ハウンズバヨネット

サムライ夜食

第1話 壊滅

 空を覆う鉛色の雲。止む気配が全くない雨が大地を打ち付ける。

 雨音が激しく響き、他の音をかき消す。しかし、そんな激しい雨音がかき消せない音が市街に響いた。

 爆発音、発砲音、数多くの音が入り乱れていた。

 ベネルクス連合王国、旧ナイメーヘン西部市街区。そこでは、ヴィシェグラド共和国とガレリア帝国が戦闘を行っていた。


『畜生ッ!! スパニエル小隊との通信が途絶えやがった!』

『あいつらはボクサー小隊と行動していたはずだろ!? あいつらも全滅したのかよ!』

『このままじゃ包囲されてやられるだけだ!!』


 共和国のある部隊の通信。それは兵士達の焦りや恐怖で埋め尽くされていた。

 雨による視界不良、仲間との通信途絶。この市街で起こること全てが彼らにとって恐怖の対象であった。

 戦場となっている市街には、全長10メートルほどの鉄の巨人が戦闘を行っていた。巨人たちは手に銃を持ち背中にはミサイルやキャノン砲を積んでいた。

 鉄の巨人の正体、それは2足歩行兵器”バヨネット”であった。

 高い機動性と汎用性を有し、対人戦闘から対戦車、航空機、バヨネット同士の戦闘に対応する汎用兵器である。

 それが多くの兵器に代わる戦場の支配者、バヨネットである。

 この市街の戦場にも多くのバヨネットが投入されている。今やバヨネットがいない戦場の方が珍しいだろう。


『フェンリル1! これからどうする!!』


 フェンリル1。そう呼ばれたバヨネットは他の機体と形が違っていた。他の共和国製のバヨネットには付けられていない装甲や部品。至るとこに、帝国製のパーツが使われていたが、左右対称ではない。継ぎはぎの黒い機体。その単眼は赤く光っていた。両腕と背部には武装が取り付けられており、右腕にはマシンガン、右背部にはミサイル、左背部はグレネードキャノン。そして、左腕には杭打機パイルバンカーが装備されていた。そして右肩には、部隊を示すのエンブレムが付けらていた。

 黒い機体のコクピットの中には、兵士たちの通信を聞いている1人の青年がいた。

 リオル・アレキサイア。被差別民族ヴォルグ人の特徴である灰色の髪と、赤い目が特徴であった。

 コクピットには多くのモニターが付けられており、機体の状況や戦場の地図などが映す出されていた。地図が映されているモニターには、味方を意味する青色のマーカーが次々と消えていった。


「一度撤退するぞ。 フェンリル小隊は殿として撤退の援護」

『『『了解!』』』


 部隊員の返答を確認した後、リオルは機体を動かし、攻撃を受けている味方部隊の前まで移動する。

 レーダーには敵を意味する赤いマーカーが3つ表示されており、感情のこもっていいない無機質な機械音声がコクピット内に響く。


《敵バヨネット3機検知 接敵まで15秒》


 高速で移動するリオルの先の十字路には、味方部隊を攻撃する敵バヨネットが確認できた。

 リオルは左腕の杭打機パイルバンカーを作動させ、十字路の真ん中で射撃していた敵バヨネット1機を杭打機パイルバンカーで貫いた。打ち出された杭は装甲を貫き、杭の先からはパイロットのものと思われる赤黒い液体と雨の水が流れていた。

 周りの敵は、突如現れたリオルの機体に驚き動きを止めていたが、すぐさま攻撃をリオルに集中させた。

 リオルは貫いた機体を盾にしながら、別の機体へと近づく。機体同士がぶつかると、鈍い金属音がコクピット内に響く。リオルはすぐさま盾にした機体ごと杭を撃ち抜いた。

 もう3機目は、リオルが機体を貫いてる間に倒されていた。胸部には無数の弾痕があり、多くの弾を受けたことが目に見えてわかる。リオルの後方には3機目を撃破した共和国製のバヨネット2機が銃口を向けたまま立っていた。


『りょ……猟犬部隊。お前らに助けられるとは……』

『さっさと別の場所に行きやがれ! てめぇらがいると空気が腐るんだよ!』


 助けた友軍のバヨネットは、リオルに罵倒の言葉を浴びせて別の場所へと移動していった。その場に残ったのは、帝国のバヨネットの残骸とリオルの乗機のみだった。

 その時、リオルの後方から、もう1機のバヨネットが近づいてきた。

 レーダーには友軍を示す青いマーカーが映っていた。

 近づいてきた機体は、リオルの乗機と同じく黒色のバヨネットだったが、リオルのとは機体形状が異なっており、先ほど助けた友軍機と同じ機体だった。肩にはリオルと同じエンブレムが付いていた。

 近づいてきた機体から通信が掛かり、リオルは現状についての報告を求めた。


「フェンリル2、現状を報告しろ」

第3スパニエル小隊は全滅。他の小隊も被害が大きい。作戦続行は厳しいわね』


 通信相手のフェンリル2からは、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。

 リオルは続けて仲間である、フェンリル3と4について聞こうと考えていた。残りの2人はフェンリル2と共に行動していたが、今リオルの目の前には、フェンリル21機のみであった。

 これがリオルにとっては疑問に思ったのだ。


「フェンリル3と4はどうした?」

『やられたわ……味方の盾にされて……』


 リオルはフェンリル2からの報告を受けた瞬間、言葉を失った。

 この部隊ではよくあること。それは頭では理解している。自分たちは、味方部隊の弾除けに過ぎず、使い潰されることもリオルは理解していたし慣れていた。

 ただ、それでもリオルは、その報告を受ける瞬間は慣れていなかった。

 仲間の死について考えていた時、後方の本陣の方から信号弾が打ち上げられた。


『緑の……信号弾……、全部隊の撤退信号……ってことは……』


 フェンリル2の声からは、安堵の色が混じりつつ、このあとに起こるであろう地獄のことを考えていた。

 その瞬間、リオルとフェンリル2の通信に男の声が割り込んでくる。


『フェンリル1に告ぐ、直ちに残存部隊で味方部隊の撤退を援護しろ』

「部隊の損害が予想より激しいです。任務遂行は厳しいかと」


 吐き捨てるような声に、リオルは部隊の現状を伝えたが相手の男は、深くため息をついたあと言葉を発す。


『大尉、私は君を高く評価している。君の部隊なら必ずできると指揮官のウォーレン中佐が言ってくれていたよ。それとも君は……上官の命令に背くのかね?』

「私は隊の現状から、無理だと進言しているだけです」

『なるほど……。ならば言い方を変えよう。フェンリル中隊はこれより、味方部隊の撤退が完了するまで敵の侵攻を食い止めろ。あらゆる手段を使い任務を遂行しろ。違反者には、こちらからさせてもらう』

「……フェンリル1、了解……」


 リオルの返答の後、通信は一方的に切られた。

 捨て駒、肉壁、弾除け、それが自分たちの役割という考えが、リオルの頭によぎる。


『フェンリル1。どうするの、これから?』


 その言葉で我に返ったリオルは、フェンリル2にいつもと同じ声で指示を出す。


「聞いての通りだ。撤退を援護する。それしか選択肢は無い」

『背いたらだもんね……』

「そうだ。やるしかない」


 、この言葉に込められた意味、それは死を意味している。

 機体には爆弾が取り付けられており、後方の指揮官たちが敵前逃亡や、命令違反を確認した瞬間スイッチを押す。それで機体は爆発。もれなくパイロットは死に、処理が終わる。他の兵士を処理で恐れさせることで、敵と戦うしかない状況を作り出す。それが、この部隊なのだ。


―———


 リオルの指示で各ポイントに小隊単位で、味方が配置されていた。

 ほとんどの兵士が絶望していた。ここで死ぬんだと。

 だがリオルは、1人でも生き残れるように激戦区には自身のフェンリル小隊を配置していた。他の小隊のポイントは、比較的激戦区ではないところとなっていた。

 リオルの小隊が位置しているのは、街のメインストリート。今回の戦闘での激戦区である。

 道路の端には、残骸となった戦車や、バヨネットが横たわっており、激しく降る雨の中でも燃えていた。

 メインストリートは、残骸が燃えているおかげで明るくなっている。


「悪いなフェンリル2。いつも付き合わせて」


 リオルの一言に驚いたのか、少し間をおいた後、クスッと笑いながら自信ありげに話す。


『いいわよ。他の連中じゃ付いていけないだろうし、リオルからの無茶ぶりも慣れてるよ』

「助かる……」


 返事をした時、機体から警告音と共にレーダーに赤いマーカーが表示され始めた。

 数はそこまで多くはない。敵も追撃を渋っているのか、戦車が大半でバヨネットがあまり多くなかった。


《敵性反応多数  戦車タンク50 バヨネット24機の反応を検知》


 コンピューターの音声からは、敵の詳細な数が報告された。1個中隊規模の敵、その反応に部隊の仲間は、恐怖に駆られていた。


「フェンリル1より各位。敵が来た。殲滅するぞ」


 部隊に通信入れ、直後に右肩のグレネードキャノンを敵部隊に向けて放った。着弾による爆発。それが、戦闘開始の合図だった。

 雨の音は、戦闘の音で搔き消され、聞こえてくるのは銃声と爆発音だけ。


『足をやられた! だれか! 援護してくれ!!』

『き、機体が保たない! 脱出を……』

『シェパード1がやられた! シェパード2! お前が指揮を……うわぁぁ!!』

『ガルム4! 2時の方向に敵機が―———畜生!!』

『これ以上は弾が足りねぇぞ! 装填リロードする! 援護してくれ!!』

『うわぁぁぁぁぁ!! 死にたくねぇ! 死にたくねぇよぉ!』

『ガルム1よりガルム3! あと1分耐えろ! 今から救援に向かう! ガルム2はテリア1の指示に従え!』

『ガルム2了解』

『後を頼む……』



《敵性反応:0》

《友軍反応:3……反応ロスト》

《友軍反応:2》



 雨が上がり瓦礫と黒煙が昇る市街を夕日が照らす中、2機のバヨネットが残っていた。

 バヨネットは足を曲げ、膝立ちの状態になる。頭部の後方のコクピットから出てきたリオルは機体から降り、目の前のバヨネットの残骸に歩いていく。拳銃を片手に。

『……より……リル1……そちらに増援……っている。もう少し耐え……応答しろフェンリ……』

 首に掛けられたヘッドセットからは、雑音交じりの上官の声が漏れていた。無線機の故障か、飛び飛びであった。

 上官からの通信を無視し残骸となったバヨネットをよじ登り、コクピットの所で足を止めた。中には、血だらけで意識が朦朧としている仲間の姿があった。


「リ……リオル……。 頼む……」

「あぁ……わかってる」


 言い終わると拳銃の引き金を引き仲間の頭を撃ち抜く。

 銃声が静かな市街に響く。他の音は全く聞こえない。砲撃音も戦車の駆動音さえ聞こえない静かな市街。

 その様子はまるで、世界から戦争が無くなったようだった。


『敵の撤退を確認。引き返してくる様子もないわ』

「帰投するぞ……」


 コクピットに戻ったリオルは、機体を味方部隊の方向へと動かす。

 コクピットのモニターには、仲間の残骸が無数に横たわっていた。残骸からは、生体反応は一切ない。無数の穴を開けた機体、燃料に引火し燃える機体、近接武器で切られ胴体と脚部が離れた機体。多くの残骸がそこにはある。

 生きているものなどない。あるのは死体と怨念ばかり。地獄と形容されてもおかしくない景色が、広がっている。


 残った雲の隙間から、戦場を照らす夕日が美しく見えた。

 夕日に照らされた市街は、その光を吸収したかのように黒く染め上げられていた。

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