第五話【老齢の船長】


 ヒッポグリフ島に到着して一週間後。

 ベリスは休息を取るために、飛行船団の団長を一時的に交代しなければならないので、今回は頼れる船長の一人である”村上光重むらかみ みつしげ”を任命した。

 光重は”大和皇国”出身の船長で、60代という老齢の年長者の一人ではあるが、判断能力が高く温厚な人物である事から、ベリスが尊敬する人格者の一人でもある。


 ベリスは飛行船団が出発する前日に、光重の屋敷を訪れていた。

 グリフォン飛行船団の古参船長でもある光重は家族が多い、息子達は船員で孫も元気に育ってきている。

 しかし光重もまだまだ若い船長には負けないと、常日頃から活発的に活動していたのであった。


「光重さんはー……、畑には居ないようだな」


 時刻は午後1時、この時間の光重は家にいるか出かけているかだ。

 元気すぎて重光が何処にいるか分からないベリスは、屋敷の外から探そうとしていた。

 すると後ろから”ベリス団長”と声を掛けられる。

 どうやら声を掛けたのは重光の弟で”ヤタガラス号”航空長の”村上光政むらかみ みつまさ”のようだ。


「おお、光政さんではないか。 光重殿は何処にいるか分かるかね?」

「兄上なら書斎で本を読み耽っていますぞ、場所はわかりますな」


 ”ありがとう”とベリスはお礼を言って、その場を後にする。

 屋敷に入ってベリスは光重のいる書斎へと歩いていく。

 そこへ丁度、光重の孫達に遭遇した。


「あ、団長さん! こんにちは!」

「やあ君達、今日は家にいたのだな」

「うん、お爺ちゃんの本を借りてお勉強をしてたんだ!」


 ”それは偉い”とベリスは返す。

 子供とは宝であり、未来への優秀な人材でもある。

 ベリスは勉強熱心な子供達を見て、なんだか嬉しくなっていた。

 

「そうかそうか、ならば頑張って勉強するのだぞ?」

「はーい!」


 そのままベリスは書斎の扉の前にたどり着いた。

 扉を開けて中に入る、書斎には机と大量の本が入った棚がびっしりと置かれている。


「重光さん、居られますか?」


 ベリスが声を出す、すると”こっちじゃ”と二階の本棚の方から声が聞こえる。

 梯子を上ると、そこには本を手に取っている重光の姿があった。

 白い口髭と顎鬚がくっついて見える程伸ばしており、いかにも温厚そうな雰囲気を醸し出している。


「ベリスか、久しいな」

「お久しぶりです重光さん。 明日から半年の間、船団をよろしくお願いします」


 ”まあ茶でも飲みながら話そう”と重光は、ベリスを客室へ案内する。

 客室は大和皇国でお馴染みの和式であった。

 ベリスは何度か大和皇国に行ったことがあるので、他の団員達よりも上手く正座が出来るのだ。

 

「相変わらずお茶と言うのは美味しいですな」

 

 ベリスは幸せそうに茶を啜る。

 そんな姿を見て重光は満足そうに頷く。 

 

「当たり前じゃ、美味い茶を仕入れているからな。 ……ところでベリスよ、若い新入りが来たそうだが、何やら優秀だそうな」

「ええ、実はその話をしに屋敷まで来たのです」


 重光は数日前に、噂で知ったラインハルトに興味があった。

 ”見張りや荷物運び等といった役割を真面目に勤めて、礼儀も正しく優秀なゲルマング王国の少年が来た”と、ヒッポグリフ島では話題の的となっていた。

 飛行船団が帰島して一週間が経ったが、既にラインハルトは島の子供達とも仲良くなっていて、少しずつ住民達からも人気が出ていた。


「ラインハルトという少年、お前から見てどうだ?」


 重光の問いにベリスは、にこりと笑って言う。

 

「とても心の強い立派な少年です、礼儀も良く規律を守って一ヵ月の間、見張り員として船員達と共に頑張ってくれました」

「……そうか、確かその少年はゲルマング王国の貴族の出であったな。 なんでもブリテー王国との戦争で家族は皆亡くなったと聞くが」

「はい、しかし──」


 ベリスはラインハルトと初めて会った時の事を思い出した。

 ラインハルトの目は、今を大切に生きようとしている真っ直ぐな目であった。

 家族を亡くした原因であるブリテー王国出身のベリスに対し、ラインハルトは尊敬の念を抱いていた。

 ”なんと立派な少年だろう”と、ベリスは強く感じた。


「彼は家族を亡くして自分探しの旅に出ても、貴族の誇りだけは忘れてはいけないと、フローレスに語ったそうです」

「……貴族の誇りか」

「元々敵国であったブリテー王国の貴族である私を恨まず、向けた眼差しは尊敬の感情でした。 平和を愛する我が飛行船団にとって、彼は必要不可欠な人材だと思ったのです」


 ベリスの話を聞くと、重光は嬉しそうに言った。


「……い少年だ」  

 

 そして重光は茶を啜る。

 この反応をしたという事は、重光はラインハルトを気に入ったらしい。

 

「まだ時刻は昼であったな、儂はラインハルトという少年に会ってみたいのだが、案内してくれるか?」

 

 ”もちろん、案内します”と、ベリスは答える。

 二人は茶を飲み終えた後に屋敷を出て、ラインハルトの住居に向かったのであった。

 時刻は流れ午後3時、ラインハルトの家では……。


「一週間で結構本を買っちゃったなー……、まあ全部面白かったけど」

 

 まだ生活を初めて一週間だというのに、すっかり順応していたラインハルトは、書店で本を購入、更には図書館で本を読むなどして満喫していた。

 更には喫茶店にも通うなど、ずっと前から住んでいたのではないかと、正直疑いそうになるくらいには楽しんでいる。


「今日は出かけるか、または読書をするか悩みどころだなー」

 

 ──丁度その時であった。

 ”おーい、ラインハルト!”と玄関からベリスの声が聞こえてくる。

 声の主がベリスだと分かると、ラインハルトは急いで玄関の扉を開けた。


「団長、この時間に来るなんて珍しいですね?」

「ああ、その前に君に紹介しよう。 この方は明日に出航する飛行船団で、私の代理を務める村上重光船長だ」

 

 紹介された相手の名前を聞いて、ラインハルトは驚愕する。

 重光といえばグリフォン飛行船団でも特に知名度の高い、優れた人格者と世界中で有名なのだ。

 

「貴方があの村上重光船長!? 初めまして、僕はラインハルトと申します!」

 

 ラインハルトは目を輝かせて自己紹介をする。

 元々グリフォン飛行船団に憧れていただけあって、重光に会えた事はかなり嬉しかったようだ。


「やはりいつになっても、喜ばれるのは嬉しいのう」

「ですが、どうして僕の家に……?」

「新たな船員である君の話を聞いて、興味がありお会いしたかったそうだ」


 ベリスに説明されて、ラインハルトは納得する。

 しかし古参の船長である重光に興味を持たれる、これはラインハルトにとって気分の良い事であった。

 

「ところでラインハルトよ、お前は本が好きなようだな」

「はい、興味のある本は殆ど読みました」


 ラインハルトは自信満々に言う。

 そこで重光は、一冊の本を鞄から取り出した。


「この本は読んだことがあるかのう」

「え? これは……空想世界の歴史ですね、幼い頃から読んでいます」


 その言葉を聞くと、重光は満足そうに言った。


「この本を書いたロマノフル・ドブルコスキーは、儂の古くからの友人じゃった」

「え……!?」


 重光の衝撃的発言は、ラインハルトを驚愕させた。

 ”惜しい男を亡くした”と言わんばかりの表情で、重光は話を続ける。


「世間から虚言だと酷評されながらも、ロマノフルはこの本の中身に誇りと愛を持っていた。 だがお前のような良き少年が、この本の愛読者である事……ロマノフルは喜んでいたであろう」


 とても嬉しそうに重光は語る、そしてラインハルトに一つの頼み事をした。


「ロマノフルが書いたあの本を、これからも読んでやってほしい」

「……ええ、もちろんです。 僕はあの本の愛読者ですからね」


 ラインハルトの返事は、重光にとって非常に嬉しい言葉であった。

 その以降、重光とラインハルトは互いに本が好きという事で、交流を深める事になるのだが……それはまた別のお話。

  

 

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グリフォン飛行船団記 ~我ら大空を行く~ くろがね @watabou101

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