深夜の小人さん

蘇鉄田 良

第1話

 深夜のオフィスで一人残業していると、いつの間にかソレは目の前にいた。


「はえっ?な、なんだ?」


 ディスプレイの上に忽然と現れた小さい人のようなものに驚き、俺、沢田直正は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


 20センチくらいの背丈で、スーツのような服を着ている。

 頭には『白雪姫と七人の小人』に出てくる小人が被っているような赤い帽子を被っている。

 彼は言葉こそ話さないものの、なぜか俺の仕事を手伝ってくれるという気持ちが伝わってくる。


確かに考えたことはあった。

なぜ俺だけがこんなに作業を振られなければならないのか、誰か手伝ってくれないのか、小人さんでも出てきて代わりにやってくれたらいいのに。


「え?もしかして、俺の仕事を手伝ってくれるのか?」


 俺の問いに対して肯定の意思のようなものが伝わってくる。

 こんなこと現実的じゃないと思いつつも、確かに望んでいた協力者ではあるし、深夜残業で疲弊している頭ではもはや手伝ってくれるなら何でもいいとすら思えてくる。



「わかった、ありがとう。じゃあ、こっちに来てくれ。今この資料を作っているんだ」



 小人さんと言えど、いきなり何でもわかるわけではないようなので、俺はツールの使い方やら資料の作り方を教えつつ一緒に作業した。


 小人さんはキーボードやマウスを使うわけではないが、なんと画面の端っこに小窓を開き、そこで作業ができるようだ。

 何とも不思議で魔法のようだが、やってることはPCの操作で、現実の作業なのだからちょっと混乱しそうになってしまった。


 また、1台で同時並行に作業して、PCの性能的には大丈夫なのかとも思ったが、そこも何とかなっているようだ。

 深く考えすぎてもいけないのかもしれない。

 そもそも小人さんが存在すること自体が普通じゃないんだし。


 しばらく作業を行い、家に帰る時刻になったので支度をする。

 小人さんに教えつつだったので今日の作業自体は思ったほど進まなかったものの、時間も時間だったので俺は帰宅の途に就いた。



 翌朝、俺は早めに出社した。


 帰った後にぼんやりと小人さんのことを考えていると、どうも夢だったのではないかと思えてきて不安になったのだ。

 同僚へのあいさつもそこそこにPCを起動し、昨夜の作業を確認する。



「……ちゃんとできてるな」


 自分でやったものはもちろんだが、教えながら小人さんにやってもらった結果も残っている。

 どうやら夢ではなかったらしい。


 その小人さんは、今は姿が見えない。

 他の人間がいるから出てこないのか、深夜限定なのかはわからない。

 また出てきてくれるなら頼もしいのだが。




「おい、沢田!ちょっと来い」


 定時直前、いつものように薮田課長に呼ばれ、仕事を振られる。


「今日はこの資料作成とデータ収集と、さっきの会議の議事録作成な。明日までな!」


「あ、明日までですか?急ぐのであれば私だけではなくて他の人にも……」


「他のメンバーは忙しい。お前が適任だ、とっととやれ!」


「……わかりました」



 俺の話は聞いてもらえず、いくつもの作業を渡され追い返される。

 溜息をつきたいところだが見えるところですると見咎められるため、何とか我慢しつつ席に戻る。



 課の同僚たちは見て見ぬ振りをしつつ、ヒソヒソと話している。


「沢田さん、課長からターゲットにされてるよな。まあ、お蔭で俺ら楽さしてもらってるけど」


「たまに間に合わなくて怒られてるけど、こっちに振られないように頑張ってもらいたいね」


「……」


 正直、課の他のメンバーがそんなに忙しいとは思えない。

 手伝ってくれたりしないものかと思っても、今まで一度だってそんなことはなかったので、期待するだけ無駄だろう。

 当然、その日も残業だ。


「お先ー」


 俺以外の最後の一人が退社していく。

 また、いつもの俺一人で残業という状態になる。

 やはり仕事量の振り分け方がおかしいと感じるが、ここで言っても詮無いことだ。


 と、ひょっこりと小人さんが顔を出した。


「おお。今日も来てくれたのか」


 人がいなくなった途端に現れるとは、どうやら小人さんは他の人間の前には姿を見せたくないらしい。

 とはいえ、俺としては手伝ってくれるならそこらへんの事情には感知するつもりはないし、感謝しつつ作業をお願いするだけだ。


 教えるときには、もともとあったマニュアルも見てもらいながらだったが、こちらはよくわからなかったようだ。うーん、これわかりにくいからなぁ。何とかしないとな。


 とにかく、こうして、翌日以降も、一人で残業することになると小人さんが手伝いに来てくれるようになった。

 同時に、同じように仕事をしつつも俺は作業手順書を作ることにした。

 小人さんが加わってくれるのはいいが、新しい作業をやってもらうときに説明しやすくなると思ったからだ。

 会議や昼間のうちにする仕事の合間の時間を使って簡単なものから整備していき、それを見てもらうことにしよう。



 最近は期限までに作業を終わらせている俺に、追い打ちをかけるように色々と仕事を振ってくる課長。


 もはや、反論する気も起きないが、とにかく全部片付けてやると気合を入れる。

 小人さんもいることだし、やれないことはない。



「課長、今日は作業はありませんか?」


「あ?なんだ沢田、自分から来るなんて珍しいな」


「私だけに振られるのに納得してるわけではないですが、毎日のことなので。それで、作業はありませんか?」


「急かすんじゃないよ。ほれ、ちゃんと間に合わせろよ」


「はい。大丈夫です」


 どうせ、定時直前になると仕事を振られるのだから、もうせっついてやれと思い、珍しく自分から行ってみる。

 小人さんもいることだし、やってやるさ。



 夜になって、小人さんと一緒に作業する日々も結構経つ。

 俺の作った手順書については、小人さんの反応も上々だったので引き続き整備していき、大体のものはできてきた。


 期限にも間に合っているし、なかなか順調だ。



 そんなある日、


「沢田先輩にばかり業務が集中しているのはおかしいと思います!

 労働時間の平準化のためにも他の人にも割り振るべきだし、私達にも振ってもらわないと仕事が覚えられないじゃないですか」


 後輩の山田の発言で、週一で行っている課内ミーティングの場が凍り付いた。


 今まで自分で課長に意見することはあっても他の人が何が言うのは初めて聞いたので、驚くと同時に、いいぞと思う。


「あー、沢田しかできない作業だし、他の皆は忙しいだろ?」


「いえ、忙しくありません。それに作業も教えてもらえればやれます」


「マニュアルは分かりづらいものしかなかったはずだ。あれを見ても厳しいだろう」


「作業手順書は新しく整備してあるので、教えることは可能です」


 小人さん用に作った手順書がここで役立つとは思わなかったが、これが本来の用途だよな。



 それからは、作業が割り振られるのは俺だけではなくなった。


 山田と、他に何人かの同僚もやることになり、俺は教える側にまわった。


 これだけの業務を一人で行っていたのかと驚かれたが、それは小人さんあってのものだったので胸中は複雑だった。



 あれから深夜残業することもなくなり、小人さんの姿を見ることはなくなった。

 だけど、一人で作業を抱え込むこともなくなった。


 小人さんに会えないことを寂しく思うが、この状態が普通と言えば普通なんだろうな。



「沢田さん、メシ行きましょうよ」


「おう」



 俺は、昼飯を誘いにきた山田と一緒に食堂に向かうのだった。



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深夜の小人さん 蘇鉄田 良 @tryne

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