第22話 告白は突然に
それまで飄々としていた猫屋敷さんも、すんと鼻を鳴らし、膝を立てて座り直す。
「どうして霞桜の名をっていうのは、聞くだけ野暮って話ね。大方、
「まぁ、そういうこと」
「じゃあ、彼女が
「うん」
以前、猫屋敷さんは言ったんだ。
過去について知りたければ、本人に聞けばいいって。
僕から聞いた訳じゃないけど、
つまり、今なら猫屋敷さんの条件を満たした状態にある。
より深い部分を聞くのなら、今がチャンスだ。
「それで? 有馬は、霞桜の何を知りたいのかな?」
「僕が知りたいのは、猫屋敷さんと霞桜さんの関係かな」
「私と霞桜? そんなの、
猫屋敷さんと霞桜さんは親友である。
確かに聞いたけど、本人の口から聞いておきたい。
「私と霞桜は小学校も同じでね、親友って思われてたんじゃないかな? 確かに家も近かったし、一緒に遊んでたことも多かったけど、親が仕事に成功してこのマンションに引っ越してからは、そんなでもないけどね。これで満足した?」
なるほど、猫屋敷さんは一度引っ越ししているのか。
「ありがとう。もうひとつ質問なんだけど、
「そこら辺、
「聞けば教えてくれただろうけど、そういう流れでもなかったからね」
「ま、私の口から語っても問題はないか。私も含めて、三人とも陸上部だったんだよね」
三人とも陸上部。
一気に繋がりが見えてきたぞ。
「確か、猫屋敷さんが八位で、
「種目は違うけどね。私が八百メートルで、
「じゃあ、霞桜さんは?」
「
陸上選手としての差もあったってことか。
その時には既に葉樹枝君の存在もあっただろうし、
「霞桜さんってさ」
「ちょっと待った」
次の質問に移ろうとした時に、猫屋敷さんは人差し指を僕の口に押し当てた。
「どこまで踏み入るつもり?」
彼女の手首を握り、押し当てられた人差し指を外す。
「全部解決するまでだよ」
「全部解決って、もう解決してるじゃない」
「何も解決してないだろ。五月の事件、犯人は猫屋敷さんだと思われたままなんだよ?」
少なくとも、
彼女が踏み込んで欲しくない理由は、恐らくその辺りにあると思う。
だからこそ、もっと踏み込むべきだ。
「猫屋敷さん」
「……なによ」
「どうして猫屋敷さんは、一番に先生へと報告が出来たの?」
これが無ければ、猫屋敷さんが犯人扱いされることは無かったはずなんだ。
「へぇ、そんなことまで知ってるんだ」
「知ってる、だから疑問に思った」
「なにを?」
「
猫屋敷さんの本心は、
けれど、行動にしているのは全て反対、傷つけるようなことばかりだ。
「前に言ったと思うけど? そういう愛し方もあるのよ」
「そんな愛し方、ある訳ないだろ」
「そう? でも、行動した結果、
すっかり自信を取り戻した猫屋敷さんは、僕の顎をさするように撫でた後、おでこをツンと押した。
僕はまだ、彼女達の関係に踏み込めていない。
だから、最後まで悪あがきをするしかないんだ。
「最後まで、猫屋敷さんの心の奥底までだよ」
「あら素敵ね、ふふっ、なんだか嬉しい」
「でも、もう時間も遅いから、そろそろ帰るとするよ」
「……あら、もう九時半なのね、気づかなかった」
エントランスまで見送って貰うと、猫屋敷さんは僕へと投げキッスをした。
「チャオ♪ またね」
「うん、また明日」
帰り道、自転車を漕ぎながら、今日聞いた情報をしっかりと頭の中でまとめる。
第一に、
次に、葉樹枝君は霞桜さんと浮気し、それは寝取り報告という形で終焉を迎える。
優秀な成績を残したのは
葉樹枝の方も結果は残せず、残した
高校へと進学し、葉樹枝、霞桜の二人は県立高校へ。
そして約一年が経過した今現在、突然葉樹枝が
霞桜とは別れたといい、
……。
これ、もしかして、五月の事件はまだ何も終わってないんじゃないのか?
霞桜さんの嫉妬が一番の原因なのだとしたら、もっと激しくなる可能性だってあるぞ?
だって、葉樹枝と霞桜は別れてしまったのだから。
寝取りまでして奪った男が、元カノへと逃げてしまったのだから。
恨まない訳がな……い。
……
ちょっと待て。
……。
まさか、五月の段階で、二人が別れ話をしていた?
あり得る、だって葉樹枝は、騙されたって言っていたのだから。
本心からの浮気では無かったとしたら、五月の段階で別れ話が出ていてもおかしくはない。
家の前まで来たけど、僕は自転車を停め、再度スマートフォンを手に取った。
画面に映るは先ほどまで会話をしていた相手、猫屋敷さんだ。
『なに? お家についたよコールまでしてくれるの?』
「猫屋敷さん、僕、ずっと考えてたんだ」
『……何を?』
「五月、霞桜さんの暴走を止めたのは、猫屋敷さんなんでしょ?」
霞桜寄居の暴走。
寝取りまでして奪った彼氏が、元カノとの復縁を望む。
女の子が自分の身体まで使って挑んだ復讐劇だったのに、それが失敗に終わったんだ。
その恨みは恐らく、僕の想像を超える。
『うーん……ねぇ、有馬』
「なに?」
『良い結果をもたらす嘘は、不幸をもたらす真実よりいいって言葉、知ってる?』
「いや、聞いたことがない」
『そっか。でもね、私の行動理念はそこにあるの。たとえ私がウソをついていようとも、誰かが幸せになるのなら、それでいい。誰も幸せにならない真実なら、そのまま蓋をしちゃえばいいって、そう思わない?』
「極端な話だね」
『良く言うじゃない、この嘘は墓場まで持って行く……とかさ。五月の事件に関して、私は解決を望んでいない。もしあの事件が再発するようなら、同じように私が対処するだけ。多少の犠牲は伴うかもしれないけど、それでも、
「……自己犠牲で喜んでるの?」
『……』
「猫屋敷さんは自分を犠牲にすることで誰かが喜んでいるのを見るのが好きなの? それって単なるマゾだよ、マゾヒストだよ。全然喜ばない、全然嬉しくない、なんだよ多少の犠牲って、受ける必要のない犠牲をなんで猫屋敷さんが受けないといけないんだよ、おかしいだろそんなの」
『それでも、私は嬉しいんだよ』
「僕が嬉しくない!」
自宅周辺だということも忘れて、僕は声を荒げてしまった。
「猫屋敷さんが傷つくことで、僕が喜ぶとでも思った!? 言っちゃ悪いけどね、あの時の猫屋敷さんの言葉は結構図星だったんだからね!? 心惑わされてたよ、好きになりかけてたよ! つまり、好きか嫌いかで言えば僕は間違いなく猫屋敷さんが好きだ! 僕は自分が好きな人が傷つくのを黙って観ていられるほど温厚な男じゃない! もし猫屋敷さんが傷つくことがあるなら、何十倍にも仕返ししてやるから! その相手が誰であれ、僕は許さないから!」
『……』
喉の奥がジンジンした。
悔しくって、なんだか悲しくって。
気づけば涙まで出てくる、なんだよ、ちくしょう。
『……』
「ごめん、急に、叫んじゃった」
『うん、驚いた』
「でも、僕の本心だから」
『……ありがと。本気で心配してくれる人とか、この世にいるんだなって、初めて知ったよ』
なんと言葉を繋げていいのか。
叫んだ後は頭の中がスッキリしすぎて、思い浮かばなかった。
『有馬』
「うん」
『大好き』
「え?」
『なんでもない、今日はもう遅いから、また明日ね』
あ、通話、切れてしまった。
……え、最後に今、告白した?
聞き間違い、じゃないよな。
いや、でも相手が猫屋敷さんだしな。
うーん? 話八割ぐらいで聞いておいた方がいいかも。
――――――side 猫屋敷メイ
心臓のドキドキが止まらない。
身体全部が熱くって、どうしようもなくて。
「告白、しちゃった……」
呆けたまま、スマートフォンを眺める。
なんで、あんなタイミングで告白なんかしたのかな。
もっとシチュエーションとか、いろいろと戦略を考えるのが私のはずなのに。
「~~~~!!」
ベッドの上でジタバタしちゃう。
有馬がいけないんだ、奇襲すぎるんだよ。
あんなこと叫ばれて、喜ばない訳ないじゃん。
私が傷つくことを許さないとか、嬉しいに決まってるじゃん。
ヤバイなぁ。
どうしよう。
これ、本当に惚れちゃってるかも。
というか、告白しちゃったんだよね。
明日からどうしよう。
もう、合わす顔がないよ。
どうしようかなぁ。
どうしようかなぁ。
本当に、どうしようかなぁ……。
……とりあえず、イヤリング付けよ。
それと、さっきまで有馬が座ってた場所に座ろう。
うぅ……どうしよう……。
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