人気者2人

週末は散々だった。



ハル先輩は予告通りあの後ずっと「ハル」って普通に呼べるまでリビングで私を蹂躙した。



普段(あんまり知らないけど私が知っている限りで)なら考えられない饒舌さで「呼んで」と耳元で囁くから、私も変なスイッチが入ったらしく。



その行為に文句も言えないくらい乱れてしまった。




しかもまだあって、この前はすぐに帰れなんて言った類先輩の都合が悪いらしく、「悪いけど今日も泊まって」と信じられないメッセージを送ってきたものだから冷たい汗を掻いた。



そりゃあ1人暮らしですけど。

帰らなくても文句言うような人いませんけど。



ていうかどうしてハル先輩の家に泊まる許可が類先輩から出るんでしょう。普通ハル先輩がするもんじゃないんですか。




っていう疑問はハル先輩に


「今日も泊まって大丈夫ですか?」


っていう質問をしたとき吹っ飛んだ。



「いいよ」



まるで友達にご飯行こうよ、なんて誘われたとき並みの軽さで承諾を得てしまった。



それで分かった。

ハル先輩そういうところあんまり気にしないらしい。



きっとこれで女の子が勘違いして先輩にハマるんだ。


泊まりまで許してくれるから私のこと愛してくれてる、なんて思うんだ。


それがややこしくならないように類先輩がいるんだ、って納得した。




先輩の綿菓子並みの軽さに気付いた瞬間だった。





ちなみに土曜日の先輩はやっぱり甘ったれてきて、初めて会ったときの物静かさなんて嘘みたいに引っ付いてきた。



朝ご飯作って食べてベッタリ、時々キス、まったり、昼ご飯食べてベッタリ、時々(以下省略)…と、鳥肌が立つほどの甘ったるい時間を過ごした私は、月曜日ダルさを隠しも出来ずにいた。





「あんた大丈夫?」



美菜の心配している顔に苦笑いしか返せない。



ハル(先輩って呼んだら本気で襲われるからもう呼ばないと決めた)との一日はそりゃあ甘かった。


軽いキスに濃厚なキスを昼間にこれでもかってくらいされ、夜にはさらに濃厚な時間が待っていた。



おかげで体がダルいのなんの。


日曜の朝来た類先輩の「ご飯作ったら帰ってね」のメッセージにどれほど喜んだことか。



かえってハルには微妙な顔されたけど、そこは無視して帰ってやった。



あの甘さは体に毒だ。

恋人でもないのにあんな強烈なのを浴びていたら頭がヤラれる。



今度こそもう会いたくない。

あんなのに入れ込んだらこっちが身を滅ぼす。


もう絶対会わない、と決めた私のそれは、お昼にものの見事に崩れ去った。






「緑今日何時間?」


お昼、文化学の眠気を誘う授業を終えて、美菜に誘われてカフェテリアへ移動中。



「2時間だよ」


「マジー?いいなぁ」



今日授業びっちりあるよ、なんて美菜は肩を落とす。



授業なんて自分のとり方だから、そこは仕方がない。



明日英米学の授業あったな、と気付いて今日の夜は予習しよう、なんて思っていると。



「あっ」


「美菜?」



隣の美菜がパタパタと駆けていく。

それを追った私は、信じられないものを見た。



「先輩たち!また会いましたね」


「美菜ちゃん」



美菜が声をかけたのは、一足先に食事を終えていたらしい類先輩。



相変わらずの人の良さそうな笑みを浮かべた先輩の横には、当然の如く見知った姿がある。



「あ、緑ちゃんも。こんにちは」



類先輩が私に気付く。

同じ席にはこの前の飲み会で会った拓哉くんの姿もあった。



「……みどりちゃん?」



美菜には気付いても態度を変えなかったくせに、振り返ってくるハル。


じっと見てくるその瞳に、逃げ場はないと確信した。



「……こんにちは」



あまりにまじまじ見られるから笑みが零れる。

ふんわり笑った彼は、昨日の朝と同じだった。




「ていうか……先輩たち同じ大学だったんですね。知りませんでした」



完全に違う大学だと思っていた。だから会わないと踏んでいたのに。


こんなところで会うなんて予想外だ。



「あれ、美菜ちゃん言ってなかった?」


「言われてませんね」


「うそー、ごめんごめん」



手を合わせて謝ってくる美菜は悪びれもない。それこそ美菜らしい。



「緑ちゃんたちと学科違うから。校舎も違うし、知らないのも無理ないよね」


「でも先輩たちだよ?有名なのに、知らない緑のほうがすごいよ」



その『すごい』に、やたら皮肉を込められている気がする。しかも強調までされたし。




疎くてすみませんねぇ。



心の中で毒づく私の耳に、今度は黄色い声が届いた。



「類、ハル!」



嬉々とした声に顔を向ければ、女の人たちがこっちに来た。



「珍しいね、カフェにいるの」


「この頃授業被らないから寂しいよぉー」


「それに全然遊んでくれないじゃん」



まるでマシンガンのように3人が一斉に喋る。


甘えるようなその声に美菜が眉を寄せたのが視界に入った。



「うん、そっか」



笑みを浮かべたハルは、でもそれ以上何も言わない。



その素っ気無いとも取れる態度にもめげず、3人はまた口を開いた。



「ハル素っ気無いー」


「でもカッコいいから許すけど」


「てかハルも類も一緒にご飯食べよー。奢るから」



たぶん先輩たちと同い年のその3人は、先輩たち目当てでここに来たんだろう。


唯一相手にされていない拓哉くんが苦笑いを浮かべた。



「ごめんね、今日はこの子達と約束してるんだ」



3人の先輩たちに口を挟んだのは類先輩。

彼女たちは私たちを見て眉を寄せる。



「だれ?」


「高校の後輩だよ」



明らかに棘を含んだ声にもサラッと返す類先輩は、彼女たちの好意に気付いている。



それを断るためのダシに使われたこっちは堪ったもんじゃない。


ほら、思いっきり睨まれてるじゃない。




「えー、でもぉー」


「てか遊び行こうよー、ハル。この頃遊んでくんないじゃん」


「今日とかダメ?」



語尾を吊り上げるその喋り方。

同性の私からすると不快この上ない。


美菜も苛々してるらしくヒールをカツカツ鳴らし始めた。



「ダメ。今日は先約がある」



有無を言わさぬ類先輩の視線が私たち2人に向く。



彼女たちはあからさまに肩を落とした。



「そっかぁ」


「じゃあまた今度ね」


「絶対だよ」



残念そうな先輩たちにハルはうんうん、て頷く。


3人は手を付って去っていく間際、しっかり私たちにきつい眼差しを与えてきた。



「女ってこわー」



感想を漏らしたのは、一部始終を黙って見ていた拓哉くん。



「あんなんだから相手にされないんだよ」



不満を漏らす美菜は3人が消えた方向を睨んでいる。


類先輩は食後の珈琲を持ちながら、相変わらずさらりとしていた。



「大丈夫、ハルもああいうの嫌いだから。ね、ハル」


「……まぁね」



頬杖をついたハルの顔は、もう笑ってなくて。


無表情に近いそれを初めて見たからびっくりした。



「良かったら座る?」



自分の隣を指差した類先輩の言葉に、美菜は今までの苛々を吹っ飛ばして元気良く頷いた。



「はい!」


「緑ちゃんもどうぞ」


「……お言葉に甘えます」



美菜が類先輩の隣に座る。

嬉しげな彼女の隣に座ったとき、ふいにハルがじっと見ていることに気付いた。



その口が緩やかに弧を描く。

目を細める大人の笑い方に、ちょっとドキッとした。



「ねぇ、緑ちゃん」



その笑みに見惚れていたらしい私は類先輩の声で我に返った。



「はっ、はい」



パッと類先輩を見ればやっぱり人が良さそうな、でも胡散臭い笑いを浮かべている。



「今日何時間?」



さっき美菜に言われたことをもう1回答える。



「?2時間ですけど…」



「もう終わりじゃん。じゃあ今日ご飯行こうか」


「「……は?」」



私ともう1つの声が重なる。


それは紛れもないハルの声で、見ればちょっと目を見開いていた。



「ハルがお世話になったしね。しかも2回も」


「いや、でも…」


「休日まで押し付けちゃったから、お礼だよ。ね、ハル」


「……ん」



頷くハルはもう了解した、って顔をしている。

でもこっちはそんな簡単に了解なんか出来ない。


てか私はもう関わりたくないんですけど。




「いいなー、緑」



隣で騒ぐ美菜はこの際置いておくとして、私は行きたくない。



「でもこの前お金払ってもらっちゃったし…」


「あれは先輩として、ね。女の子と割り勘なんて男が廃るよ」


「でも、私そんな役に立ってないですし…」



いや、役に立ったのかもしれない。ハルの性欲処理として。




けれどそれを類先輩が知ってるわけないし、ここは丁重にお断りしたい。



でも既に決定事項になったようで私の声は取り合ってもらえず。



「美菜ちゃんは今日授業?」


「そうなんですよー、最後まであるんです」



美菜と話し始める類先輩は私のほうを見てくれないし、そっぽを向いてボーっとしているハルは決定権なんて類先輩に取り上げられている。




しまいには拓哉くんの


「この人たち1回決めたら止めないから抗議しても無駄だよ」



っていう助言の前に儚く散ったのだった。



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