「もう大丈夫なのか? 宿で休んでないと無理すんじゃねえぞ」
「ありがとう。でも、このまま寝てるわけにもいかないわ。魔物の情報は聞けた?」
「いや、今のところ何も。静かなもんさ」
エリスは森の奥へ視線を送り、少し考え込むように眉を寄せる。そして思いついたように口を開いた。
「そうだ……レオン、悪いけど少し付き合って。私の魔法の力を抑えるのに手伝ってほしいの」
「俺が? 何すりゃいいんだ?」
「ちょっと試したいことがあってね。アンタ、あの魔物と戦ったときに私の魔力を感じなかった?」
そう言われて、俺は昨日の記憶をたどる。確かに感じた。あの紫色の光に包まれた時、全身が震えるような不思議な感覚が走った。心臓が熱くなり、血液が煮えたぎるような――あれが魔力だというのなら、確かに凄まじかった。
「言われてみれば、感じたかもな。あの衝撃が魔力なのか?」
「そう。しかも、アンタはあの場で私の魔法陣に踏み込んだ。それがきっかけで……もしかすると、微量だけどアンタの身体に魔力が混ざってる可能性があるの」
「はあっ? 俺が、魔力を?」
思わず笑いかけたが、エリスの表情は真剣そのものだ。これは冗談なんかじゃない。
「男が魔力を持つことは、基本的にはないわ。理論上ありえないというわけじゃないけど、ものすごく稀なケース。だから私もちょっと確かめたいのよ」
「たしかめるって、どうやって?」
エリスは少しだけ笑みを浮かべ、杖を手に持ち替えた。そして、小声で呪文のようなものを唱え始める。すると、杖の先から淡い光がともり、俺の周囲をゆっくりと回り出した。
「こ、これは……」
「私の魔力を感知して、もしアンタが反応を示すなら、体内にわずかでも魔力が宿っている可能性が高い」
確かに、まるで生き物のような光が俺の身体の周囲を漂っている。しばらくすると、その光がピクリと反応して、ほんの少しだけ強く輝いた。
「うわ……まじかよ、本当に反応してるぞ」
「…………嘘、やっぱり」
エリスの顔が一気に真剣みを帯びる。彼女にとっても想定外だったらしいが、事実この状況は俺自身戸惑いを隠せない。
「俺が……魔力を持ってる? どういうことだよ」
「昨日、私の魔法陣にアンタが飛び込んできた瞬間、あの魔物の魔力と私の魔力が混ざり合った可能性が高い。そこにアンタの強烈な意志――あの瞬間、アンタは“絶対に負けない”って強い気持ちで立ち向かったでしょう? そういう強い感情は、ときに奇跡を起こすの」
「まるで、突然変異みたいなもんか?」
「そんなところね。これまでに男が魔女――“ウィッチ”の力を持つなんて聞いたことはほとんどないけど、ゼロとは断言できないわ」
魔女の力は女性にしか宿らない――それが常識だった。だが、今その常識が崩れ去ろうとしている。俺は自分の胸に手を当て、ドクドクと鼓動する心臓の音を感じる。そこに本当に魔力があるのか?
「……この力を手に入れたら、俺はどうなるんだ?」
「わからない。正直、私にも未知数よ。ただ、下手をすると暴走する危険もある。制御できなければ、アンタの身体が耐えきれなくなる可能性だってあるの」
「暴走、ねえ……」
昔から俺は無鉄砲と言われてきたが、今度ばかりは大きな代償があるかもしれない。それでも、熱いものがこみ上げてくるのを止められない。これは、もしかしたら“俺の力”になるかもしれないのだ。
「やるしかねえだろ」
「はあ?」
「暴走なんざ、俺の気合でどうにかしてやる。いや、どうにかしてみせる。俺はこの力を手に入れて、もっと強くなりてえんだ。それで、守りたいものを守りてえ」
エリスはあきれ顔でため息をつくが、その瞳の奥にはわずかに期待が混じっているように見えた。俺の馬鹿みたいな熱意にも、少しだけ共感してくれている――そう信じたい。
「仕方ないわね。アンタがそう言うなら、私も協力する。まあ、放っておくと被害が出るかもしれないし、私も自分の魔力の行方は気になるし」
「よし、ありがとう、エリス! お前、意外と優しいじゃねえか!」
「……うるさい。勘違いしないでよね」
エリスは杖を肩に担ぎ、ぷいっとそっぽを向いて歩き出した。けど、その横顔はどこか呆れながらも微笑んでいるように見えなくもない。
「(魔力を持った“男”……変だと言われても構わねえ。絶対に使いこなしてみせるぜ)」
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