最後の、うみ

之雪

最後の、うみ

 照り付ける太陽、見渡す限りに広がる大海原。一隻のクルーザーがプカプカと波に揺られている。

 甲板では二人の若い男女が向き合って座っており、互いに相手の様子を窺っていた。

 やがて、女の方がポツリと呟いた。


「ねえ、いい加減にしてくれない?」

「それはこっちの台詞だ」


 二人は同じ大学に通うサークル仲間だった。今日は他のメンバーと共にクルーザーで遊びに来ていた。

 事件はそこで起こった。何の前触れもなく、メンバーの一人が射殺されたのだ。

 以降、次々と仲間達は殺され、生き残ったのは二人だけになった。

 犯人の顔は誰も見ていない。殺された者以外でそれを知るのは犯人のみだろう。

 二人は甲板上で睨み合い、目の前にいる人物の様子を油断なく窺っていた。


「みんな死んじゃったわ。残ったのは私とあなただけ」

「そうだな。つまり、お前が犯人ってわけだ」


 男が呟くと、女は険しい顔をして言った。


「だから、とぼけるのはやめなさいよ。私は犯人じゃない。なら、あなたが犯人という事でしょう?」

「違う。俺は犯人なんかじゃない。お前が白を切る理由は分かっている」


 男はジャケットを探り、一丁の自動式拳銃を取り出した。


「こいつを落としたからだろ?」

「あ、あなた、やっぱり……」


 青い顔をした女に男は溜め息をついた。女に銃口を向け、問い掛ける。


「誰かに恨みでもあったのか? それならそいつだけ殺せばいいだろう。何故、全員を殺す必要があった?」

「それは私が聞きたいわ。目撃者は全員始末するって事? あなただけ生き残ったら疑われるわよ」

「質問をしているのは俺だぞ、殺人鬼さん」

「さ、殺人鬼はあなたでしょう? この状況でどうしてとぼけるの?」


 女の態度に男は苛立ち、床を銃で叩いた。震えている女に鋭い眼差しを向け、更に問い詰める。


「殺せないなら何も知らない振りをしようってのか。恐ろしい女だぜ」

「あ、あなたこそ。最後の一人はゆっくり料理しようと思っているの?」

「俺は犯人じゃないし、他に生き残りはいないんだぞ。いい加減、認めろよ」


 次第に殺気立ってきた男に女は怯え、震えながら呟いた。


「あなた、彼女と喧嘩をしていたわね。もしかするとそれが原因なの?」

「確かに最近上手くいっていなかった。今回の旅行で仲直りするつもりだった。それをお前が……くそう、よくも殺しやがったな!」

「じ、自分でやっておいてよくも……私に罪を擦り付けるつもり?」


 男は怒りに震え、今にも引き金を引きそうだった。彼を刺激しないように注意して、女は更に続けた。


「犯人ではないと言い張るのならそれでもいいわ。お願い、殺さないで」

「そうだな。警察にお前を引き渡してしまうのが一番だろう」

「まさか私を犯人に仕立て上げて罪から逃れるつもり? それは無理よ。私には動機がないわ」

「そいつは俺も疑問に思っている。お前は人気者だったし、特定の奴と揉めたという話も聞かない。それが何故、凶悪犯罪に走ったのか、見当も付かない」

「私には動機がなく、あなたにはある。やはり犯人はあなたに決まっているわ。ねえ、知ってる? あなたの彼女、会長と親しくしていたのよ。三角関係のもつれから殺人、といったところかしら。巻き込まれた私達は良い迷惑だわ」

「確かに喧嘩の原因は俺が彼女と会長の仲を疑ったからだ。だからって殺すわけないだろ。お前の方こそ、俺を犯人に仕立て上げるつもりかよ」


 どちらもお互いが犯人に違いないと言って譲らない。

 業を煮やした男は、女の眉間に銃口を突き付けた。


「いい加減に認めろ。白状しないのなら撃つぞ」

「わ、私が死んだら間違いなくあなたが犯人だと疑われるわよ。それでもいいの?」

「構わないさ。警察にはありのままを話すだけだ。それにお前を殺せば彼女やみんなの仇を取れるわけだしな……」


 女はガタガタと震え、右手をそっと上着のポケットに入れた。気付いた男が彼女を怒鳴りつける。


「おい、妙な動きをするな! ポケットからゆっくりと手を出せ!」


 言われた通りに女はポケットから手を出した。ボイスレコーダーを握り締めている。


「い、今の会話、全部録音したわ。あなたが銃で私を脅していた証拠になるでしょうね」

「てめえ……くたばれ、この性悪女!」


 男が怒鳴り、引き金を引いた。しかし、弾は出ない。

 焦った男に女は落ち着いた口調で呟いた。


「その銃、六発しか撃てないのよ。六人撃ったから残弾はゼロ。残念だったわね」

「や、やっぱりお前が……俺に空の銃を拾わせたのか。畜生!」


 男はガックリと項垂れ、銃を床の上に放り出した。

 そこですかさず、女は銃を拾った。

 ごく自然な動作で空の弾倉を引き抜くと、ポケットから新たな弾倉を取り出し、銃に装填する。

 手慣れた動作で薬室に弾を込めた彼女を見て、男の顔色が変わった。


「や、やめ……」


 パン、と。乾いた銃声が響いた。


 男の心臓を撃ち抜き、彼が絶命したのを確認し、女は溜め息をついた。ようやくゲームは終了したのだ。

 銃の指紋を丁寧に拭き取り、男に握らせておく。揉み合う内に銃が暴発した、という事にしておこうと思う。


「あなたの彼女が悪いのよ。一番人気があるのは私なのに、二人の男を手玉にとって。死んで当然だわ」

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最後の、うみ 之雪 @koreyuki2300

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