Re:union
摩耶キヨソネ
第1話
A-55
今年で20歳になる彼女は物心がつく頃には既にこの施設にいたが引き取り手が見つからなかった。
残り物―
目を覚ますと白い壁に二段ベッドが5個並ぶ10人部屋、20年間同じ風景。
同室のメンバーには多少の入れ替わりはあったが大体同じである。
「本当に軍隊に行くんですか?」
そう聞いてきたのは2つ歳下のA-57。彼女は早く起きて、既に着替えていた。
同室の他のメンバーはまだ起きていない者もいるし、どこかへ行った者もいる。
「それが"伝統"だから行くしかないんじゃないかな。少なくとも三食食べれるらしいし」
A-55は朝の身支度をしながら答える。最近増えてきた若白髪を気にしながら髪を結ぶ。
「…姉さんはここから出たいと思ったことはないんですか?」
上目遣いでA-57が聞く。
「興味はあるけど、外の世界はボロボロで何も無いと聞くし、出たところで生きていける自信ないよ」
「外なんて見たこともないのにどうしてわかるの?」
「…」
確かに、このシェルターには窓が一つもない。物心ついた時から窓かない真っ白な空間が当たり前だと思っていた。
教官曰く、自然光は毒なのだと。孤児たちを自然光から守るために窓を付けていないのだという。
孤児たちは定期的に薬やビタミンの投与、人工の紫外線を照射して骨が脆くなるのを防いでいた。
「姉さん、この施設はおかしいと思いませんか?」
A-55は身支度を終え、A-57に向き直る。
「ずっとおかしい所だと思っているよ」
「姉さん、一緒に抜け出しませんか?」
「またその話?出れないよ。外に出れたとして、外の世界で生きていけるかどうか…」
第三次世界大戦で世界各国は資源の全てを使い果たし、世界は復興できずにそのままになったと歴史の授業では習った。
日本は戦勝国の同盟国だったため、戦勝国の仲間入りとなったが、インフラに攻撃を受け、資源を使い果たした国内の惨状は敗戦国のそれと変わらないものだと。
でもこの目で確かめた訳ではない。もしかしたら進んだテクノロジーと高層ビルが並ぶ世界かもしれない。
「私、姉さんには死んでほしくないんです」
「大丈夫、軍にも色々な仕事があるんだよ、衛生兵や会計だってある、事務作業の部隊だってあるんだから…心配しないで…」
「…姉さん…あの…」
A-57が話しかけた時、シェルターが小刻みに揺れた。
「また地震だね、最近多いね」
「そうですね…」
いつもみたいにすぐ収まると思っていた。揺れは段々強くなるばかりで、縦揺れと横揺れが混ざったような揺れになった。
「おかしいです…ね…」
「これ、地震じゃない!」
A-55はA-57を庇うようにして揺れが収まるのを待つ。
焦った様子の放送が入る。
「緊急避難を開始、繰り返す緊急避難を…」
ブツッと突然スピーカーが切れる。
施設の避難訓練ではいつも地下の頑丈なシェルターに向かっていた。
とりあえず、A-57と部屋から出る。
孤児たちはみんな地下に向かっているようだ―。
進行方向の先でダダッダダッダダッ!という音が聞こえる。
「銃だ!!」
と誰かが叫ぶ。廊下は阿鼻叫喚。
「あっちに行っちゃダメ!」
A-55はA-57の手を引いて咄嗟に銃声と逆方向に走る。
どこか鍵のかかる部屋は無いだろうか…。
とにかく走る―
ここもダメ、ここもダメ、ここもダメ、
「おい!A-55!大丈夫か?」
部屋から出たばかりのC-38が声をかけてくる。A-55と同い年の孤児で彼もまた引き取り手がなく、従軍予定となっていた。
「サンパチ!あっちから銃声が聞こえた!だから、みんな逆に走ってる!!」
「聞こえた。結局グルグル回ることになるけどな」
建物の構造上、周回するようになっている。
三人でとにかく走る。
「ちょっと待って、上に行くエレベーター稼働してる…」
いつもは教官のIDがなければ乗れないエレベーターのドアが開いている。稼働している!三人は咄嗟にエレベーターに乗り込み上に向かう。
「シェルターは地下なのに上にって…」
「撃たれるよりマシだろ?」
「…アイツら上から来たんじゃないの?」
「……あ……」
「どこの兵なの?戦争?敵国の軍隊?」
「いや、音的に日本」
「え?日本軍が攻めてきたってこと?」
「なんで俺たちを攻撃するんだ?」
「わからない…」
「上がヤバかったら、また下に降りよう…」
エレベーターは静かに止まる。ここが最上階、とりあえず様子を見る。
一番乗りだったらしく静かだ。
エレベーターのドアが閉まり、下に降りる。
下で誰かがエレベーターを呼んだらしい。すぐに誰かが上がってくるだろう。
「静かだな…、次の奴らが上がってくる前に隠れられる場所探そう」
「そうだね…」
ここも違う、ここも違う、ここは…?
一番大きな扉を開けると、そこは外だった。
「嘘だろ…」
崩れかけた高層ビルと灰色の空、焦げ臭い空気と人気の疎らな外の世界、気温は寒くもなく暑くもなく、街路樹は枯れ果て骨が突き刺さったように見える。
外の世界は驚くほど静かだった。
「私達が居たのって地下だったの…」
外で見張りをしていた兵士がこちらに気づく…
「おい、止まれ!」
撃たれるかもしれない。
「先に逃げろ!俺も後で行くから!」
C-38が兵士に向かって行く。兵士の気を逸らすつもりらしい。
「あのバカ!!」
A-57の手を強く引いて走り出す。
C-38のことを信頼している、彼ならきっと自分たちに追い付くはずだと…。
三人が通ってきた道から続々と他の孤児たちも逃げ出して来る。
ダダッ!
背後で嫌な音がした…。銃声。
「あ…」
「姉さん…」
「絶対見るな!走るよ!!」
崩れかけたビル群の方へ走って行くと、人通りがある程度多くなってきた。
ショッピングモールなんかが立ち並んでいる。ホームレスのような人もいれば、身なりの綺麗な人もいる。
孤児院の制服が珍しいのか、すれ違う人たちはA-55たちをジロジロと見る。
他の孤児たちも蜘蛛の子を散らしたように逃げ出しただろう。
A-55とA-57は白い目で見られながらも街を抜けた。
二人とも俯きながら無言で歩いていた。
そんな時、一台の高級車が停まる。
「お嬢さんたち、戒厳令が出てるよ!家まで送って行くから早く乗って!」
黒いスーツを着て、サングラスをかけた身なりの良い40代〜50代くらいの男性が声をかけてくる。
「…え?戒厳令!?」
「いや、でも大丈夫です。私達、歩いて行きます」
A-55は咄嗟に断るが、黒スーツの男性はサングラスをずらして
「あんたら、あの施設の子だろ?その格好じゃ目立ち過ぎる。撃たれるかもしれない。とりあえず車に乗りな」
確かに、目立つし頼る人もない。
二人は言われるがままに後部座席に乗る。
「お二人さん、お名前は?」
車は自動運転のようで黒スーツの男性は完全にハンドルから手を離して後部座席を向いて話をしている。
「A-55です」
「A-57…」
「あぁ、名前無いのか。幾つだい?」
黒スーツの男はサングラスを外して言った。
「20」
「18」
「引き取り手は?」
「いません…」
「ってことは君は従軍かい?」
「その予定です」
カーナビでニュースが映っている。
戒厳令が発令され、公的機関が襲撃されたとのこと、被害状況はまだ詳しくはわかっていないとのこと。
「なんか酷いことになっちゃったね…とりあえず家に来なよ…、飯でも食ってきなよ…、さすがになんか可哀想になってきた…」
なんだかちょっとソワソワしてA-55とA-57は顔を見合わせた。
何かあっても二人だからこっちに分があるハズだ。
家に着いて、危ないようなら逃げよう?二人はアイコンタクトをする。
しばらく走って、郊外に出た。
孤児院は遠くなって見えなくなる。
男がシートベルトを外し始めた。
「着いたよ、待っててね、ゲート開けるから…」
黒スーツの男はゲートの横に付いた端末をいじっている。
ゲートを開けて車で家の前まで車で移動すると
「好きなだけ過ごして良いよ、どうせ俺しか居ないし…とりあえず着替えな?」
と言って笑っている。
とんでもない豪邸だった―。
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