第一章「聖者の漆黒」第一部「回起」第2話
まだ半年程度。
よく仕事を回してくれる雑誌社からの話が最初だった。フリーになる前、他の雑誌社に勤めていた頃からよく出入りしていた所でもある。
オカルト系への知識も元々はほとんどなかった。せいぜい地元で有名な心霊スポットくらいはさすがに聞いたことがあるという程度。むしろ戦場ジャーナリストだった父親の影響か、目に見えないものよりも目の前の現実をどうファインダーの中に描くかのほうに興味があった。
そういった話を集め始める中で、やがて辿り着いた
〝
最初にネット上でその話が出回り始めたのは一年近く前のこと。
その事件は小さなものだった。地元の新聞でのみ見付けることが出来たほど。そういう情報を集めるのは
しかも地元ネタ。取り上げない理由はない。
事件とは言っても、警察の最終的な発表は〝自殺〟。しかしその最終発表前の状況の説明が不可解だった。そのためか、
元々その場所は古くから〝自殺の名所〟としても有名な深い森。一応古くに整備された遊歩道はあったが、以前から悪い
年間を通して五名前後の自殺者が見付かる場所。
地元の消防団を交えた捜索隊にもルーティーンが出来ていた。
特別、自殺を防止するために地元が大きな対策をしているわけでもない。自殺者向けの看板はあるが、むしろ黒い
自殺希望者を監視するために一応の監視カメラがやっと設置されたのは二〇年ほど前の事。それでも入り口だけ。歩いてこれるような場所でもない事に加え、車を停められる場所がそこしかなかったからでもある。
とはいえ、どこからでも森に入ることは出来る。
それなのに、自ら命を絶とうとする者はなぜか入り口から森に入った。
遊歩道に沿って歩けば、やがては同じ入り口に辿り着く。入った人が出て来なけば、警察に捜索願が出されていなくても捜索隊が作られる。最初は警察に監視カメラの報告。しかし決して大人数の編成ではない。
そして、そのほとんどの場合、事実として自殺者が見付かる。
その森は、そんな場所だった。
それでも、一年前の自殺者の発見は不可解だった。
捜索隊が辿り着いた場所は、突然の
そしてそこにあるのは古い屋敷。
立派な日本
その場の全員が
さらには、その場に似つかわしくない〝音〟。
小さく、波のような〝音〟が空気を震わしていた。
捜索隊の一人が気付く。
屋敷の中、総ての部屋、総ての天井から大量の
その音から逃げられる所はどこにもない。
そして、一階の大広間と思しき広い板間の部屋で、行方不明者の首吊り遺体が見付かる。
しかし、その遺体は何者かによって
☆
「その警察からの情報、信用出来るの?」
そう言うと、いつの間にか
その目に応えるように
「嘘はつかないと思いますよ。元々、まあ、もう何年にもなる
言いながら
「へー、
それでも、無意識にアンテナを張ってしまう。本来なら誰に対しても
少しだけ、見えた。
〝男〟であるということと、その〝関係性〟。
「あります。というより、ありました」
それはまだ、
仕事の関係で東京方面に行くことが多くなっていたことが、総ての始まりだった。
決して気持ちのいい過去ではない。
相手の男────
警察庁勤務。警視総監の孫として、いわばエリート組。
二人はとある事件をきっかけに不倫関係になって二年ほど。もちろん
そんな頃に
それは警察庁内部での、
よりによって、と
雑誌社も決して
そして、警察庁の内側に入り込むことは今も昔も簡単ではない。
「バレたら俺は終わるぞ」
当然、
いつもの密会の後、
「俺が誰の孫で誰の息子か知ってるだろ⁉︎ ウチは警察一家だ…………バレたら俺だけの問題じゃなくなるんだぞ」
もちろんそんなことは
それでも
「じゃあ…………知らないフリをすればいいの?」
「俺を
「だから頼んでるんでしょ⁉︎」
反射的に
「自分に火の
──……これは言っちゃダメなやつだ…………
それでも
「……それが組織ってものだ」
「大した警察庁ね。あなたに警察官の資格はないわ」
一度
やがて、車が
何かを言いたくても、お互いに口を開けない時間が続く。
そして、最初にその口を開いたのは
「……どこまで情報を流せるか分からないぞ…………」
その
「可能な範囲で…………後は自分で何とかするから……」
「一週間、時間をくれ……いつも通りこっちから連絡する」
やがて、その情報を元に書かれた記事は世間を騒がした。
警察庁幹部数名の辞任に発展するが、内部で
そして、二人は距離を取り始めた。
それから数年。
自分も変わったと感じながら、やはりあの頃の感覚が捨てられない自分もいた。
無意識の内に過去が浮かび上がる。出来るだけそんな感情を
「でも物的証拠が無さすぎるよ。ネットにその屋敷の動画でもあれば別だけど」
「そうなんですよ…………事実として遺体は見付かったのにその屋敷の写真や動画はネット上に存在しないなんて、ただの作り話って言われても仕方ないですよね。なぜか誰もその屋敷に辿り着けないなんて……」
事実、多くの人間がオカルトネタに乗じて屋敷を探しに森の中に入っていたが、誰も、なぜかそこには辿り着けないまま。しかし皮肉にも、それが
「でも捜索隊は実際に屋敷で何度も遺体を見付けてるんです。ちなみにそこの動画って言われてネットに上がってるのはどれも
「つまり警察と捜索隊にとっては、その〝
「間違いないですね。作り話をするメリットがありませんよ。でも〝
その
その
「どの部屋の
最初に見付けた穴を、一つずつ
「今でいうリビングみたいな所かもって言ってましたけど、広い板間があるんだそうです。そこに何本か太い
「つまり、検死解剖の結果は間違いなく首吊り自殺だっていうのね?」
「です」
「死亡した後に
「
「だから警察としては事件性を捨て切れないわけか」
「殺人を自殺に見せかけようとするなら分かるんですよ。でもこの場合、第三者がいると仮定すると、自殺させた後にわざわざ
「だねえ……」
そして続ける。
「つまり、その屋敷は……屋敷を探すだけの人には見付けられないのに、自殺者の
しかし、
自分で霊能力者の道を選んだ。体質的、周囲の環境的にそれしかないと思っていた。そして何度もオカルト的な
そして思う。
──……嫌だな……リアルタイムに誰かが死んでる話は…………
そして、言葉を繋いだのは
「で、いつもなら不思議なオカルトネタで終わるのに、警察の知り合いに話を振ってみたらリアルな部分が多くて興味が
「どう考えたって後は
しかし
「どうだろうなあ……不思議な話も
「そうなんですか?」
「オカルトライターだったらそこら辺も押さえておきなさいよ。森の中でラップ音だとか言われてもさあ、何も音のしない森のほうがおかしいよ……マンションでラップ音が
いつの間にか
「はあ……
しかし収束させたのは
「さすがにあんな依頼じゃお金もらえないしね…………それに比べたら、今回の話って確かに興味はある。とは言っても、そもそもどうやってそこに行くのよ。自殺希望者かその捜索隊でもなきゃ見付けられないってことになってるんでしょ?」
「はい。今日もその捜索隊が警察と動いてます」
「今日⁉︎ だから今日来たの?」
目を見開いた
「今日が捜索二日目です。まだ発見の報告は入ってません。森の中に入ったまま一週間以上だそうです。もちろん遊歩道から
「それとも……監視カメラ見てる人も〝
「なんとなくってヤツですか?」
「まあね」
「元々あの森は、自殺者が多いことで有名でしたからね。そこに一年くらいまえから〝
そこに、
「最初の情報って、やっぱり捜索隊の誰かから?」
「みたいですね。地元の消防団とかボランティアとかですから、情報はいくらでも流れると思います。あんな森の中に誰も知らなかった屋敷が見付かれば確かに不思議だったんでしょうね。誰かに
「それなのにそこを探しに行っても見付からないから話が
「一五人です。今回見付かれば一六……」
「いつもは何人なの?」
「毎年五人前後だって聞いてます」
「確かに多いな…………で、これは正式な依頼? お金掛かるけど」
「友人価格の後払いでお願いします」
応える
そしてそれは
その
「まあ払えない時は体で払ってもらえばいいし、
「……? …………からだ……?」
☆
地元とはいえ、その森は中心の街から車で一時間以上は掛かる場所。
外の気温がどんどんと上がる中、エアコンを全開に回した
すでに街中からはだいぶ離れていたが、道路がまだ舗装道路であることが救いだろう。
「それにしたって…………」
そして何度目かの同じ言葉を投げ掛ける。
「ホントにそんな格好で大丈夫なんですか? 山ですよ。森ですよ」
「派手な格好のほうが宣伝になるでしょ。警察のほうにも合流するって連絡したならジャージなんてカッコ悪い格好で行ったら失礼ってもんだし」
応えた
溜息を
「とは言っても……森の中歩くのにフリフリのゴスロリって…ボロボロになりますよ。足だってそんな白いストッキングだけじゃ傷だらけになるし────」
「……ま、まあ、とりあえずその
「それじゃ意味ないですって。だから途中で何度もジャージ買おうって言ったじゃないですか」
その言葉に
その溜息に
「私はジャージで出歩くようなセンスのない人間にはなりたくない」
「それは同意しますけど、知りませんよ。山ですよ。森ですからね」
やがて到着したのは遊歩道の入り口。
すでにパトカーが一台。その他は消防団のメンバーの物と
パトカーの
運よく捜索の開始前に合流することが出来たが、問題は別にあった。
「待て待て、なんだアンタらは」
突然入ってきた部外者の車に、若い警官の一人が
「
話しながら車のドアの窓を開けて名刺を手渡した。
警官は
「フリーか……巡査長!」
警官が顔を向けた先、パトカーのボンネットに紙の地図を広げていた一人の中年警官が振り返る。インターネットの時代とは言え、
「ああ、県警から電話あったヤツだろ。なんだってマスコミなんか……」
この森の捜索隊の隊長を勤めてすでに一〇年以上。
その
それに釣られるように
「おい待て。そんなチャラチャラした
無理もない。捜索隊の全員が短くても足が完全に隠れる長さの長靴。ツナギのようなものを着ている隊員もいる。そんな中でフリルに包まれた黒いゴスロリの
「二人とは聞いてたが……そんな
呆れ顔の
「ほらやっぱり」
「だって」
そんな小さな
「だってじゃないです」
そんな二人のやりとりを無視し、
「誰か消防の……
数人の消防団員の塊から声。
「最近のマスコミにはそんなのもいるのか」
返ってきた声は消防団員の
「わざわざ服装まで指示してやらなきゃねえとはな」
続く
しかし
「そんなのって言わないでよ。私は霊能力者です! マスコミと一緒にしないで!」
「そのマスコミと一緒に来たじゃねえか」
そう返した
「それはそれでしょ」
その
「にしたってその
そう言いながら
その
「ちょっと! ウソでしょ⁉︎」
「足を傷だらけにしたくなかったら
「
数分後、
絶望感にも似た
「……にしたってこれはないでしょ⁉︎ 大き過ぎてブカブカだし!」
「そのフリフリの服の上に
すでに
「ちょっと
☆
森に入ってすでに一時間も経っただろうか。
気温も時間経過に合わせて上がってはいたが、唯一の救いは森の木々に囲まれていたことだろう。木々の作り出す影と水分の染み込んだ土のお陰か、体感温度は間違いなく街中よりも低い。そうは言っても快適とは言い
しかも湿度は高いまま。
その遊歩道を起点としてさらに森の深い所へと入っていくが、もちろん足元は
広がり続ける太い木々の
遊歩道を外れるとどこにも道と言える所はない。
一人一本ずつペットボトルの水が渡されてはいたが、初めて参加する
──……ゴム
中に汗が溜まっていくのが分かる。
──……絶対にゴム以外の匂いもするし…………
汗の量に比例するように、飲み水の消費量は人一倍だった。
しかし疲労が解消されるわけではない。そんな
小さく。
何かが
空気を震わせる、音。
小さく。
まるで波のようにその音は繰り返し
次いで耳に届いたのは、
「出てきたぜ」
疲れよりも、
「アンタらのお目当てはあの
顔を上げると同時に
草の匂いが広がる。
そうしている間も小さな音は響き続けた。
やがてそんな
鼻をくすぐる匂いが僅かに変わる。
森の匂いに混じる、小さな、人の
確かに、そこは
誰かが管理しているとしか思えない、短く
立派な日本
想像していた物よりも明らかに大きなその御屋敷に、しばらく
その横で、
その音に
「
その言葉を遮るように
「待ちな姉ちゃん。こういう
ここ一年ほど、必ずこの屋敷で遺体が見付かっている現実。誰もが遺体を見付けたいわけではない。しかし確かにここで見付かる。
またここだろう、という
その感情が、周囲を
何人もが屋敷に上がっていく。屋敷の
──……やっぱり……誰か管理してる?
そう感じるためか、誰もが靴を脱いで屋敷に上がっていた。
「いました!」
屋敷の奥からの声。
「いいぜ。やっぱり見付かったようだ…………」
横からの
明らかに
「……探してたのに……見付かれば嫌なものね…………」
「きっといつもの部屋だ……」
少し考えるように間を空け、続けた。
「……俺は霊能力者の知り合いなんていたことがねえが、みんなアンタみたいに
すると、
「まさか……目立ってていいでしょ」
それに
辺りを包むその音に、その光景を見ていた
古い日本
捜索隊にとってはいつもの同じ部屋。
話には聞いていたが、それは確かに不思議な事実。
廊下の
そして当然のように、その音も無数。
しかし
建物中を
やがて辿り着いた大広間。
広く開けられた
それに気が付いた
「霊能力者の姉ちゃん、死体を見たことは? まあ、こいつは
「これでも神社の娘ですので色々と見てきましたけど……」
「霊能力者が死人を怖がってるんじゃ仕事にならんか」
神社の産まれだからといって遺体に
まして自殺者の遺体となれば、普通に生活する中で目にする機会はほとんどの人がないだろう。それは
しかし、
恐れる理由はない。
むしろこういった光景に
それでも、不思議と
それでも〝事故〟と〝自殺〟は違う────それを
──……こっちの気持ちまで
そんな中で、二人の背後から聞こえるのは
「死人でも遺体でもねえよ。見付かったら〝
その言葉に、
確かに
「
「この屋敷の写真を資料として記録してくれる? 〝
「そうですね。分かりました」
「
「何度も
「
「最初は
──…………祭壇?
「どこ? 案内して」
左右の小さな
その
その中にある丸い
──……小さいけど間違いない……祭壇だ…………
神社で産まれ育った
──…………ここって………………
「
背後からの
「そろそろ御遺体の
軽く溜息を
──……どういうこと…………?
前を歩く
「最初にここが見付かってから一年でしょ? どうしてそれまで誰も存在を知らなかったの?」
「さあな、元々が深い森だ。遊歩道って言ったって満足に整備もされちゃいない。山登りのためにここに来る人なんか何十年もいないってのに、それでも入って行くのは帰るつもりのない連中ばかりだったってことなんじゃないのか」
元の部屋に入りつつ、
「地元の年寄り連中も誰もここを知らなかったしな」
どこから聞こえていたのか、そこに挟まったのは先に戻っていた
「でも衛星写真でもこの屋敷は見付からないんですよ。こんなに周りが開けてるのに」
それを
「ってことはやっぱり……霊能力者の出番ってことなのかもな」
すると、
「……何かは……あるんだろうな……意味なのか理由なのか…………」
「ごめんなさい。
遺体はすでに
そして白い布が
しかしその表情は
目元、口元、決してそういった知識に詳しくない
──……よかった…………
すぐその横に
それでも、遺体を見て手を合わせるよりもシャッターを切るようなジャーナリストだったら、きっと
そして立ち上がる。
誰も何も言わないまま、
「霊能力者の姉ちゃん……」
それは背後からの
なんとなくそれまでとは
「……さっき
すると、
「……この
その単語に
「
「うん……昔はそういう意味もあったみたい。風習みたいなものだから、みんながみんなじゃないとは思うけど…………って言っても、こんな
「何か……感じるんですか?」
そう聞いた
しかし
「……不安…………恐怖…………なんだろう……意味も理由も分からないけど…………誰か、いるね」
「誰か…………?」
「……うん…………」
〝 ようこそ 〟
──…………?
〝
──………………あなた……は…………?
「────
──…………誰の声?
次の
いつの間にか途切れていた周囲の音が再び耳に届いた。
──……誰の声なの…………?
外からは
「
人が動く。
それに
「
「いいよ」
遮った
「────……また来る」
──……誰と話してるの?
「…………必ず…………」
その
〜 あずさみこの
第一部「
第二部「
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