第6章:『文化祭、君との共鳴』

 夏休みが近づき、学校は文化祭の準備で賑わっていた。


 生物部は「蝶の不思議」というテーマで展示を行うことになり、空央は準備に追われていた。一方、文芸部は小説と詩の朗読会を企画していた。


「葉山、手伝いに行ってやれよ」


 大和が空央の背中を押した。


「え? でも……」


「文芸部の朗読会、美咲が書いた小説が目玉なんだってさ。科学モチーフの恋愛小説らしいぞ」


 空央は思わず顔を上げた。


「それって……」


 勇気を出して文芸部の部室を訪ねると、月詩が原稿を手に立ち尽くしていた。


「美咲さん? 大丈夫?」


「あ、葉山くん……」


 月詩は少し困ったような表情を浮かべた。


「実は、朗読会の原稿が、なかなかまとまらなくて」


「見せて?」


 原稿には、蝶の研究をする少年と、それを見つめる少女の繊細な心情が描かれていた。


「これ、もしかして……」


 空央は、自分たちの関係がモデルになっているのではないかと気づいた。


「う、うん。葉山くんと過ごした時間から、たくさんのインスピレーションをもらって」


 月詩の頬が赤く染まる。


「でも、これでいいのかな。私の書く文章で、科学の世界をちゃんと表現できてるのかな」


 空央は原稿をじっくりと読んだ。


「すごく良いよ。むしろ、僕の知らない視点がたくさんあって」


「本当?」


「うん。例えばここ、蝶の羽の構造を『忘れられない初恋の記憶のように繊細で、でも力強い』って表現してるでしょ? 僕には絶対思いつかない表現だけど、すごく的確だと思う」


 月詩の目が輝きを取り戻していく。


「ありがとう、葉山くん。私、もう一度書き直してみる」


 空央は微笑んで頷いた。


「僕も展示の説明パネル、もう少し工夫してみるよ。美咲さんの表現を参考にして」


 二人は互いに刺激し合いながら、それぞれの準備を進めていった。


 文化祭当日。生物部の展示室には、美しい蝶の標本と共に、詩的な表現を取り入れた解説パネルが置かれていた。


「へえ、空央らしくない文章だな」


 大和が感心したように見ている。


「美咲の影響か?」


「別に、そんな……」


 空央が言い訳をしようとした時、放送が流れた。


「文芸部朗読会、まもなく開演です」


「行ってこいよ」


 大和に背中を押され、空央は会場に向かった。


 朗読会場は、既に人で埋まっていた。最後に登場した月詩は、少し緊張した様子で壇上に立つ。


「これから、『蝶の軌跡』という作品を読ませていただきます」


 静寂が広がる中、月詩の清らかな声が響き始めた。


 それは、科学の精緻さと文学の優美さが見事に調和した物語だった。主人公の少年が蝶の神秘に魅せられていく様子が、少女の視点から綴られている。


 空央は息を呑んで聞き入った。自分の研究している世界が、こんなにも美しい言葉で表現されることに、心を打たれた。


 朗読が終わると、会場は大きな拍手に包まれた。月詩は照れくさそうに頭を下げる。その時、彼女の目が空央と重なった。


 二人は、かすかに微笑み合う。


 この瞬間、お互いの世界が確かに繋がったと、二人は感じていた。

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