第31話 新人戦②

 初戦を終えた後、僕達はそのまま学校へと戻った。

 体育館へと向かうと、氷川先輩がラケットを握り締め構える。


「今日一日、俺は葉樹枝イツカの動きをトレースしてきた。完全に真似出来るとは思わないが、アイツだったらこう動くだろうっていう事の真似ぐらいなら出来る。少なくとも、この俺を突破できるぐらいにならないと、アイツには勝てないぜ」

「ありがとうございます、全力で潰します」


 大会中、氷川先輩の姿が無いと思ったら、まさかの敵情視察をしてくれていたなんて。

 嬉しくて大会が終わった後だというのに、力が滾ってしょうがない。


「とはいえ、本番は明日だからな。無理しない程度に……それじゃあ、いくぞ」

 

 氷川先輩が疑似的な葉樹枝イツカを演じ、練習に望む。

 戦った感じ、とても嫌な戦法をしてくる相手だと理解出来た。 

 ここを狙って欲しくないというポイントばかりを狙ってくる。

 葉樹枝の性格がそのままプレイに出ているような、そんな戦い方だった。


 途中、二回戦敗退した同期とも戦って、どんな風に葉樹枝が動くかも教えてくれた。

 他の先輩方も協力してくれて、葉樹枝との戦いが決勝戦みたいな感じに研究してくれて。

 五人しかいない卓球部なのに、なんだか物凄く、熱のある部に感じられた。


「さっちゃん、良い顔してるね」


 お風呂から出ると、急に母さんがこんなことを言った。

 有馬里野だからさっちゃん、こう呼ぶのは両親だけだ。


「別に、いつも通りだよ」

「ううん、中学校の頃と全然違う。今はなんていうか、青春って感じがする」


 青春、それもそうなのかもしれない。  

 部活の大会に精を出し、友達や先輩にも恵まれて、明日戦うライバルまでいる。

 何も無かった中学校とは全然違う、今はもう、全部手に入れた感じがする。


「じゃあ明日、寝坊しないように起こしてね」

「わかった。でもさっちゃんのことだから、自分で起きちゃうんだろうけどね」

「明日は分からないかも……ああ、そうだ。母さん」

「なに?」

「僕、リーグ戦、一位になったから。明日、準々決勝なんだ」

「え、そうなの? さっちゃんが!? 何それ、凄いじゃない!」


 必要以上に喜んでくれる。

 年齢以上に若く見えるんだよな。

 三十代だけど、二十代って言っても通りそう。


「何よ、もっと早く言ってくれたらご馳走用意したのに!」

「……明日、期待してるよ」

「期待しててね。あ、あの子たちも家に呼ぶんでしょ? 母さん七人分の料理作って待ってるからね!」


 七人分。


 僕と両親、それといつもの四人か。 

 家に呼んだら大変なことになりそうだけど、それも楽しそうでいっか。


 ――わかった、明日楽しみにしてるね。

 ――アタシも大丈夫だ、手ぶらで行くからな。

 ――ついにご両親との面談ですか……正装で向かいますね。

 ――私もいいの? じゃあ、手土産ぐらいは持って行くね。


 グループlimeを送信すると、各々可愛らしいスタンプと共に返事が返ってきた。

 浴内さんだけ婚姻届の画像も送られてきたけど、これはさすがに冗談だろう。

 勝っても負けても、楽しい一日になりそうだけど。

 それでも、僕は彼にだけは負けたくない。

 

 負ける訳には、いかないんだ。


 翌日。


 試合数は昨日よりも全然少ないのに、観客席は昨日の倍ぐらい人がいる。

 壁沿いに記者っぽい人たちの姿もあるし、高そうなカメラが何台か設置されているし。

 昨日はいなかった人たちに驚いていると、氷川先輩が覆いかぶさるように肩を組んできた。


「新人戦でも、ネットニュースくらいには取り上げられるんだよな」

「そうなんですか?」

「ああ、優勝したら取材もされるらしいぜ? 今から何言うか考えておけよ」


 さすがにそれは気が早すぎるような。

 捕らぬ狸の皮算用じゃないんだから。

 

「有馬君」

 

 昨日と同じ観客席に、春夏冬あきなしさんの姿があった。

 試合前だ、さすがに観客席に行く訳にもいかず、見上げるだけにとどめておく。


春夏冬あきなしさん、来てくれてありがとうね。鮫田さんたちは?」

「ヒラリちゃんや鏡ちゃん、メイちゃんも来るんだけど、私だけ先に来ちゃった」

「そうなの? どうして?」

「えへへ、なんとなく」

 

 天使のような笑みと共にそう言われてしまうと、僕はもう何も追及出来ない。

 なんていうかもう、ご馳走様ですって感じがして、ニマニマが止まらなくなる。


 ――まもなく準々決勝を開始します。選手は指定された台まで移動をお願いします。


「放送が入っちゃった、じゃあ僕そろそろ行くね」

「うん。頑張ってね、ここから目一杯応援してあげるから」

「ありがとう、助かるよ」


 応援って、どこまでも背中を押してくれるから。

 台の前に立ったら一人だけど、皆の声が聞こえるから、僕は一人じゃないって思えるんだ。


「有馬君」


 突然、呼び止められた。

 振り返ると、春夏冬あきなしさんが身を乗り出して、僕のことを見つめている。


「勝ったら、ご褒美、あげるからね」

「……え」

「じゃあそういうことで! 頑張ってきてね!」


 ご褒美って、なんだ。

 ご褒美って、なんなんだ。

 ご褒美って、ご褒美って。


 ヤバい、頭の中が、春夏冬あきなしさんのご褒美で埋まってしまう。

 もう戦いが始まるのに、ダメだダメだダメだ。こんなのじゃ負けちゃう、気合入れろ、僕。


「なんだよ、緊張してんのか?」


 両頬を叩いていると、耳に覚えのある声で話しかけられた。

 

「……リーグ突破おめでとう、さすがは元陸上部だね」


 葉樹枝イツカ、ワカメ髪は、今日は鉢巻で持ち上げているらしい。

 可愛らしいつぶらな瞳がウソみたいに似合わない、変な顔の男だ。


「まぁな、元々球技も好きだったんだが、ここまで俺にあってるとは思わなかったぜ」

「個人プレイが好きそうだものね」

「陸上だって個人プレイだぜ? ただあそこは、なんていうか駆け引きが無くてな。単純に根性勝負というか、小手先の技が通用しないというか。その点、卓球は相手のメンタルを削っていけばいずれは勝てる種目だからな。球速が早いのも短距離の俺にあってるし、まさに俺のフィールドって感じだぜ」


 言葉に自信がみなぎっている。

 それもそうか、Bリーグ覇者は伊達じゃない。

 

「そうだ有馬よ、お前に一個提案があるんだが」

「……なにさ?」

「この試合、俺が買ったら名月に告白しても構わないか?」

 

 ――――、自分の体温が、二度ぐらい下がった感じがした。

 

「実は昨日さ、名月の家に行ったんだよ。そんで、同じことをお願いしてきたんだ。今日の試合、俺が勝ったら名月に告白していいかって。そしたらアイツ、なんて言ったと思う?」

「……なんて、言ったのかな?」

「知りたい? 残念、教えねぇよ」


 右側の口角だけを上げて、いやらしそうに笑いやがって。


「しかし、今日はやたらと早く名月が応援に来てくれたみたいだな。知ってるか? 名月、昨日は俺の方も観に来てくれてたんだぜ? まぁ、どれもこれも、お前があの日に接点を復活させてくれたからなんだろうけどさ。その点、お前には感謝してるんだ。これからも仲良くやっていこうぜ? 有馬君?」


 差し出された手を、僕は笑顔で握り返した。

 ただし、上からではなく、下から。

 そのまま繋いだ手を持ち上げると、腕相撲するみたいに互いの身体を腕だけで引き寄せる。

 

 ――――目の前に、葉樹枝の顔がある。


「ひとつ、念を押させて欲しいんだけど」

「……なんだよ」

「二人だけで初めて会った日、僕は君に言ったはずだ。仲良くするつもりはないと。その気持ちは今もミリ単位も変わっていない。ずっと僕は君とは仲良くしたくないし、常に敵であって欲しいし、何なら僕の領域から消え去って欲しいとまで願っている」


「そりゃどうも」


「僕に勝ったら春夏冬あきなしさんに告白する? そんなの断じて許さない。だって君は春夏冬あきなしさんを裏切ったんだ。幼馴染で、互いに両想いで、間違いなく恋人同士だった時に、君は彼女を裏切り、霞桜と蜜な時間を過ごしていた。そんな男を、春夏冬あきなしさんを悲しませる男を、僕は絶対に許しはしない」


 引っ付いていた身体を離すと同時に、表情筋を操作して笑顔を作った。

 

「という訳で、その勝負には乗れない」

「大丈夫だ、俺が勝手に持ちかけたんだ、勝手に決めさせてもらうぜ。俺が勝ったら名月にもう一度告白する、そんでお前は二度と俺達の前に姿を現すな。この約束を破った場合、霞桜を薬物法違反で訴えたのがお前だってことを全部バラすから。そこんとこ宜しくぅ!」


 ……まぁ、彼は被害者なんだ、警察が事情聴取に行くよね。

 その辺りは、止むを得ないところか。


「ファーストゲーム、有馬選手、トゥサーブ、ラブオール」


 負けなければいい、それだけで、全ての肩が付くんだ。





 作者より。

 あれ? 有馬君のお母さん、鮫田さんとどこで接点があったんだ?

 このお母さん、もしかして裏でいろいろ動いてる……!?

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