第2話 黒い奴

カメムシだ。

1.5cmくらいの黒っぽいカメムシだ。1月の寒い夜に、どこから?車内は暖かいが、どうして?

疑問に思う間にもカメムシは歩く。鞄の持ち手は革製でしっかりとしているので、どんどんと女性の顔に近づいていく。

順調に進むカメムシは、女性の頭の陰に見えなくなった。


大丈夫か?顔に達したら大変だ!

電車の走行音のみの静かな車内で、今に悲鳴が起こるのではっ?と自分だけが熱い。


と、頭の陰からそのままカメムシは現れた。持ち手のカーブを素直にたどって降りている。静かに鞄の本体にたどり着くと、今度は青いエコバッグを登り出した。何が目的だ?てんとう虫のように高い所で飛び立ちたいのだろうか。


エコバッグには先程の持ち手にはない、皺があった。カメムシには大きな溝だ。どうするのか。足先が次に届かない事がわかると、カメムシは止まった。


カメムシは止まったままだ。まさか、飛び立つのか?飛んだら行き先を見失わないようにと、さらに集中する。

注視していると、おや?足先が動いている。カメムシは触覚を拭い出した。くつろいでいるのか?さらに足同士も擦り合わせたりですっかり動く気配がない。

しばらくそうしていたが、今度は斜めに進み出した。打開策だ。登る事は諦めない。


エコバッグの縁まで上がると、次はドーナツの袋がそびえる。無論とカメムシは足をかける。ツルツルのビニール素材だが、さすが昆虫。今まで通りに登っていく。


ところが、線路の都合か何かの共鳴か、ビニール袋が細かく振動し始めた。微振動をするカメムシは歩みを止めた。

カメムシからすれば激しい揺れだろう。下に落ちるのか?どうなるんだ。カメムシは耐える。

しばらくすると、カメムシは行けると判断したようだ。落ちないようにじわじわと足を動かす進みは鈍い。


ほとんど動かないが、目を離すと落ちてわからなくなりそうで気が抜けない。

ようやくビニール袋の角度がゆるやかになり、頂上付近に着いた。

しかし、まだ歩みを止めないカメムシ。

シワシワになった持ち手辺りを散策している。と、体が下向きになり袋の向こう側に行った。ぼんやり黒い影が見えるが、まさかこのまま袋の中に?下まで入ったら大惨事だ。女性の一日の疲れを癒すドーナツタイムが台無しになってしまう。

なんてハラハラしていたが、またカメムシは袋の上に姿を現した。

どうしたいんだ。何処へ行くんだカメムシ。


電車は何度目かの減速をした。いつも止まるかと期待して止まらなかったのに、あっけなく停車をした。駅に着いた。


今まで熟睡していた人や、そう見えていた人達が、直ちに覚醒して足早に電車を降りていく。


かの女性も立ち上がった。

カメムシは転がり落ちるかと思いきや、女性に袋ごと捕まれ、見えなくなった。


その瞬間、違和感に女性は手を放ちドーナツの箱は再び床に転がる。


なんて事はなく、女性は何事もなく立ち去っていった。


カメムシはどうなったんだろう。気づかれずに外にでて行ったんだろうか。


誰かがさらに私を見ていたかもしれない。誰も気づかれてないかもしれないから、ここに記す。






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ドーナツと やってみる @yasosima91

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