メッセージ

次の日、目覚めたらもう外は明るかった。


窓から差し込む光が眩しい。

光から逃れようと体を動こうとしたけど、動けない。



不思議に思って目を開くと、明らかな男の人の体があってびっくりした。



抱き締められている自分の状況に混乱する頭を整理しながら、上を見上げれば整った顔。



すぐに昨日のことを思い出し、不安そうにしていたその顔が安らかそうだったからホッとした。



どうやら突っ伏して寝ていたのをいつの間にか引き寄せられて布団の中に引きこまれていたらしい。


どれだけ寝相が悪いのか、それとも手癖が悪いのか。



呆れつつも起こさないように、と腕を解こうとしたけどなかなか解けない。



やっと解けた時にはもう今日分の体力を使いきっていた。





リビングに行ってテレビの上の時計で時間を確認すると、意外にもまだ7時。



どうしよう。

もう朝になったし帰っていいのかな?



そんなふうに思いながら何気なく昨日テーブルの上に置いておいたスマホを見ると、メッセージが届いていた。



開いてみて、ポカンとする。

それは連絡先交換した類先輩で。



―――

おはよう、緑ちゃん

早速だけど朝ご飯作ってあげてね

目を離すと一日何も食べないから

ちゃんと見張っててね。

―――



「………」




まさか先輩を押し付けられておいて朝食まで要求されるとは。


昨日は本当に申し訳なさそうな顔をしてたけど実は確信犯?と眉間にシワを寄せた。



やっぱり胡散臭いと思ったのは間違いなんかじゃなかった。



そのまま唸っているとまたスマホが震えた。


私が見ているのが分かっているかのようなナイスなタイミングでのメッセージ受信がまた恐ろしい気がしますがね。



―――

ちゃんと食べさせてね

ちなみにハル朝はパン派だから

―――



いや、聞いてないです。



それを言えたら実に楽なのに。

しかもなんか類先輩、観察してそうで怖い。



溜め息をついてそのメッセージに返信した。


『了解しました』



スマホをおいてがっくりする。



「……やりますか」



朝からこんな気分でいても仕方がないし。


でも朝から最悪だな、なんて思いながら立ち上がった。



そのとき、




「あ……」



あ?




振り向くと、そこにはハル先輩。


きょとんとした顔をして私を見ていた。



2人とも何も言わず、沈黙に包まれる。



え?なに?その知らない人を見る目。



「えっと…、先輩、私のこと分かります?」


「……うん。昨日の子だよね。確か…みどりちゃん」


たっぷり一分くらい考えていたハル先輩はふんわりと微笑む。



かと思ったら私に近付き、ちょっと屈むと私に視線を合わせた。



「昨日はごめんね?大丈夫だった?」


「いえ……私は」


「そっか」



やっぱり柔らかく笑いながら私の手を握る。



「ほんとごめんね。なんか恥ずかしいところ見られたみたいだし」



弱く笑みをつくるところを見ると、昨日の記憶は残っているらしい。



「いえ……私類先輩に看病頼まれただけですから」


「…そっか」


「はい。ついでに朝ご飯食べさせろって言われてるんですけど、何食べたいですか?」



先輩から離れて承諾をもらってから冷蔵庫を空けて中を覗きながら尋ねる。



あ、結構モノはそろってる。ハル先輩が……買ってきそうにないから、類先輩か第三者だろうなぁ。



「いいの…?」


「どうせ看病だったら朝飯も含まれますよ。気にしないで下さい」


それに類先輩、言うこと聞かなかったら何するか分からないし。



「じゃあ、フレンチトースト」


「はーい」



食パンを持った私は後ろに立っていたハル先輩を振り返った。



「出来るまで時間かかるんで、シャワーでも浴びてきたらどうです?二日酔い残ってるなら無理にとは言いませんけど」


「大丈夫。行ってくる」



踵を返して洗面所のほうに行くハル先輩を見送り、私は盛大な溜め息をついた。



あの先輩、何考えているか全然分からない。



私も大概「クールで何考えてるか分かんない」って言われるけど、それが自分の立場になるとどうしたらいいのか分からない。




まぁ今日が終わればもう会うことはないだろうけど。



なんて考えていたとき、ポケットに入れておいたスマホがまたメッセージを受信した。



開いて見ると、またもや。



―――

ご飯作ったら帰ってね

―――



……なんなんだ、あの人。


本気でどうして欲しいのか分からない。看病しろと言ったり帰れと言ったり。



類は友を呼ぶ、と言うように似たもの同士なんだ、あの2人。



はぁ、と溜め息をついてはたと気付く。


今日は溜め息が多い。幸せが逃げていってしまう。



けれどもう手遅れな気がして、やっぱり憂鬱になった。





「――あれ、帰るの?」



玄関で靴を履いていると声が聞こえてきた。


お風呂から出てきたハル先輩は髪を拭いている。



ジーパンにTシャツって言う普通の格好なのにカッコよく見えるのは、きっとこの人が長身で細身だからだ。



「はい、類先輩そろそろ来るらしいので」



私はお役ごめんです、って笑ったら無言で見返されて。



「……そっか。じゃあまた今度だね」



残念そうに笑った先輩は私に近付いてきた。



先輩が言う『また』が本気なのか、ただその場限りの言葉なのかは知らないけれど、私はもう会う気はない。




こんな人たちに付き合っていたら疲れるし。考えてることが分からないから混乱するし。



目の前に立った先輩はさっきみたいに屈んで視線を合わせてくれた。



「んと……みどりちゃん?」


「はい?」



名前を呼んだ彼は、私の手を取って。


なんですか、と言おうとした言葉は、声にならなかった。



「――んっ」



いきなり塞がれた唇。

目の前にある綺麗な彼の顔に、びっくりして押し返そうとするのに、腰と後頭部に手を回されたから余計に逃げられなくなった。



口内を蹂躙する舌。それは間違いなくハル先輩のもので。



状況が掴めないでいた私は抵抗すら疎かになった。

だから先輩に余計隙を与えた。



唇が離れたのは、結構時間が立ってからで。



息を整えるのに忙しい私は顎を伝った自分のか相手のか分からない唾液を拭ってから相手を睨み付けた。



けれど先輩は悪びれなく笑っていて、


「気をつけて帰って」



まるで彼氏のような台詞を吐いてくる。



…調子が狂う。


振り回されているようにも感じられるのに、先輩の柔らかい雰囲気に懐柔されたのか、知らない間に頷いてしまった。



「またね」



まだキスできる距離にいた先輩の顔が近付いて、私にキスを落とす。



チュッと音を立てて離れた後、微笑んで離れた先輩の顔を見る間もなく、我に返った私は頭を下げると脱兎の如く家を飛び出した。



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