第36話 勘違い ※春夏冬名月視点

 車に乗った後、遠くなっていく体育館を見て、里野君の試合を思い起こす。


 凄い試合だった、葉樹枝君との戦いは、特に凄かった。

 息をすることも忘れて、どこまでも二人の試合にのめり込んでしまった。

 

 どのシーンも映画みたいに観れて、最後のショットなんか時が止まったみたいだった。 

 凄く、カッコ良かった。


 里野君は、別世界の人に思える。

 やっぱり、私なんかにはもったいない。

 そう、思えてしまう程に。


「名月」

「……なに?」

「いま、完全に恋する乙女の顔だったぜ?」


 そういうの、言わないで欲しい。

 里野君が私のこと好きとか、絶対にないから。


「でも、ヒラリちゃんだって、試合中凄かったよ?」

「あれはしょうがないだろ。アタシ等だけじゃなくて、体育館中の女子が有馬に夢中だったと思うぜ?」


 一番後ろの席に座っていた鏡さんが、ぐっと顔を突き出してきた。


「そうです、有馬君は全世界の女の子を手中に収められるぐらいにカッコ良くて、だから私も有馬君なら他の女の子に浮気しててもいいって思えるのです。浮気してても、それでもちゃんといつかは帰ってきてくれれば私はそれでいいと思っているし、その為だけにこの身体を保持しているんです。だから、私は二番めでも、三番目でも、四番目でもいいんです」


 力説しながら、ぐっと拳を握っているけど。

 それはちょっと違うんじゃないかなって。


「それじゃあダメね」


 助手席から、神の声が飛んできた。

 里野君のお母さん、有馬ソヨさん。

 見た目二十代にしか見えないお母さんは、ニッコリ笑顔のまま振り返った。


「いい、鏡さん。女は男を捉えたら、絶対に逃がさないように束縛するの。ちょっと重いかもって思わせるぐらいが丁度いいのよ。他の女に手を出させるような真似を絶対に許しちゃダメ。デートの最中に他の女を見た瞬間、手の甲を抓り上げるぐらいが女の子は丁度いいのよ。ね、お父さん」


 里野君のお父さん、有馬ながれさんは、ハンドルを握る手を無言のまま擦った。

 

「わ、わかりましたお義母様! では、今日から息子様を物理的に束縛したいと思います!」


「物理的はダメね、もっとメンタルを攻めないと。他の女に浮気なんてさせない、自分だけに夢中になるようにさせないと。女心は秋の空ってよく言うけどね、その言葉を作ったのは男なのよ? 結局、男なんてしっかりと物にしてないと、すぐどこかに行っちゃうんだから。ね、お父さん」


 さすがに黙っていられなかったのか、赤信号で止まった途端に、流さん、ソヨさんの手を握り締めた。

 あ、なんか真剣な表情が里野君に似てる。やっぱり親子なんだ、可愛い。


「俺は、生涯浮気なんかしたことないぞ」

「ヒラリさんのこと、タイプって言ってなかった?」


 え、そんなこと言っていたの。

 際どい話題になった途端に、後ろに座ってたメイちゃんがぐっと前に出てきた。


「あ、言ってましたね。私、聞こえてました」

「メイちゃんも聞こえた? 言ってたよね、私も聞き逃さなかったのよ」

「うんうん、凄いこと言ってるなって、聞き耳たてちゃいましたよ」


 うわー……里野君のお父さんじゃなかったら軽蔑しちゃいそう。

 あれ? でもヒラリちゃん、満更でもなさそう。


「嬉しいの?」

「ば、馬鹿言うな! 嬉しい訳ないだろ!」

「でも、里野君のお父さんだよ?」

「だから何だよ! タイプとか言われたことないから、ビックリしただけだろ!」


 「ウブな子だねぇ」って流さんが言った辺りで、手の甲を抓り上げられてた。

 ああ、なるほど、こんな感じでするのかって、みんな笑ってたけど。


 やっぱりみんな、里野君のことが好きなんだよね。


「どうした?」

「ヒラリちゃん……ううん、里野君、手の甲、抓り切れちゃうんじゃないかなって」

「ぷっ、まぁ、そうかもな」

「笑いごとじゃないよ、現状見てよ、既に三人もいるんだよ?」

「大丈夫だって。というか、それアタシを抜いての三人だよな?」


 そんなはずないじゃん。

 って思ったら、背後からメイちゃんがヒラリちゃんのおっぱいをグッ! と鷲掴みにした。


「おま! どこ触ってんだよ!」

「ほら、めっちゃドキドキしてる。実は一番に狙ってるんじゃないの?」

「そりゃ、お前がいきなり揉むからだろ!」

「どうだろうねぇ? アタシ知ってるよ? ヒラリが有馬から誕生日プレゼント貰ってるの」

 

 え、里野君、ヒラリちゃんにプレゼント渡してるんだ。

 何気に、聞いたこと無かったかも。


「ほれほれ、最近やたらと唇が潤ってる気がするけどぉ?」

「……お前の気のせいだろ。そもそも、お前の耳のイヤリングだってそうなんじゃないのかよ」

「あは? わかる? うん、でもこれは有馬に買わせた感じだからね」

「買わせた感じの物を、なんで付けて来てるんだよ」

「自慢。だってこれ見せると、かがみんが面白い反応するんだもん」


 そういえば、鏡さんが静かだ。

 振り返って見てみると。


「ブクブクブクブクブク……」


 嫉妬心からか、泡吹いて倒れてる鏡さんがいた。

 そうだよね、里野君からのプレゼント、貰ったら嬉しいよね。

 

 ……私、何も貰ってない、けどね。

 

 クリスマスの日は、霞桜さん騙すので終わっちゃったし。

 ケーキとかは食べたけど、そういう雰囲気でもなかったし。


 私、誕生日がクリスマスって、里野君に言ったけどな。


 言ったんだ、けど、な。

 

「はい、お店到着、今日は手巻き寿司にするからね」


 ……切り替えよう。


 今日は里野君の準優勝記念なんだから、精一杯おめでとうってしてあげないと。

 でも、メイちゃんの馬のイヤリングがやたらと目について、なんか心が辛い。

 

 心にグサグサくるよ。


「お義母さんに質問があります」

「なにかしら?」


「息子様の好物などをご教授していただけないでしょうか。というのも、私、先日お弁当をこしらえてきたのですが、何が好きか分からず手あたり次第詰め込んだ結果、試合の最中だというのに五段弁当を食べさせようとしてしまった経緯があり、一度失敗してしまっているのです」


「あのお弁当、鏡ちゃんのだったの? 帰宅した後、さっちゃん必死になって食べてたわよ?」

「え……え、えええええ!? そ、そそ、そうなのですか!?」

「私達もちょっと貰っちゃったけど、とても美味しかった。また作ってあげてね」

「はい! はいはい! 毎日作ります! ずっと三食分作ります! やったー!」


 両手を挙げて無邪気に喜んでる。

 鏡さんのお弁当、里野君食べたんだ。

 昨日ヒラリちゃんのゼリー飲んでたし、試合中はメイちゃんのカツ食べてたんだよね。


 私のは、食べてくれなかったのかな。 

 

 ……あれ? もしかして。

 里野君、さりげなく私のこと、避けてたりする?


「ちなみに、さっちゃんが好きなのは納豆よ」

「納豆ですか! じゃあ、ご飯の上に納豆乗せたお弁当作りますね!」

「それはヤメおいた方がいいわね」

 

 でも、そう、だよね。

 私って里野君に迷惑掛けてるだけだし。


 登校拒否の時だって。

 里野君がクラスで孤立したのだって。

 葉樹枝君の時だって。


 彼に助けて貰ってばかりで。

 私は、何もしていないから。

 

「おーい、名月―、置いてくぞー」


 あれ、いつの間にか、距離が出来ちゃってた。

 ヒラリちゃんも、鏡ちゃんも、メイちゃんも。

 みんな、ソヨさんの側にいるのに。

 

「ごめん、ちょっと考え事しちゃってた」


 私、もしかして、この場にいない方がいいのかな。

 だって、私だけ、絶対に場違いだと思うし。

 里野君も、私がいない方が、喜ぶと思うし。

 

「……どうしたの?」


 ソヨさん。

 

 ……。


 あれ、なんでかな。


 ……。


 ちょっと、辛い。

 

 ……。


「あ、あの」

「ん?」

「すいません、私、そういえば用事あったの思い出しまして」

「あら、そうだったの?」

「はい。なので、ここで大丈夫ですので……あの、有馬君に宜しく言っておいて下さい」


 深くお辞儀をして、みんなの前から走るようにしてお店を出る。

  

 勘違いしてた、絶対に私、何か勘違いしてた。

 有馬君が優しいのは私がダメだからで、好きとかそういうのじゃないから。

 

 優しさに甘えて、また有馬君に迷惑掛けちゃうところだった。

 だって、彼はあの三人の中の誰かが好きなんだから。

 私の存在は邪魔でしかなくて、いちゃいけない場所だったから。


「危なかった、早く気が付いて、良かった」


 全速力で走った後、知らない公園のベンチに座り込んで、息を整える。

 

「有馬君も、もっとわかりやすく教えてくれれば良かったのに」


 酷いよ、いきなり下の名前で呼んだりしてさ。

 意識しちゃうじゃん、もしかしてって思っちゃうじゃん。


「……っ」


 汗が目に入って、とても染みる。

 やだな、泣いてるみたい。

 悲しくなんてない。


 最初から、私はそういうのじゃなかったんだから。



 ☆



 もう、随分と日が落ちてしまった。

 有馬君も、家に帰ってる頃なのかな。


 皆と別れた後、バスも使わずに歩いて帰ってきたから、既に真っ暗。

 スマートフォンの電源を入れれば、時間も分かるのだろうけど。

 

 ……なんか、気まずくて入れられない。

 

 逃げる必要なんかなかったのかなって、今になって思う。

 末席に座って、ぱちぱち拍手して、有馬君を祝福すれば良かっただけなのかなって。

 

 逃げるとか、絶対に悪い印象与えるに決まってるし。

 そうじゃなくても、自分で意識してるって言ってるようなものだし。


「はぁ……」


 コツコツって、自分の頭を叩く。


 私、要領悪いな。

 もっと上手く立ち回らないと。


「ただいま」


 お母さんたちは二階かな。

 この家の造り、こういう時、とても助かる。

 誰とも顔を合わさないままに、自分の部屋に逃げ込めるから。


 鞄を床に放置して、アウターを脱ぎ捨てて、化粧も落とさずにベッドに突っ伏す。

 

「……」


 これで良かったんだ。 

 有馬君が誰と一緒になっても、私は祝福してあげればいい。

 だって、彼と私は、隣の席ってだけの関係なのだから。


 寝よう。


 そして明日は一人で学校に行こう。

 帰りも付き合わせる必要なんてない。

 もう葉樹枝君が来る心配もないし、霞桜さんが何かしてくることもないのだから。


 有馬君に甘える自分から、卒業しなきゃダメだ。

 もっと強くならないと、私一人でも、ちゃんと前を向けるって見せてあげないと。


 うん。


 全部は明日から。

 だから今日は、ちょっとだけ泣こうかな。

 勝手に惚れた、バカな私を慰めるために。



 ☆



「名月……?」

「……ママ?」


 泣きつかれて、いつの間にか眠ってたみたい。

 時計を見ると、九時を過ぎている。

 小一時間ぐらいは寝ちゃってたのかな。


「インターフォン、鳴ってるの、気が付かなかった?」


 インターフォン? 

 こんな時間に?


「ちょっと、寝てたから」

「そう……あのね名月、有馬君、来てるみたいなんだけど」


 ……え。

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