第32話 新人戦③
葉樹枝イツカが僕の前に立つ。
台を挟んで立っているのに、存在感が凄い。
圧倒的プレッシャー、Bリーグ覇者は、相当気持ちが良かったらしい。
体力は万全、サーブ前、深い森のような静けさの中、大砲のような一撃を放つ。
サーブには上の回転を目一杯掛けたドライブ、速度重視の一撃が相手コートに刺さる。
「ふっ!」
けれども返された、分かってたみたいに返された。
それを受けて、肩と体重移動だけのフォアハンドで返す。
最小の動き、腕をしならせて力を抜いた打撃。
返しては返す、基本練習みたいなラリー、仕掛けるならどこだ、どのタイミングだ。
相手の動きを良く見ろ、葉樹枝イツカならどのタイミングで仕掛ける。
互いにミスはない。
ラケットを握る。
肩を移動させ体重を移動せる。
白球をラケットの面で滑らせる。
回転に回転を掛けてドライブショットを放つ、バックハンドで返される、けど、軸がズレた。
コート右側に球が飛んできた。
拾って打つ。
足は左側に残してある。
右側に打たれたくない。
――――だから、右側に球が来る。
軌道が分かっている球に、返しのスマッシュを叩き込んだ。
「1-0」
歓声が木霊する。
拍手が地鳴りのように響く。
葉樹枝はヒュウ♪ と口笛を吹いた。
まだまだ余裕、そう語っている。
二本目のサーブ。
一球目攻撃と呼ばれる卓球のサーブは、攻撃の主導権を握りやすい。
返された球でも三球目攻撃と言い、僕のペースにラリーを持ち込める。
だから、サーブ権を得た状態での相手得点は、とても不味い。
渾身の一撃も、葉樹枝は返して来た。
反応速度がこれまでと段違いすぎる。
昨日の強豪校期待の新人よりも強い。
でも、それでも、このラリーは僕が主導権を握っているから。
左右に振り分けたラリーの後、虚を突いた一撃を決める。
ツッツキ、斬るようにラケットを振り、低空飛行する白球が相手のコートを斜めに横断する。
低すぎる白い球は、強打で返すのが難しい。
「2-0」
良かった、サーブ権できっちりと得点に繋げられた。
可能な限り失点を抑えたい、体力はまだまだ充分にある。
集中しすぎか、でも、し過ぎて悪いものでもない。
汗を拭うと、せせら笑う声が聞こえてきた。
どうした、もう疲れたのか? 言葉にはしていないけど、そう聞こえた。
葉樹枝のサーブ、ほとんど背中を向けながら打つサーブ。
右手の動きがこちらから全然見えない、見えないのに、球のトップスピンが、早い。
「2-1」
相手チームの喝采が聞こえてくる。
葉樹枝が得意げな笑みを浮かべてくる。
あれ? この程度で返せないの? そう言っているのが丸わかりの笑みだ。
調子に乗ったのだろう、葉樹枝は同じように背中を向けてきた。
白球を浮かせ、見えない右手を僅かな動きで振るう。
まったく同じ挙動、落ちないトップスピン、でも今度は台の右隅。
――――返せる。
昨日の夜、氷川先輩が教えてくれたから。
☆
「葉樹枝は数種類のサーブを使いこなす、魔球サービスって呼ばれる打法なんだが。まずはこれ」
「……背中を向けて撃つんですか?」
「ああ、立派な競技技術だ、ルール違反ではない。背中と言ってもほとんど半身だがな。この打法の一番の利点は相手にサーブコースを見極めさせないことだ。まったく同じ動きから左右に打ち分けてくる。しかもトップスピンが凄い、最初のバウントに比べて、二回目が異常なまでに伸びる」
実際に打たれると、左右の切り分けが全然目視で判断が出来ない。
「どうやって判断すればいいんですか」
「この場合、特徴的になるのはラケットを持っていない方の肩だ」
ラケットを持っていない方の肩。
「有馬から見て左に打球が飛んで来る時には、俺の左肩がほとんど開いていない。対して右側に飛んでくる場合は、どうしても左肩が開いてしまうんだ。そうしないと打球が身体に触れる。判断するタイミングは難しいが、右手の動きがほとんど見えない以上、そこで判断するしかない」
☆
判断し、回転の乗った球を、勢いを利用してそのまま返す。
「3-1」
歓声が聞こえてきた。
葉樹枝のサーブの時に加点が出来た、これはとても大きい。
それが分かっているのか、向こうも悔しそうだ。
サーブ権が戻ってきた。
向こうが技を使うのなら、僕も使おう。
魔球のような技術を僕は学んでいないけど、その代わり、回転を掛けることなら出来る。
浮かせたトスを、掬い上げるような動きでサーブを放つ。
YGサーブと呼ばれる逆横回転を放つ一撃は、空中で軌道を変え、相手選手を惑わす。
初見だったのだろう、葉樹枝は狼狽えるだけで、手出しすら出来なかった。
「4-1」
点差がついてきた、でもまだまだ、葉樹枝は諦めていない。
今のところ互いにミスがないんだ、どこまでも喰らいついてくる。
またYGサーブでいくか? いや、目が慣れてしまったら、対処される可能性がある。
慣らさせない為にも、ここは温存でいく。
ドライブを掛けたトップスピード命のサーブ。
さすがに返してくるか。
でも、単なる返しなら、バックハンドを返してコート反対側に。
くそ、今回は喰いつくな、なら、勢いを込めて一撃を放つ。
戻る一撃でツッツキを……あ、嘘だろ、カットだと?
「4-2」
身体が反応しきれてない、ラリー応戦だと思って油断した。
サーブ権での加点を許すとか、あっちゃいけないのに。
また魔球サーブか? いや、違う、今度は普通にこっちを向いている。
上げたトスが落ちるのに合わせて、自分の身体をしゃがませた?
ラケットを下から上に斬るように撃つ、バックスピンか。
弾が左に逸れる、追いつけ。
バックハンドで返すも、球が浮いてしまった。
白い歯を見せた葉樹枝が、思い切りの良いスマッシュをぶち込む。
「4-3」
卓球におけるスマッシュの最高速度は、180キロまで計測されたことがあるらしい。
葉樹枝のスマッシュは、僕にはそれに匹敵するぐらいの速度に感じられた。
打たれたら、返せない。
二度目のサーブは、葉樹枝は普通のトスを上げてきた。
でも、この打ち方は……YGサーブか。
空中で曲がる、しかも僕のよりも曲がる。
ほぼ台の横に抜けていった球を、僕は眺めることしか出来なかった。
「4-4」
冗談じゃない。
技の引き出しが多すぎる。
身体が陸上で出来上がってたから、技術習得に全力だったのか?
いや違う、飽きっぽい性格だったから、だからいろいろな技を習得したんだ。
でも、その技の種類の精度が高い。
器用貧乏になりそうなものなのに、あの手この手で返してくる。
「4-5」
逆転か、まさか一気に四点も奪われるなんて。
頭の中がごちゃごちゃしてる、技術とか知識でいっぱいになりそう。
「有馬君、頑張って!」
声が、聞こえた。
観客席にいる
そうか、そういえば試合前に賭け事を申し込まれてたっけ。
なら、僕も勝手に賭けに参加するとしよう。
僕が勝ったら、僕も彼女のことを名月って、下の名前で呼ぶことにするよ。
温存はしない、こちらも技を繰り出す。
サーブで球を当てる瞬間にラケットを止める。完全に止める。
足だけの踏み込みだけは大きくして、それでも止める。
空間も何もかも、止まれ。
「なっ!?」
思わず葉樹枝が声に出して驚く。
会場も僕の打球に声を失う。
無回転の球がネットを超えた辺りでバウンドし、そのまま跳ねずに台に接着した。
ストップボール、さして珍しい技ではないけど、ここまでバウンドしないのは珍しいと思う。
「5-5」
葉樹枝、ストップボールを警戒して台に極力近い場所で構えてるな?
なら、今度は同じ構えから下に斬った球、下回転サーブを繰り出すだけだ。
相手コートに入った球が、バウンドし僕の方へと戻って来る。
葉樹枝が賢明に手を伸ばすけど、残念、届かないよ。
「6-5」
ずっとサーブが撃てるなら、ずっと得点に出来る自信があるけど。
でも、残念ながら卓球のサーブ権は二球ずつで交代だから。
葉樹枝、またしゃがみサーブか? 背中を見せていない以上、魔球ではなさそうだけど。
……違う、普通に打ってきた。
早い球、もともと地力がるある人間だけが放てる球。
けど、それなら僕だって打てるし、返せる。
打って、返す球でラケットで斬って。
回転を読み違えた葉樹枝の球は、ネットに引っ掛かった。
「7-5」
二点差まで戻れた、後四点。
性懲りもなく魔球サーブか。
相手の左肩を見ろ、開かない、なら左側だ。
軌道の読めているサーブなんて、全然怖くない。
しかも回転まで読める、ツッツキでレシーブすると、葉樹枝は返すことが出来ずに終わった。
「8-5」
葉樹枝が僕のサーブを返せないのには、理由がある。
僕は氷川先輩から、極力相手を騙すことに注力しろと教わったんだ。
だから、僕のサーブは、ほぼ全てが同じモーションから放たれる。
まったく同じ動作から、ストップ、下回転、YGサーブ、直球。
これらを一瞬で見切るのは、困難を極める。
葉樹枝が魔球サーブに頼った一番の理由を、僕はそっくりそのまま使用しているのだ。
「9-5」
また四点差まで広がった。
後二点だけど、その二回は葉樹枝のサーブだ。
しばらくの溜めの後、葉樹枝は小細工無しの一撃を放ってきた。
重い、でも、返せなくもない。
綺麗に打ち返した後、ラリーが続いた。
教科書のような打ちあい、でも、変化を掛けたら、それで終わる。
「10-5」
あと一点。
葉樹枝のサーブは、さっきと同じ、小細工の無い強めのサーブだ。
回転やその他の技術を全く感じられない、何を狙った一撃なんだ?
分からないままに返すも、やはり平凡な球が返って来る。
このゲームは捨てた、ということなのだろうか。
ならば頂こう。
遠慮する必要はない。
若干浮いた球に対して、僕は珍しく振りかぶり、スマッシュを決めた。
「11-5 ゲームトゥ有馬選手、イレブン、ファイブ」
1ゲーム取ったけど、なんだか後味が悪い。
何かを試していた、そんな感じがする。
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