第3話 投票権
僕は今まで、生命の誕生の瞬間というのに立ち会ったことがなかった。
正確に言えば、転生という稀有な経験の都合上、自分が産まれてくる瞬間の記憶はあるのだが。
ただその体験は一人称的な生命の誕生の瞬間であり、自分以外の子を向かい入れる形での体験ではない。
僕は今まで、初めて出会う人には例外なく人見知りを発揮してきた。
自分が産まれた際にも、自分の兄や両親に人見知りしたし、きっと前世でも産まれたその瞬間は、前世での両親のことが怖かったんじゃないかと思う。
だから、初めてだった。
人生、2つの人生を通して初めてだった。
初めて出会う人間に恐怖しなかったのは。
人見知りをせず、恐怖から最も遠い、愛しいという感情を覚えたのは。
この子の幸せだけは、僕が守ってみせよう。
そう思った。
□□□□□□□□
産まれてきた子は女の子。
つまり妹が出来たのだ。
名前は元々候補を決めてあったらしく、現在はどれにするか両親と兄が熱心に話し合っている。
「じゃあ選択肢は、シャルかネル、もしくはセシルか。」
どうやら5つ以上あった候補から、3つに絞られたらしい。
「いやシャルはここが良くてだな───」
「ネルのここが最高だと思うのよ、それに───」
「セシルでしょー!!」
だがその3つの候補で意見が割れてるらしく、なかなか意見がまとまらない。
「むむむ」
「よし、ここは家庭内投票といこうじゃないか。」
「多数決だ!!」
「望むところよ。」
「さんせー!!」
....え?
まってまって、多数決?
「せーの!!」
「シャル!」 「ネル!」 「セシル!!」
またしても3人全員意見が割れた。
そりゃそうだ。
3人がそれぞれ押している3つの名前が候補に残っているのだから、多数決で名前がひとつに決まるわけが無いのだ。
娘や妹が出来て、知能が悲しいくらい下がってしまったのだろうか。
それは違うか。
本人達は結果を知って笑っているし、ただ名前決めという貴重な時間を楽しんでいるのだろう。
みな娘や妹が出来て浮かれているのだ。
ふとその時、自分の中にちょっとした欲が芽生えた。
僕だって、妹の名前を決めたいと。
僕だって妹ができて浮かれているし、妹には自分が1番いいと思った名前になって欲しいと思う。
僕はベビーベットから自力で脱出し、家族の元へ向かう。
「あら?」
「セン、どうやってベビーベットから?」
「センも妹が出来て舞い上がってるんじゃないか?」
「いくら気持ちが舞い上がっていても、身体が本当に舞い上がることはないんじゃないかしら?」
何故疑問形。
どう足掻いても身体は舞い上がらないだろうて。
しかし、今はそんなことどうでもいいのだ。
家庭内投票と言うならば、この僕にも投票権があって然るべき。
僕だって妹の名前を選びたい!
僕の選択は決まっている。
名前の意味とかは分からないし、大した理由がある訳でもない。
ただ、それが一番可愛いいと思った、それだけだ。
魔力を喉と口に集める。
これで発声が良くなるのかなんて知らない、ただのおまじないだ。
僕は今まで喃語しか喋っておらず、この声帯で意味のある言葉を発するのは初めてだ。
僕の喉に緊張が走る。
ゴクリ、僕の喉か僕の覚悟を感じ取った家族の喉か、そんな音が聞こえた。
いざ、妹のために。
「ねる!!!!!!!!!」
初めて出した喃語以外の言葉は、思っていたよりも大きな音となった。
「「「え????」」」
いつの間にかベビーベットから脱出し、急に発言しだす1歳児に、家族一同困惑。
しかし段々理解が追いついてきたようで、顔色が明るくなっていく母と暗くなっていく父と兄。
「ッッッッやっっったああああああ!!」
「セン、良くやったわ!!!」
「名前はネル、決定よ!!!!」
ビクトリーポーズを決める母、床に項垂れる父と兄。
「「うう....そんな....。」」
流石親子、シンクロしてる。
まあそんな感じに凹んでいた2人も、その後すぐに復活し名前の決定を祝った。
僕も拍手をして祝った。
使用人達にも発表されると、皆が祝い、なんなら涙を流しながら拍手をしてる人もいた。
その後、妹の名はネル・アレクシスに正式に決定され、アレクシス家の一員となったのだった。
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