第2話

三人で豪邸に入ると、黒スーツの男は風呂を沸かし始めた。


「トイレはそっち、風呂はあそこ、キッチンこっちね、二人が風呂上がるまでに昼飯作っとくよ。ま…、来客用の部屋は若い子優先にしていいよね?」


黒スーツの男はA-55を見ながら言う。


「はい」


「じゃ、こっち…」


黒スーツの男は2階に上がっていく、豪華絢爛な来客室にA-57を通した。


「まぁ好きに使ってよ。君はこっちね、」


A-55は来客室より落ち着いていて優しい香りのする部屋に通された。


「もう使う人いないから、ここ使って良いよ」


「ありがとうございます…」


「じゃ、俺飯作るから」


黒スーツの男はサッとドアを閉めて階段を下りていった。


立派なカーテン付きベッド。かつて孤児院で観た戦前の海外映画のような部屋だ。

部屋を色々物色して、着替えを見繕う。汚したら気の毒だと思い、できるだけ地味な物を選ぶ。

ふと目を写すとテーブルの上に写真立てを見つける。

黒スーツの男に似た若い男性と白いドレスを着た女性が映っている。

黒スーツの男なのか、血の繋がりのある他人なのかはわからない。

女性の方はありきたりでどこにでもいそうな顔をしている。


「風呂沸いたってよ〜!」


1階から男が呼ぶ声がする。

ドキッとして、サッと写真立てを元に戻す。


ドアを開けて頭だけ出してA-57の部屋の方を見る。すぐガチャっとドアが開いて、A-57もキョロキョロした後同じようにこっちを見ていた。目が合って二人で笑ってしまった。


「どっちが先に入る?」


「姉さん先に入って」


「わかった」


先に1階に下りると、男が黒スーツにフリフリのエプロンを着て


「そっちね、そっち、あのBATHROOMって書いてあるドアね、そう」


と言って風呂場を教えてくれた。


BATHROOMのドアを開けて、中に入り、ドアを閉めてから、ちょっと滑稽でプッと笑ってしまった。


複数人で入る大浴場じゃなくて自分だけの風呂。

男性用リンスインシャンプーの隣に全く減ってない女性用のシャンプーとコンディショナーまである。元カノのものか…。また笑いが込み上げてくる。

風呂場は鏡が曇るほどの湯気が立ち込めているが、外の焦げ臭い空気を吸ってきた肺が休まる気がしてそれも心地よかった。

湯船に浸かると、身体にジワッとしみるところがある。見てみると、すり傷になっていた。逃げるのに必死で全く気付かなかった。きっとA-57も似たような感じだろう。


しっかり温まって、着替える。

A-57を呼びに2階に行く。


「ゴーナナ、上がったよ」


「姉さん…信用できると思う?」


「…わからない。良い人であることを祈るしかないね。他に頼れるものがあったら良いんだけど…できるだけ情報を集めてここを出よう…」


「…兄さんも」


「多分だけどアイツは生きてると思う…多分…。体育の成績は良かったから…足速いし…」


「…兄さんのことは苦手だったけど、今は少し寂しい」


「アイツのことも迎えに行かなきゃいけないし、ご飯の時にあの人に少し話してみよう」


A-57は頷いて、風呂場へ向かった。


A-57の部屋で彼女が戻って来るのを待つことにしていたが、1階から黒スーツの男の声がした


「下においで〜、お茶でも飲んで待ってな〜?」


たまに裏返る声が何とも滑稽でまた笑いが込み上げてきた。


「はーい」


と返事をして1階へ下りる。

キッチンへ行くと、男はいそいそと準備をしていた。


「はい、これお紅茶ね、はい、お菓子、ご飯前だけどいいっしょ?ね?」


なんとも優雅な…。

彼は悪い人には見えない雰囲気があった。またはそう見せないようにしているだけなのか。

お茶を啜りながらA-57を待つ。


―。


ドアの閉まる音がして、A-57が上がって来た。


「こっちこっち」


A-55が呼ぶと、彼女は笑顔で向かって来た。


「まぁまぁ座って、ハンバーグできたから食べて」


そう言って、男は洗い物をしている。


「どう?美味しい?」


「はい」


「大変だったね」


「はい」


「俺、ユウスケ、よろしくね」


「はい…よろしくお願いします」


「…」


会話が無くなった…。


「あの…人を探さなきゃいけなくて…すぐここを出て施設の方へ戻ります」


「いや、それはさすがに危ないんじゃないか?行きたいところあれば送って行くけど…」


「ずっとここにいるわけにも…」


「まぁまぁ、それはそうだけど、君たち施設の子だったんだから事態が落ち着いたら役人が探しに来るんじゃないの?その時でよくないか?結局また一か所に集められるんじゃない?」


「それは…」


確かにそうかもしれないと思った。


男はノートPCで配信されているニュースを流した。

軍隊は公的機関を狙って攻撃し、占拠したとのニュース。職員が十数名射殺されたとのこと。更にその軍隊を鎮圧するために軍隊が出されたとのこと…。

国は…政府は…軍は…一体何がしたいのかわからない。


「こりゃ、なんなんだろうね…?」


「さぁ、自分の施設が公立だったのも今知りましたよ」


「死者は職員だけみたいだね、兵士は鎮圧部隊も併せて数十名亡くなってる」


A-55とA-57は向き合った。

この報道が正しいならC-38は生きている…!

とにかく情報収集しなければ!


「途中ではぐれてしまった仲間と合流したいんです…何か情報は無いんでしょうか?」


「ちょっと探してみる…」


男はノートPCを見ているが思ったような成果はなかったらしく、


「施設から逃げ出した孤児については情報が出てこないねー」


「それっておかしくないですか?何百人といたんですよ?かなりの数が逃げ出していると思います!」


A-57は淡々と指摘する。


「そうだよね、全くその情報に触れないのはおかしいよね…。熱りが冷めたら直接行ってみる?」


「はい。そうしたいのですが…」


「私達はあの施設しか知らないので、みんなも行き場を失ったらあそこに戻るしかないと思います」


「そうだよねぇ〜、でももう少し待たないと危険だよね、鎮圧部隊と軍が撃ち合いになってるみたいだから」


「そうですね…」




―遅めのブランチを食べ終え、各自部屋に戻る。

ユウスケはテレワークをしているようで、ノートPCを持ちながら自分の書斎に入って行った。


「ちょっと姉さん、いい?」


A-57はそう言って部屋にA-55を呼ぶ。

部屋に入ると、A-57は状況の整理を始めた。

「戒厳令が出て、施設を軍が襲撃した。そこに鎮圧部隊が来て撃ち合いになる。我々は命を狙われていると思って逃げ出した。でも犠牲になったのは教官だけで、孤児の犠牲者はは出ていないとされている…」


「これは…何が目的だったんだろうね…戒厳令で動いた政府軍に鎮圧部隊が出動するっていうのが違和感あるよね…」


「孤児の解放とかですかね?」


「行き場のない孤児を解放して…?こんなことしても当てのない我々は行き倒れるだけだよね…?」


「そうですよね…、ますますわからなくなってきました」


「機密情報の奪取とか…?スパイ映画みたいに」


「あー、でも孤児院の情報なんて誰が欲しがるんですかね?」


「誰もいないよねー!」


二人は行き詰まってしまった…。

ああでもないこうでもないとディスカッションをしてみたが、それっぽいものが全く浮かばない。

そんなことをしているうちに昼過ぎには二人とも眠くなってしまった。

きっと今日は色々なことがあったので疲れてしまったのだ…。


A-55はとぼとぼと自室へ戻り、カーテン付きベッドのカーテンを閉めて眠りについた―。

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Re:union 摩耶キヨソネ @kiyosone-maya

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