きたかぜこぞうのかんたろう
あっし、名を北風小僧の寒太郎と申します。
歌われ続けて数十年、若輩者でござんすが、いつの間にやらいわゆる妖怪というものになりやした。
詳しいことは知りやせんが、伝承やわらべ歌で人々が歌い続けたものは概念として霊体を帯びて、いつの間にやら妖怪という一つの存在となるそうで。そういう意味では、お国を挙げて歌い繋いでくれたもんで、子供たちの心の中に寒太郎という存在が概念としてあるおかげであっしが生まることができたんでしょうかね。よう知らんけど。
元になった木枯し紋次郎って方は詳しくは知らねぇですが、中村敦夫って方は政にも手を出されてるえれぇ人だそうで。男前な方みたいですが、手前を鏡で見てみると、どっちかってと小僧の姿なもんで似ても似つかんですわ。
今は年の瀬、木枯らし一号からあっしの仕事が始まるわけですが、あっという間に一年が終わるようで。
年末年始は神様先生方もかき入れ時らしくて、信仰を集めるために神社は大忙しだそうですわ。特に商売繁盛を売りにしてる先生方は、冬の売り上げが先生方の実績に繋がりやすからね。
まぁ人々から信仰を集める神様は集めただけ力を得て、忘れられた神様はそのまま消えちゃうらしいシビアな世界だって聞いてます。あっしらも忘れられたらそのまま消える運命。みんな必死さね。
あっしに関して言えば、お国が積極的に子供たちに刷り込んでくれてるから安定したもんでさぁ。北風が吹けばみんなが思い出す、今年も町までやってきた、ってね。国家公務員っていうんですかね?よう知らんけど。
あっしの仕事ってさっき言いましたね。実は忙しいんでさぁ。
商売繁盛の神様先生から依頼を受けて、風を吹かす。まぁ口で言えば簡単な話でさぁね。
最近は便利なもんで、あちらこちらにコンビニってのがありますな。秋から冬は店頭にはおでんやら肉まんってやつやら、いろんな季節ものの商品が並ぶそうで。ほかにもスーパーには焼き芋、ドラッグストアにもあったかい飲み物があるそうで。町のどこかしこもちょっと足を運べばあったかいおまんまが食える。便利な世の中ですわ。
あっしの仕事ってのは、そんな店の前に来た人にちょいと冷えた風をお見舞いして、店の中に足を運ばせるわけでさぁ。体が冷えたら命の危機。みんなあったかいものが欲しくなるんでさぁね。
店の中に入っちまったらあとはもうずるずると。
あったかい空気を吸ったら店の中にはおでんの匂い。トイレを借りちまったりしたらもうしょうがない、何かを1つは買わなきゃなんない。
店の中にはお出汁の匂い、あったかい飲み物の陳列、レジ横にはあったかい食べ物たち…。まるで魔法にかかったようにみんな商品を買っていく。妖怪がやってるもんだから呪いなんですかね?買ってしまうことに関して、買う人の自由であり信条であるわけであっしは冤罪でさぁ。
依頼を受けた神様の神棚を置いてある店の前を歩いている人に風をお見舞いする。そのために方々を巡回してるわけで。なかなか大変でしょう?
老舗のそば屋やうどん屋はお得意様だ。たいていビッグネームの神様先生をお祀りしてるもんで、そういうところにはちょっと多めに仕事をしまさぁね。平等性?こっちも商いなもんでね。
お
なんか夢のない話だって?
でもどうでしょう旦那。ちょいとおでんが食べたくなってきたんじゃないですかい?
目を閉じればほら、出汁の香り、大根の甘味、白滝ののどごし、ちくわの味わい…想像できて来たんじゃないですかいね。
風が吹いたらおでんや肉まんが食いたくなる。これもまた風情じゃないですかね。
資本主義の圧力とか大量消費社会の弊害とか、なんか小難しいことを言う人もいますが、ちょいと頭を空っぽにして、気分の赴くままにあったまるってはこの国の人間の『粋』ってやつじゃないですかね。よう知らんけど。
さて、あっしは次の仕事があるんでこれにて失礼しまさぁ。
まだまだ寒い日は続きやすが、お体に気を付けて楽しんでくだせぇ。
寒ーい風が吹いた時にゃ、またあっしを思い出してくださんせ。
そしてこう歌うんでさぁ。
ひゅーん ひゅーん
ひゅるるん るん るん るん
さむうござんす
ひゅるるるるるん
ってね。
ではこれにて失礼。
【短編集】冬はつとめて、いとつきづきし 泡沫 河童 @kappa_utakata
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