未亡人と指

白川津 中々

◾️

隣の部屋に未亡人が越してきた。

綺麗な指をした、美しい女だった。


これはチャンスと思い仕掛ける算段を立てる。

物の本によると歳を重ねた女は火照る体を持て余しているというから、若いというだけで俺にアドバンテージがあると妄想。普段の挨拶からはじめ、さりげなく彼女の生活に侵食して最後には……と邪に取り憑かれていた。


そんな矢先、「今度お茶でもどうですか」と声をかけられる。まさかの向こうからの接触。「じゃ、今から」と図々しく言ってみたところ快く受け入れられたため、俺は案内のままに、彼女の後ろについていった。


「どうぞ」


「お邪魔します」


未亡人の部屋に入室。

これはもう、そういう事だろうと俺は思った。隙をみて、肩なんか抱いて、それから抱擁し、唇を奪ってやると興奮。もう頭の中はそれだけ。完全に浮かれ気分で猿のように発情していたのだが、リビングに入った瞬間に感じたお香の匂いで我に帰る。周りを見てみるとよく分からない装飾や、謎の祭壇。明らかにおかしい。


「今日はね。あなたに,々\-…〜=×様(よく聞き取れなかった)のお話をしたいと思って」


「え、あの……」


「大丈夫。難しい事はないから、全部教えてあげるから、ね」


美しい指で、手を掴まれた。痛みを感じる。凄い力だ。


「ちょ、やめてください!」


振り解いた反動でよろめき、棚に当たる。その拍子に何かが落ちた。よくよくそれを見ると、指だった。黄土色に変色した、太く、角張った男の指だ。


「これは……」


嫌な想像が広がる。


「それはね。旦那の指。お供えにするから、戻しておいてね」


彼女は笑顔だった。

恐ろしいほど真っ直ぐで、曇りのない目をしていた。


俺は叫びながら逃げ出した。

どこまで走ったのか、息も絶え絶えになりながら目に付いたベンチに倒れるように座り込む。彼女が何を信仰していて何をしたのか、旦那はどうやって死んだのか。考えてもまとまらず、恐怖だけが渦巻いていく。


気が狂いそうになった俺は実家に帰り、しばらくしてからマンションに戻った。未亡人が借りていた部屋は、退去済みだった。


「よかった」


そう安堵して部屋に入ると、異変に気がつく。お香の匂いがするのだ。


「お帰りなさい」


部屋の奥から現れたのは、彼女だった。


「さぁ、お話をしましょう」


例の笑顔で、ゆっくりと近づいてくる。指が切断できそうなモールカッターを手にして……

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