ドーナツと
やってみる
第1話 ドーナツ
夕暮れの慣れない都会では、ナビ機能に出ていた電車は来なかった。結局ホームの時刻表に頼り、40分後の目的の電車を待つ。追加料金を節約したため帰宅まで3時間の行程。だから、40分待とうとも早く帰れる。何本も電車は行き過ぎ、ホームの人々は入れ替わっていく。
周りが暗くなり、焼き鳥の香りがホームに漂い出した頃やっと目的の電車が来た。
一番前に並んでいたのに、すでに座席は埋まっており座る事はできなかった。詰めれば座れそうだが、すぐに空くだろうと吊り革を握る。このシートの前に立っているのは私だけだ。
ぼんやりと外を見ていると、賑やかなライトの集まりが現れる頻度が減ってくる。次の停車駅で座れるだろうと期待していたが、おかしい。そうか、区間快速だからしばらく停車しないのか。せっかく遠征したのだからと、近くの観光地も歩いたため徐々に足に疲れが出てくる。
誰が次で降りそうかな。恨めしげに前に座る人達に目をやる。皆疲れているのだろう。ほとんどの人が目をつぶっていた。
中でも斜め左側の女性は、深く睡眠に入っているらしく頭はがくりと垂れ隣の人の領域に入ったり出たりしている。
胸には皮の鞄を抱え、膝には夕飯の買い物か、満杯に形を保つ青いエコバッグ。さらにその上に某ドーナツの箱がビニール袋に入って載せられている。
電車は揺れ、彼女の筋肉も弛緩する。満杯のエコバッグは、すでに女性の足の間に角が落ち込んで斜めになっていた。ドーナツの袋は滑りが良く、エコバッグの縁にようやく引っかかっている。
これは。目が離せない。そっと戻すか?支える?声をかける?
それは、不審者か?ありがた迷惑か?落ちないかも?
決めかねたが、無視もできず、いざとなれば支えようかと1吊革分左へ移動する。
よく落ちないな。改めてよく見ると彼女の指先がかろうじてドーナツの袋に引っかかり支えていた。
なんだ。ここまで大丈夫なら、危なっかしいが落ちないだろう。
安堵とともに興味がなくなり、疲れが意識される。次の停車駅はまだかな。車窓には暗い街並みと疲れた自分が映るばかりだ。私も目をつぶり、足を少しでも楽にしようと吊り革に力をかけた。電車は揺れる。
ガサッ、バン。
見ると、ドーナツの箱は床にひっくり返っていた。
やっぱり落ちたか。
一瞬で女性は箱を拾いあげ、元の睡眠体制に戻る。周囲も何もなかったかのように続く。
もう荷物は大丈夫。事件は起こらない。終わった。
女性は荷物の位置が安定しただけで、すぐに元のように深く眠ってしまった。
とても疲れているのだろう。深く頭を垂れ、キツくまとめた髪留めを載せた後頭部がグラグラと動いている。胸に抱えた茶色い鞄には細長い持ち手がある。
何か小さな黒っぽいものがついている?移動している?
よく見て見るが、自分の認識がにわかには信じられない。
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