第2話

 翌朝、ふと目を覚ますと、すぐ横には眠りから覚めたらしい彼女がいた。俺より先に起きたのか、背を向けたまま外を窺っている。


 「おはよう、具合はどうだ?」

 

 声をかけると、彼女はゆっくりと振り返った。まだ少し疲れが残っているのか、表情には影がある。それでも、その瞳には強い意志が宿っていた。

 

 「……助けてくれて、ありがとう。あんなに無茶して飛び込んできたのは、驚いたわ」


 「俺のほうこそ、こんなに強い魔法使いだとは思わなかった。大丈夫か?」


 「ええ、なんとかね。あれだけ魔力を放出すれば、当然ガス欠になるわけだけど……」

 

 彼女は杖を見つめ、軽く溜め息をつく。ボロボロの服には血と泥がこびりついていて、痛々しい。戦闘の激しさが伺える。とはいえ、目の前であの迫力ある魔法を見せつけられた俺としては、どこか尊敬と畏怖の念を抱かずにはいられない。

 

 「名乗ってなかったわね。私はエリス。……“魔女”よ」


 「エリス……。なんだか響きが上品だな」


 「別に上品でもなんでもないわよ。アンタは? 昨日は名前も聞けないままだったけど」


 「俺はレオン。町でちょっとした“用心棒”の真似事をしてる。正確には、ただのおせっかい野郎だ」

 

 俺の言葉に、エリスは小さく微笑んだ。もっとも、その笑みはどこか苦しげでもある。彼女には何か事情がありそうだ。

 

 「昨日のあれ、あんな魔物が近くに出るなんてちょっと衝撃だった。こっちの町じゃそうそう見ない化け物だ」


 「そうでしょうね。でも、あれはただの前触れに過ぎないわ。最近、各地で凶悪化した魔物が増えている。だから私も調査と討伐を兼ねて旅をしていたの」


 「……なるほどな。じゃあ、あれは偶然ここで鉢合わせたってわけか」

 

 こうして話してみると、エリスは思ったより物腰が柔らかい。昨夜は凄まじい魔法の迫力に圧倒されたが、普段はこんなに落ち着いているのか。それとも、今は消耗していて力が出せないだけなのか。

 

 「俺は田舎者だからよく分からないけど、魔女ってのはそんなに珍しい存在なんだろ? 俺の町じゃまず見かけない」


 「まあね。魔女は大都市や、魔法学院のある王都周辺に多い。特に、私のように旅をして討伐活動をするタイプは珍しいかもしれないわ」

 

 エリスは自嘲気味に言うと、くしゃっと髪をかき上げた。長い黒髪が背に広がり、朝の光に照らされて優雅に揺れている。

 

 「にしても、無茶はしないほうがいいわよ。昨日だって、もし私があの魔物を制御できなかったらアンタ、ただじゃ済まなかったわ」


 「はっ、あんなのかすり傷みたいなもんだ。俺がやられるわけないだろ?」


 「バカなの?」

 

 あっさり言われてしまって、俺は苦笑を浮かべる。けれど、エリスも少しだけ口元をほころばせていた。もしかしたら、本当は俺の行動に感謝してくれているのかもしれない。

 

 「さて、と。そろそろここを出たほうがいいわ。この納屋も借りっぱなしというわけにはいかないし、私も旅を続けなきゃ」


 「そうだな。俺も一応、町の様子を見て回っておきたい。あの魔物がまだいるのか、それとも別の魔物が出てくるのか……。黙って見過ごせるわけがねえ」


 「……アンタ、危ないことに首を突っ込むのが好きな性格みたいね」


 「血が騒ぐんだよ。性分なんだ、諦めてくれ」

 

 エリスは少し呆れたように肩をすくめ、しかしどこか納得した様子で小さくうなずく。俺は彼女が立ち上がるのを手伝い、外へと出た。空は青く澄み、朝日が目にまぶしい。昨日の血生臭い戦いが嘘のように、穏やかな朝だ。

 

 「エリス、良かったらこの町で少し休んでいけよ。宿はしょぼいが、安全には違いない」


 「……そうね。しばらくは町で体調を整えてから、王都へ向けて発とうかしら。正直、あの魔物を倒したことで体力も魔力も限界よ」

 

 そう言ってエリスは杖を突きながら歩き出す。俺も彼女の傍を歩き、町へと戻る。途中、林道を抜けながら昨夜の光景が蘇り、俺は心の中で熱いものが込み上げるのを感じた。

 

 「(魔女エリス……。俺はいつも突っ走るだけだったが、こいつはどこか俺と似てる部分があるような気がする。まるで、危険を顧みずに先へ進もうとするあの姿勢……)」

 

 俺はまだ何も知らない。しかし、一つだけ確かなことがある。それは――この出会いによって、俺自身の運命が大きく動き始めているということだ。血が沸き立つこの感覚が、その証拠のように思えた。

 

 「なあ、エリス。もしまた魔物が出てきたら、今度は俺ももっと役に立てると思うぜ。力を合わせりゃ、何でもできそうな気がするんだ」


 「ふふ、口だけは達者なようね。まあ、アンタの勇気だけは認めるわ」

 

 エリスが少し笑うと、その目は昨日の戦いのときのような輝きを取り戻しつつあった。朝焼けの中に立つ彼女の姿は、どこか神秘的で……その瞬間、俺は決意を新たにした。

 

 「(俺は、もっと強くなりたい。たとえ魔女じゃなくても、この手で仲間や町を守れるくらいに――そう、強くなりてえんだ。絶対にな)」

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