第21話 春夏冬さんは寝取られ被害者でした。

「葉樹枝君はね、近くに住む幼馴染なの。親ぐるみの付き合いもあったりしてね、家族で旅行にも行ったし、小さい頃はお互いの家にお泊まりしにも行ったことがあるし。幼稚園、小学校、中学校と全部一緒だったんだけど……お付き合いを始めたのは、中学校三年生になってからなんだ」


「意外と、遅かったんだね」


「近すぎたからね。同じ年齢だけど向こうが五月生まれで、私が十二月生まれっていうこともあってさ。ずっとお兄ちゃんって感じだったから、なかなか恋人って意識は持てなかったんだ。それでも、近所の夏祭りには二人で行ったこともあるし、恋人らしいことをしてきたといえば、してきてはいるのかもね」


「夏祭りもなんだ」


「うん、他にもバレンタインには必ずチョコを渡してたし、海水浴とかプールも行ってた。中学校行く時は朝も夜も一緒だったし、休みの日もお互いの家に遊びに行くほどだったから、周りから見たら完全に恋人な雰囲気だったのかも。実際には、さっきも言ったけど中三の夏からなんだけどね」


 ヤバイ、何気ない会話をしているだけなのに、僕の心がどんどん消耗されてしまう。

 既にメンタルバーは残り半分を切りそうだ、このままでは僕の心が死んでしまう。


「それでも、意識はしてたんだと思う。誘われて断らないって、少なくとも嫌いではないってことだもんね。それで、中三の夏休み、花火大会の時に彼から告白されたんだ。照れ笑いしながらもはっきりと告白されたから、私も本気になろうと思って、彼の告白に頷いたの」


 ぐはぁ! メンタルバーが御臨終しちゃう!!


「夏の大会にも一緒に参加したりしてね、彼は残念だったけど、私はそれなりの結果を残せたりしたんだけど……有馬君、大丈夫?」


「大丈夫、続けて下さい」


「そう? じゃあ、続けるけど。秋が過ぎて冬になった辺りで、急に彼が乱暴になったの。連絡が来ないことにイライラしたり、私がちょっと遅れるとそれだけで叩いてきたり。陸上で結果が出せなかったことを僻んだりもしてた。でも、その都度仲直りしたりして、なんとか関係を維持出来てたんだ」


 関係を維持出来た方法は、聞きたくないな。


「でも、忘れもしない。十二月二十四日、クリスマスイブの日に、彼は私を裏切ったの」

「クリスマスイブの日……さっき、誕生日も十二月って言ってたけど」

「……うん、その日、私の誕生日なんだ」


 十二月二十四日は春夏冬あきなしさんの誕生日。

 完全に記憶しました。

 って、もうそろそろじゃないか。


「天宮駅で待ち合わせしてたんだけど、彼は来なかったの」

「クリスマスでもあり誕生日でもある、一番大事な日に?」

「うん。理由は簡単だよね、その日、彼は他の女と一緒にいたの。霞桜かさくら寄居よりいって女。しかもその女は、わざわざ寝入った彼のスマートフォンを起動して、私にlimeのビデオ通話を掛けてきたんだ。寝取っちゃった、ごめんねって言いながら、裸で寝ている彼を私に見せつけてきたの」


 うわ、最悪だ。

 むしろこっちで不登校になりそう。


「彼としては本意ではなかったのかな、正月とかその後も何度も謝りに来てたし、あれは霞桜かさくらに騙されたんだって言ってたけど……でも、そんなの許せないよね。私は寒い中ずっと待ってたのにさ、向こうは女の家に上がり込んで、することしてたとか。本当、最悪だよ」


 なるほど。

 葉樹枝と春夏冬あきなしさんの関係性は見えてきたけど。


「だから、私の方からスパッとフッてやったんだ。同じ高校に行こうとしてたみたいだけど、私は落ちちゃったからね。今から思えば、影立高校にして良かったって思えるよ」


「ひとつ、質問してもいい?」

「質問?」

「今の話、猫屋敷さんって、どこかで絡んでたりする?」


 彼女の名前を出すと、春夏冬あきなしさんはベッドの上で三角座りした足を、ぎゅっと引き寄せた。


「猫屋敷さんはね、霞桜の親友なんだ」


 霞桜の親友か。

 あの天邪鬼の親友となると、一体どこまでが本気なのか。


「でも、だとするとさ、五月の事件って、どう考えても霞桜さんが犯人なんじゃないの?」

「……霞桜が犯人? なんで?」

「いや、だって、寝取った人、なんでしょ?」

「確かに寝取られたけど、彼女はそれで満足したんじゃないの? 私から葉樹枝君を奪って、彼とは同じ高校に通っているはずだよ? ある意味、私が彼女の画像をばら撒いたっていうのなら分かるけど、彼女が私の画像をばら撒く理由が全然ないと思うんだけど」


 確かにそうかもしれないけど。

 春夏冬あきなしさんは、やっぱりピュアなんだな。

 人の心の闇は、どこまでも黒いよ。


「理由なんて、なくてもいいんだよ。霞桜は春夏冬あきなしさんが困ればそれでいい、そう思っているのかもしれないしね。俗にいう、生理的に嫌いって奴だよ」


 人が人を好きになるのに理由がいらないように、人が人を嫌いになるのにも理由はいらない。

 どうしようもない壁がどこかにあって、それを超えようとするとむしろ反発され、より嫌われる。

 昔の僕が、そうだったように。


「とにかく、明日からも僕は送迎するから。葉樹枝が何かして来たとしても、僕が護ってみせるからね」

「……うん、ありがとね。ヒラリちゃんに申し訳ないけど、もうちょっとだけ頼っちゃおうかな」


 鮫田さんに申し訳ないの意味は良く分からないけど。

 全然頼ってくれて構わないです。

 

「じゃあ、また明日」

「うん、気を付けてね」


 春夏冬あきなしさんの家を出ると、それだけで視線を感じた。

 近くに葉樹枝の家があるって言っていたから、部屋から監視しているのだろうけど。

 とりあえず思いっきり中指突き立てて、どこにいても見えるように挑発しておいてやった。

 

「死ね、寝取られ野郎が」


 小さく呟いた後、自転車のペダルを踏み込む。

 しばらく漕いだ後、僕は自転車を停め、スマートフォンを取り出した。

 時刻はまだ夜の八時過ぎ、話ぐらいなら問題ないだろう。


『なに? 連絡しない方が良かったんじゃなくて?』


 猫屋敷さん、相変わらずの天邪鬼な反応だ。

 

「いやなに、近くまで来たからさ」

『近く? ああ、ちょっと前まで待ち合わせにしてた交差点ってこと?』

「うん、少しだけ、話が出来ないかなと思って」

『わかった。じゃあ準備するから、近くのコンビニでも入ってて』

 

 それからものの数分で、彼女は姿を現した。

 デートの時とは違い、緩めのスウェットに厚手の半纏はんてん、毛糸のマフラーといった出で立ちだ。

 

「なによ」

「え? ああ、いや、デートの時と雰囲気が違うなって思って」

「女が素の自分を曝け出す時は、それなりに信頼度が上がった証拠なの、喜びなさいよ」

「わかりました、喜んでおきます」


 言うと、彼女はいつものように、荷台へと座り込んだ。


「あの、猫屋敷さん?」

「なに? アンタまさか、こんな寒い場所で話をしようとか考えてないわよね?」

「えっと……じゃあ、どこで?」

「私の部屋、早く行って、寒くて風邪ひきそう」


 いつも主導権を握られている気がする。

 でも、猫屋敷さんが言っていることは間違いではない。

 温かそうな恰好をしてはいるものの、足元は薄手の靴下とサンダルだけなのだから。


 交差点から数分もせずに、猫屋敷さんの家に到着する事が出来た。

 家というかマンション、三十階はありそうな高級マンションだ。

 オートロックの自動扉にシャンデリアが飾られたエントランス。

 なんていうか、別世界に来た感じがした。


 猫屋敷さんの家はマンションの十五階。

 エレベーターを降りて三個目の扉、1503号室と書かれた場所が、猫屋敷さんの自宅だった。

 自動扉もそうだったけど、玄関の扉もカードタッチで開くのか、なんか、凄くカッコいい。


「ただいまー、友達連れてきたから、そのまま部屋行くねー」

「分かったー」


 お父様の声でしょうか。

 恐らくお父様、猫屋敷さんの言う友達が、女子だと思っているのではないのでしょうか。

 お邪魔しますの一声を発した方がいいのか、無言で女子を貫いた方がいいのか。

 とりあえず長い廊下の先にあるであろうリビングへと会釈をして、猫屋敷さんの部屋に入る。


「……凄い」


 十五階の角部屋、コーナー部分が全部ガラスになっていて、とてつもなく夜景が綺麗に見える。

 学校や春夏冬あきなしさんの家、通いなれた通学路、遠くには駅まで見える。

 今は夜であまり見えないけど、多分、山とか日の出とかも、この部屋からなら見れるのかも。


「はいはい、夜景はそこまでにしておいてね。アクサ、カーテンを閉めて」


 言葉ひとつでカーテンが下りて来た。 

 すっご、カーテンとか音声操作なの?

 話に聞いたことはあったけど、実物を見るのは初めてだ。


「それで? 話ってなに?」


 猫屋敷さん、半纏を脱いでピンク色のスウェット姿になると、近くに転がっていた丸くて大きいペンギンの人形を拾い上げ、そのまま抱え込むようにしながらベッドの上で胡坐をかいた。

 

 どこかに腰かけようかと部屋の中を見るも、フローリングの床にはクッションらしき物はなく、普段勉強しているであろう椅子とテーブルがあったので、その椅子に座ろうとしたのだけど。


「どこ座ろうとしてるのよ、隣でいいじゃない」


 猫屋敷さん、ベッドをぱんぱんと叩いた。

 隣に座っていいものなのだろうか、それに女子のベッドとか、ちょっと気が引ける。


「なに? アンタもしかして遠慮してるの? 一緒にひとつの布団で寝たのに?」

「あの時は風邪を引いていたからであって、素の状態だとさすがに遠慮するよ」

「ふぅん、じゃあ風邪ひけばいいじゃない。はいどうぞ、マスクしたから風邪になってもいいわよ?」


 そんな自由自在に風邪がひける訳ないだろうに。

 しょうがない、座らないと話が進まなそうだから、猫屋敷さんの隣に座るとするか。


「……あの」

「なに?」

「なんで、しがみついてきたの?」

「え? こうした方が有馬は喜ぶでしょ?」


 猫屋敷さん、僕が座るなり腕にしがみついてきたんだけど。 

 お風呂上りなのか、シャンプーやトリートメントの香りがして、なんか凄くいい。

 髪は乾かされているけど綺麗だな……とか思っていたら、ひょいと離れてしまった。


「本当、不合格よね。あ、私は合格だけど」

「それ、毎回言うつもり?」

「言わないと、勘違いしちゃうでしょ?」


 何を勘違いするんだか。


「まぁいいわ、それで、話ってなに?」

「猫屋敷さんさ」

「うん」

「霞桜寄居って、知ってる?」


 名前を出しただけで、それまでの雰囲気が一変した。

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