バレット・ボーイ
@sumochi
バレット・ボーイ
アリシア・フェルンは山を二つほど吹き飛ばした。
使われたのは外国製の五百口径魔導砲。試射で広大な砂漠に築いた射撃演習場全域を、一瞬で黒焦げにしたっていう代物だ。アリシアはそれを、片田舎にある二階建ての自宅屋根の上に設置した。
「これで、怖いものなしね」
鼻息荒く胸を張る彼女の隣で、怖いのはお前だ、とぼくは思った。
石造りの小さな家が背負う巨大な砲を見上げて、物々しさに圧倒されているとアリシアに肩を叩かれた。微笑む彼女が悪魔の類に見えたのは、気のせいではなかったと後に思い知る。
弾として装填されたのはぼくだった。
酒と幻惑魔法で眠らされて砲身の後ろの方から装填されたぼくは、自分がどんな目に遭っているのかも良く解っていないまま、凄まじい速度で砲口から発射された。
超高速で射出されたぼくは、音を置き去りに空を駆けた。嵐のような向かい風の中、風防の重要性を感じずにはいられなかった。
顔面の、穴という穴に暴風が押し寄せてくるのだ。
目尻が後ろに引っ張られて頬と鼻腔が膨らみ、歯茎が剥き出しになっている面はなんとも無様で、これが例えば戦場を奔走する竜騎兵なんかであれば敵味方問わず衆目を集めるわけだから、きっと沽券にも関わってくるだろう。
恥を忍んで飛翔するぼくの前に、二つの山が立ちはだかる。一つは「ハティの牙」といわれる鋭い岩壁の山で、空高くから見降ろすと二本の犬歯のように見えることからその名がついた。もう一方は「マーナガルムの息吹」と呼ばれる平たい山。「二本の犬歯」の丁度真下にあることから獣の舌に見立てられること、それと、絶えず深い霧が立ち込めているからそう呼ばれるようになった。
ぼくはその山々を顔面で砕いた。通り過ぎる途中、後方で崖崩れが起こり岩が雪崩るのを聞いたが、心配は要らない。あの山は魔物が潜むといわれ、踏み入った者は悉く不幸に見舞われるという噂があるので、人通りも住人も皆無なのだ。
山を粉砕したあとも、ぼくの身体は飛び続け、遂には国境を超えた。困ったことに通行手形もパスポートも手元にはない。そんな準備をするような時間はなかったという言い訳が着弾地点でも通じるだろうか。
そもそも、どうしてぼくは飛んでいるのか。
原因はアリシアが妙な安請け合いをしたせいだった。
「近頃、村の近くの山道を人相の悪い連中がうろついているようなのじゃ」
酒場でそんな噂話を聞いたらしい。話していたのは年寄りの商人連中。山道というのは多分、国境へと続く細い道のことだ。数年前に整備された車両用の迂回路が出来たのを機に廃道となっていたのだが、車を持たない商人や猟師なんかは今でも山道を使っている。
「人手が少なくなったのをいいことに、わしらから金目のモノを巻き上げる。その下見なのさ」
「わしらも迂回路を使うしかないのかねえ」
村にとっては由々しき事態だった。かつては近隣の鉱山から物資の買いつけに来た客や国境を超えようとする商人や旅人を相手に、交易所やら宿やらを開いて賑わっていたのだが、採掘量の減少に伴い鉱山が閉鎖され、新しく出来た迂回路に通行客を奪われるようになってからというもの、暮し振りは一変してしまった。これ以上客の足取りが減ろうものなら、村には先細っていく未来しかない。
「要は、その山賊モドキをぶっ飛ばしたらいいのね?」
アリシアは胸を張って言った。
「あなたたちは、報酬をたんまり用意して待っているといいわ」
息巻くアリシアの顔を見た者たちは、今からでも入れる保険はあるだろうかと思案した。ぼくもだ。
翌日、自分の背丈よりも大きなリュックに有りっ丈の魔術道具を詰め込んだアリシアは、幾人かの見送りに手を振って森の中へと入っていった。ちなみに、その見送りの中にぼくはいない。酷い腹痛に見舞われて、彼女の出発に間に合わなかったのだ。勿論、仮病だ。
半月後、アリシアは村のすぐ傍を流れる川の畔で半分土に埋まっているところを地元の猟師に発見された。満身創痍で戻ってきた彼女の傷は、歯型に裂傷、打撲といった具合に獣か魔物に襲われてできたようなものばかりだった。
「ふぇふ、ふぁふふふふぁ、ふふぇふぉ」
毒虫に刺されたのか毒草に触れたのかは解らないが、運び込まれたアリシアは頬と舌を腫らした口で何か喚いていた。多分、醜態を曝したのが自分でも見っともなく感じて、何かしら言い訳をしていたんだろう。
「山の向こうに、彼奴らの前線基地を見つけたの」
三日で全快させたアリシアは、そういった。
「それで? また自然の厳しさに打ちのめされて逃げ帰って来るのか?」
アリシアは鼻で嗤った。
「わたしたちは人間なのよ。地面を這いずり回って泥だらけになるのだけが手段じゃないわ」
地面を這いずり回って前線基地とやらから、川まで辿り着いたらしい。
「文明の利器というものがある」
そういうわけで発注したのが、冒頭の五百口径魔導砲ってわけ。そして、その砲弾としてぼくが選ばれたのは、ぼくをぶっ放して標的に命中すれば、彼女が抱える問題の内の二つが対消滅からだ。これは本来、対消滅という言葉の正しい用法ではないのだが、結果的に二つの問題を消滅させようとして新しい問題を発生させることになったので、例えとしては中々妥当なところに落ち着いた気もする。まあ、ぼくは消滅しちゃいないのだが。
アリシアにとって、ぼくの何が問題なのか。借用書だ。
五百口径魔導砲の調達費用を捻出する際、社会的信用がカスな彼女はローンを組めず、その資金はぼくの名義で借り入れることになった。当然、ぼくは余計な借金を抱える気なんかなかったし、何よりあいつの代わりに債務を抱えるなんていうのは破滅に自ら飛び込むようなもの。しかし、アリシアには魔術と魔術道具が在り、ぼくの筆跡や指紋を捏造することなんて造作もないことだった。自分の肩に数千万の債務が積み上げられたと知ったのは、村一番の建物よりも更に大きな砲塔が運び込まれたその日のこと。わけも解らぬまま受取証にサインをすると、配達人から書類一式を渡されたぼくは、そこから三日間寝込んだ。そろそろ、彼女も賞金首のリストに加えるべきじゃないか。
かくして、ぼくは何が何でも山道の治安回復を果たさなければならなくなったのだ。山を二つ吹き飛ばしたぼくは、いくらか失速して高度を落としつつあるものの、国境を超えた。これで、目出度く民間人による隣国への武力侵攻と相成ったわけだ。アリシアが見つけたという前線基地とやらが実は山賊の拠点でも何でもなかったら、ぼくは打ち首を免れないだろう。莫大な借金と大犯罪。人生のレールはいつから本道から逸れていき、人は奈落へと転がり始めるのか。全く、解ったもんじゃない。
そんなことを考えている内に、森の中に開けた場所があるのを見つけた。丁度進路上、あるいは射線の先にある。
なるほど、前線基地だとぼくは思った。実際にその様子を目にするまでは、自然に揉まれて疲労困憊になったアリシアが一時見た幻覚の類である可能性が半分くらいはあるだろうと覚悟していたのだけど、あれは確かに基地らしい。
監視設備と思しき重厚な鉄塔が中央に建っており、その周りには幾重にも建てられた金属製の防壁がある。
前線基地に近づいた途端、ぼくの身体は突然失速を始めた。目には見えないが、魔力を遮断する防壁も張り巡らされているのだろう。山賊がこんな手の込んだことをするはずがない。連中は、もっと大きな組織だ。
その正体が何であれ、辺境の村民が一人で手を出していいような相手ではないのは間違いない。とはいえ、慣性に身を任せるだけのぼくには手も足も出しようがないんだけど。
魔力防壁によって身にまとう魔力を悉く相殺されたぼくは、残された運動エネルギーを鉄塔に向けて勢い良く振るった。要は墜落したってことだ。ぼくが衝突した鉄塔は大きく拉げ、特に大きく曲がった部分から鉄板が裂けていき、そして根元の地面を抉りながら、仕舞いには轟音と共に倒壊した。
砂埃が立ち込める中、悲鳴やら怒声やら警報やらが響いた。瓦礫の中、ぼくは埃にやられて何度も咳き込んだ。混乱と砂埃に乗じて逃げろ。頭はそう訴えるが身体は動かない。顔面が焼かれたように熱く、首が麻痺して回らない。特に辛いのは眩暈だ。ただでさえ視界が悪いのに、前後不覚となって立つことさえままならない。
「いたぞ! こいつだ!」
すぐ後ろで声がした。
「なんでこいつ、無事なんだ!」
別の声だ。その質問は野暮ってもんだろう。
五人がかりで包囲されたぼくは呆気なく取り押さえられ、地下牢の中に放り込まれた。そこには一人の先客がいて、床に転がるぼく見てにたりと嗤った。
「あんたも何か仕出かしたのかい」
初老の男だ。髪は脂でべとつき、肌は所々黒ずんでいる。口角の上がった唇の隙間から歯が三本見えた。上顎に二本、下顎に一本。どれも噛み合っていない。
「厄介なことになっちまったけど、ぼくは何もやってない」
へへへ、と初老の男は嗤った。
「こういうところにぶち込まれる奴は、みんなそういうさ」
ああ、そうだろう。そうだろうな。
初老の男と言い争う気力も、看守に弁明する元気も、今のぼくには残されていなかった。
牢の作りはとても簡素だった。地面をくり抜いただけみたいな土壁に補強用の梁と柱があるだけ。その梁や柱も丸太を裁断した以外に特別な加工はみられない。土壁の表面がやけに整っていることから手作業で掘ったとは考え難く、これは魔術師によるものだろう。丸太は基地の敷地を確保するため森を切り拓いた際に生じたものといったところか。
鉄格子には、律義に魔力を遮断する加護が施されている。ぼくは魔術を使えないのでこれは大した支障にはならない。というか、先の情報全てがここを脱出するのに何の助けにもならない話だ。
何せ、ぼくは手足を縛られているんだから。
これでは手も足も出ない。前にも言ったな。だけど、仕方ない。これが人生ってもんだ。往々にして自分の思い通りにならないことが押し寄せて、ままならぬ日々をどうにか足掻き続けてどうにか乗り切ってみせても、そこには新たな困難が列を成して待ち受けている。
ぼくより先に収監されていたあの初老の男は、ぼくが牢に入れられて三日後に外へと連れていかれた。看守たちの話を盗み聞きした限りでは、どこかの村だか町で保安官に引き渡されるらしい。初老の男が何を仕出かしていたのかはともかく、この基地の連中は警察組織と面会出来る程度には健全な身分を持っており、それはつまり酒場で商人や猟師が恐れていた山賊や流れ者ではなかったということを意味する。彼らの心配は杞憂で、ぼくの苦労は無駄骨だったってわけ。
そうなると、目下ぼくが直面している問題は、この牢屋をどうやって脱出するのかということではない。ぼくが解決ないし、準備しておかなければならないことは他にある。
それは、この落とし前をどうつけるかってこと。
自宅が木端微塵になったのは自業自得であるとして、山を二つ吹き飛ばした責任は近い内に問われることになるだろう。一体、あれは誰の責任なのか。ぼくがここで処刑されるのであれば考えなくていい問題だが、ここの基地の連中は未だ正体不明であるにせよ、その性格は律義だ。それ故に、ぼくの行く末には新たな可能性が現れた。先の初老の男同様、警察組織に引き渡され、裁判にかけられるって道だ。だから、ぼくがこの基地に墜落するまでに撒き散らした損害のツケは誰が払うことになるのかってことを考えておくのは意義がある。手も足も出ないんだから、頭くらいは働かせよう。
武器が誰かに害を為しても収監されることはないのだから、弾にされたぼくだってそう扱われるべきだ。そう主張したいところではあるが、道の段差にうっかり躓いて通りがかった人にヘッドバッドを食らわせて怪我でもさせようものならと考えると不安も残る。刑に処されるまではないにしても治療費くらいは払わされるかもしれない。
そう。そうだ。そうなんだ。ぼくは新たに弁済っていう責務を担がされようとしている。だから、だからこそ、確信を以て言えることが一つあった。
アリシアは確かにぼくを助けに来るってこと。
あるいは、来ざるを得ないと言うべきか。ぼくが処刑されようものなら、ぼくが背負わされようとしているこの債務はアリシアに降りかかる。絶対だ。この基地にいる連中は、必ず彼女を見つけ出して裁判所の令状を彼女に突きつける。間違いない。運命が決したそのとき、ぼくは洗い浚いアリシアのことを語り尽くしてやるつもりなんだから。
遠路はるばる野を越え山越え人相の悪い男たちを次々とぶっ飛ばしていくのと、正式な手続きを以て結ばれた借用書や公的機関に提出された被害届を踏み倒すのとでは、その難易度も以降の人生も大きく変わる。安寧な人生を得ようと思ったらアリシアはぼくを見棄てるわけにはいかないのだ。
「昼寝ができるとはぁ、随分、呑気な奴なんだなぁ」
初老の男が連れ出されてから更に三日経つと、ぼくの番がやってきた。頭に複雑な刺青を入れたスキンヘッドの男が看守と共に現れた。
「お前の番だぜぃ」
何の番かはしらないが、牢屋から引きずり出されたぼくは、基地の中でも一際大きい建物へと運ばれた。扱いがぞんざいなのは抵抗したからではなく、手足を縛られたままのせいだ。
「ここは?」
簡素な部屋の中央に置かれた椅子に縛られたぼくは、首が回る範囲で辺りを見渡した。窓もなく、ぼくが尻を置いている椅子以外には家具もない。
「拷問でも始めるつもりか?」
ぼくの質問を怯えて漏らした泣き言だとでも受け留めたのか。スキンヘッドの男がにたりと笑った。
「そいつぁ、お前の態度次第だぁ」
この男の語尾が伸びるのは、方言なんだろうか。
「ぼくをこれ以上ここに閉じ込めていたり、ぼくに余計な手を出そうものなら、ぼくよりも厄介な奴を相手にすることになるぞ」
能力の話ではなく、常識が通用しないという意味において、この世界でアリシア以上に厄介な奴は他にいないだろう。少なくとも、ぼくが出会った中にはいない。この基地の連中でさえ、隣国の領地から飛来したぼくを、捕虜と見做して紛争協定に則って扱うべきか慎重に議論している。彼らは自分の判断が未来に影響を与え、自分の決断はどんな形であれ自分の身に返ってくるという当たり前のことを、きちんと理解しているという証だ。
「へえ」頭に複雑な刺青を入れたスキンヘッドの男が挑発的な笑みを浮かべる。「そんな凄え奴なのか」
これは脅しではない。ぼくを無視せず、暴力も振るわず、飯も寝床も出してくれている連中に対して、ぼくが現状できる精一杯の誠意なのだ。
深刻そうなぼくの顔を見て、悪漢らしき男たちは豪快に笑った。
「そこまで言われるほどの奴がどんなものなのか、是非会ってみたいもんだ」
「マジで。関わらないで生きられるなら、関わるべきじゃないんだって」
恐らく、彼らは彼らで困難に立ち向かい、腕に自信もついてきたのだろう。脅し(脅しではないのだが)にも屈しない胆力も備わっている。そういう男たちに、どこの誰とも知れないぼくのような奴の助言は戯言なのかもしれない。
部屋のドアが開いた。足音が聞こえるが、ドアに背を向けて座っているぼくにはやってきた奴の姿は見えない。足音はぼくに近づいてくる。視界の隅でスキンヘッドの男が口角を上げた。
現れたのは目を見張るほどの大男だった。先ほどのスキンヘッドの男にしたってそこそこ大柄だったのに、あいつと見比べても驚くほどの図体のでかさだ。
「お前が弾丸坊主(バレット・ボーイ)か」
「なんだよ、そのダサい名前」
クソダサいうえに、スケールも小さくなっているし。
「今やお前は、この名前で通っているらしいぞ」
「通っている?」
「ああ。敷地の中だけじゃなく」
ぼくはその名前のいたたまれなさに、うっかり本名を口にしそうになった。
「あんたは……」
こちらもクソダサい呼び名で応戦しようとして、ぼくは男の足元から、ずいっと頭まで視線を這わせた。男が身にまとう様式の異なる手甲と脚甲、それから金属板を叩いて曲げただけのような胸当てと、革の肩鎧はどれも随分くたびれている。戦場や廃墟で拾ったものではなさそうだ。何度も死地を潜り抜けてきた証が、装備の隙間から見える手足や顔に刻まれている。
それにしたって、こいつはどうしてこんな格好をしているんだ。ここには敵対しそうな余所者なんてぼくしかいないし、そのぼくは縛りつけにされているっていうのに。
「……あんたは……自慢の身体を見せびらかしに?」
「そんなわけあるか」
男は咳払いして続けた。
「ここ数週間ほど空けていてな。ついさっき帰ってきたばかりなんだ。そうしたら、ほら。とんでもない騒ぎになっている」
「そりゃあ、随分驚いただろうな」
「他人事みたいに言うじゃねえか」
「普通、鉄砲玉は自分じゃ引鉄を引けないんだよ」
大男はスキンヘッドの男と何やら目配せをして、話に戻った。
「何が目的でこんなことをしたんだ」
「ぼくに目的はないが、ぼくを撃った奴は――」
かくかくしかじか。
大男は腕を組みながら目を閉じた。気持ちは解かる。こんな話を聞かされたって、呆れる他ないだろう。
「なるほどな」
本当に? これまでの経緯で納得できるような話が一つでもあったか?
「気づいちゃいないかもしれないが、この辺りを通る人たちは、最近顔の怖い奴らがうろつき回っているって怯えているんだよ」
大男とスキンヘッドの男は顔を見合わせて大笑いした。
「そいつぁ、とんだ誤解だな。おれたちは仕事でここにいるんだよ」
「仕事? 道を通りがかった人たちから金を巻き上げる?」
「国の仕事だ。傭兵なんだよ。おれたちは。この辺に住んでいるのなら、森に入るときの禁忌は聞いたことがあるだろう」
「見慣れぬキノコは採って食うなとか、夜道でどこからか声がしても返事はするなとか。いかつい顔の連中は周りを脅かさないように可愛らしく見える化粧をしろだとか」
「なんだあ? その話はぁ」と横で聞いていたスキンヘッドの男が口を挟んだ。
「マジなんだって。これが」
嘘だ。
「だから、ぼくの村の村長も、人前に出るときは、狐の面をつけているんだ」
スキンヘッドの男が自分の顔に触れながら「そうかぁ、それでぇ」と呟いた。
「あんたの刺青だって、戦場じゃあクールだろうけど、こんな森の中だとこの辺を行き来する人を脅す武器になる」
「そうなのかぁ」スキンヘッドの男は肩を落とした。
「それで」ぼくは大男に向き直る。「禁忌がなんだって?」
「おれたちは、その禁忌に関する調査を命じられて、遠路はるばるこんな森深くまでやってきたって話だ」
男は続ける。
「だけどそれも、もうお仕舞いだ。お前の『おかげ』でな」
「なんだよ。塔の一つが壊れたくらい」
「お前の『おかげ』というのは、何も嫌味ばかりではない」
嫌味ではあるのか。
「ここにぶっ飛んでくるまでの道中に、山があっただろう。髭だか、おならだか」
確かに、ぼくは通りがかりに二つの山を打ち砕いた。あの山には確かに名前がある。正しくは「ハティの牙」と「マーナガルムの息吹」だが。
「あそこに潜んでいるという魔物の調査と討伐のためにおれたちは準備をしてたのさ。だが、調べるべき山も倒すべき魔物も、一日にして消えちまった」
「そういうことなら、あんたたちはもう帰り支度をするだけってわけだ」
知るべき言い伝えには方がつき、人々を困らせてきた魔物も倒した、ハッピーエンド。大団円だ。
「ところがそういうわけにもいかねえんだ」
ぼくはうっかり舌打ちをした。
「必要なものがあるんだ。あれは、本当におれたちの仕事なのか。つまり、証拠だよ。坊主、お前が仕事を頼む側だとしたらどうだ。自分が雇った奴は山が吹っ飛ぶのを遠くで眺めていただけ。手柄は別の奴のもの。それなのに、報酬を寄越せといってくる」
「まあ、良い気はしないだろうな」
「気分の問題じゃねえ。奴らは金を払わねえ。だから、必要になるんだよ。おれたちの報告を聞いた雇い主が小切手を切るのに納得する証拠が」
「それで?」ぼくは溜息を吐く。「だから、ぼくの口を封じたい?」
「それも、一つの手だ」
ぼくと大男はしばし見つめ合った。次第に緊張感が増していく。
「だけど、おれたちは野蛮人じゃねえ。お前とは全うな交渉がしたい」
大男がそういうと、ぼくの後ろからスキンヘッドの男がやってきて、ぼくの手足の拘束を解いた。それから、男たちは外に見せたいものがあるといった。
建物を出たぼくは目の前の光景に呆然とした。
「その石頭を見込んで、頼みたいことがある」
そこにあったのは、五百口径魔導砲。
「これで、山の方を狙う。我々の連れの魔術師の調査じゃあ、崩落した山の残骸には、これで撃ったのと同じ魔力の残滓が見つかったんだと。だから、これで一発、山が在った方に向けて弾を撃つんだ。砲塔に残る魔術的な反応と現場の痕跡。それが、おれたちの雇い主を納得させる証拠になるわけだが……」
その続きは聞きたくない。
「砲塔に残る魔術反応と、山の損害規模を一致させるには『同じ弾』でなければならないんだ。実弾でいうところの、弾痕だな」
大男は言う。
「だから、お前には、弾になってもらいたいのだ」
大勢の傭兵がぼくを見守っている。看守、知っている顔、知らない顔、ぼくの嘘を真に受けて小動物のコスプレをしているスキンヘッドの男。それから、隊長の大男。むさ苦しい視線に見送られながら、ぼくは砲身の中に頭を突っ込んだ。
これまでの出来事が走馬灯のように蘇る。濃縮魔力の爆発で打ち上げられたこと。古くからこの地に言い伝えられてきた物語を二つも決着させたこと。獄中で振る舞われたそこそこ美味い飯。別れの前に傭兵たちが披いてくれた最期の晩餐会。……最期の晩餐会? よくよく考えると、縁起でもないな。
これまでの出来事が自然とぼくの頭を過る。ぼくがしたのは行きも帰りも砲塔に押し込まれたことくらいで、だから、大した思い出もない。思いがけず始まったぼくの旅路も思いがけず丸く収まりそうだ。
砲身に魔力が込められ、ぼくは勢い良く飛び出した。
前方に村が見えてきた。見覚えのある景色の中に、見覚えのないものがある。人だ。村なのだから人の姿なんて、あって当たり前ではないか。そうではない。数が多いのだ。
傭兵団の砲手は随分と優秀だったらしい。ぼくは寸分違わずアリシアの家に……家と呼んでいいものか。アリシアの家が在った場所には瓦礫と魔導砲しかなかった。察するに、ぼくを撃ち上げた反動に家屋が耐え切れなかったのだろう。
着弾の直前、間抜け面でこちらを見上げるアリシアと目が合った。知らない奴と金のやり取りをしている最中だった。その様子を見て、村の人通りが増えた理由に思い至った。観光客だ。アリシアが金のやり取りをしている相手もそう。あの女は、いや、この村は、山を切り拓いた立役者として魔導砲を担ぎ上げ、見学料を取っていやがったのだ。
超高速で帰還したぼくは、自分が借金して購入した魔導砲に直撃した。魔導砲は轟音と共に瓦礫と化していく。騒動を聞きつけて村中の人たちと観光客が集まってきた。瓦礫の山を見た人たちは嘆き、アリシアは咽び泣く。観光資源を潰された村民たちは、一斉にぼくを批難した。食い扶持を稼がなきゃならない他の人たちにとっては生活が懸かった問題なんだろう。だけど、アリシアがあちら側に立っているのだけは、どうしても腑に落ちなかった。
怒声飛び交う中、ぼくの心持は自分でも驚くほど平静を保っていた。
「まあ、待ちたまえ」
ぼくは優雅に。自分の懐に見合う態度で村人たちを制止した。ぼくには何か考えがあると察したのだろう。人々はすぐに静まった。みんなの注目が集まったところで、ぼくは懐から小切手を取り出す。これは、あの傭兵たちから受け取った分け前。山を切り拓き、魔物を打倒した、その成果だ。
額面を見た村人たちは指折り数えながら、その桁数を数える。十を超えるその数に喝采が起こった。
「ねえ、それ」
歓喜の声に村が湧くなか、空気を読めないアリシアが余計なことを口にした。
「どうやって換金するの?」
そうなのだ。隣国の仕事を受け取っていたあの傭兵たちの報酬は当然隣国の貨幣を以て支払われるのであり、雇い主が発行した小切手も無論隣国の銀行のもの。貨幣であれば両替すればそれで済むのだが小切手については特約がなければ、発行元でないと現金化できない。
歓声が一瞬にして静まり返った。夥しい数の刺すような視線が向けられる中、ぼくは決断を迫られる。
折角帰ってこられたと思ったのも束の間、換金の旅が幕を開けたのだった。
バレット・ボーイ @sumochi
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