第10話 嬉しかったから
「トーヤ、体調悪いの?」
直撃すると確信した一撃に強張る体。 それでも何とか即死は避けようと、乱れて纏まらない魔力で何とか貧弱な身体強化の魔法をかけ直してその時を待っていた俺。
――だが、俺に届いたのは無機質な鉄の塊などではなく、俺の身を案じる少女の声だけだった。
「……ああ、ちょっとな。 だから助かったよ。 ありがとな。 今のはちょっと危なかったんだ」
振り返ると、後10センチの所まで差し迫っていた鉄球を、ユーナは片手で軽々と受け止めていた。 そして、それを易々と握り砕く。
モーニングスターを振るったゴブリンは、その光景と何も無くなった鎖の先端を交互に見て、プルプルと震え上がって集団後方へ引っ込んでいった。
「ふふん、どういたしまして!
でも、私の前では無理にカッコつけないでほしいかなー。 しんどい時はちゃんと言ってよね! 私はトーヤのパートナーなんだから!」
腰のポーチから取り出した
「……同じパーティの仲間で、バディな。 パートナーっと言うと語弊がある」
二週間ほど前に結成したばかりで、まだ俺とユーナの二人だけのパーティではあるが、恋仲などではないため、ユーナのために勘違いを生みかねない発言は訂正しないいけない。
「あれ? そうだっけ? 私としてはどんな呼び方でも構わないんだけど。
――だって、トーヤは私の
どんな呼び方であってもそれは変わらないんだし、一緒でしょ? 別に気にしなくても良いと思うなー」
「何度も言ってるが、
ま、英雄になれるなんて思ってないけどな」
俺なんて、ちょっとカッコつけて、分不相応に無茶をして、足掻いて足掻いてどうにか人助け出来るくらいの男だ。
最高にカッコいい漢を志してるとはいえ、英雄なんて恐れ多いし、一生掛かっても到底辿り着けないくらい、遠過ぎる。
だから、小さい子どもじゃあるまいし、英雄になろうだなんて流石に――。
「なんで? 成りたいなら成れば良いじゃん」
「――!? か、簡単に言ってくれるけどな。 誰だってなれるもんじゃないんだぞ。
類い希なる才能に果てしない努力、それに性格だって良くなきゃいけない。 ……だから、俺には無理だよ」
さも当たり前の事のように言うユーナの発言に、俺は目を見開いて動揺してしまった。
ここは戦場で、今は戦闘中。
しかもユーナに負担を掛けまくっている状況だ。
少しずつ
今はユーナの言葉を軽く流して意識を回復に専念すべきだろう。
それでも、つい、本音が漏れ出てしまった。
前世の、それもとても幼い頃に抱いて、とっくに諦めてしまっていた夢だったから……。
「――なれるよ、ゼッタイ」
普段と違って落ち着いた、でも力強い口調でユーナは告げた。
「どうして?」
俺は自然に聞いていた。
「だって私がそう思ったから!」
「あのなぁ……」
「あー、何その目ー! 最強にして最高、人が造りし究極の女神の直感が信じられないっていうのー?」
「いや、ユーナが完全な状態なら信憑性あったけどさ」
現状の、力と権能、機能に知識の大半を失っているらしいユーナが言っても、残念ながらその辺の女の子の勘と大差ない気がしてイマイチ納得できない。
「そんなの関係ないしー。 必要もありませんー。
だって、私と契約したあの時、トーヤはドラゴンを倒したじゃん!」
「それは俺の力じゃ! それにユーナの助けが無かったら俺は……」
「あーもう! うだうだうるさーい! 事実は事実、結果は結果だよ!
あの時のトーヤは凄かった! 頑張った! それに命懸けでドラゴンを倒して見ず知らずの私を助けてくれた!
そんなの普通の人には出来ないよ。 だから私にとっては、トーヤはもう
じんわりと暖かい言葉に、俺は思わずちょっと泣きそうになってしまった。
(街での評判は良かったとはいえ、ちょっと前まで仲間に能無し呼ばわりされていたから、すんげぇ染みるなぁ……)
幸いなことに、このやりとりをしているのが戦闘の真っ只中なため、俺の目がほんの少し、僅かに、ちょっとばかし涙ぐんでいるのをユーナに見られてはいない。
ゴブリンにはバッチリ見られ嘲笑われているがどうでもいい。
何を勘違いしたのか俺が痛くて、もしくはビビって泣いているとでも思ったのか、ナメた態度で近付いてきたゴブリンを片っ端から処したのも今は関係ない。
今、大事なのはここまで言ってくれた相手に俺がどう応えるのか・・・だ。
「…… ……そうか。 なら、ユーナの
別に自分が英雄だと、英雄になれると信じたわけではない。
でも、ユーナがそうだと信じる気持ちも、信じてくれた言葉も、否定したくはなかったから。
――そして何より嬉しかったから、だからもう一度だけ俺は――!。
(
なに、どのみち女神様とパーティを組んで今後もやっていくなら、それくらいの箔と実力が無けりゃ釣り合わないしな!)
「それでこそ私の騎士様、いや、
「ユーナって可愛くて強いだけじゃなくて、ホントに女神様なのな。 言葉だけで俺をその気にさせるなんて出来ることじゃないぜ。 ありがとな」
「か、かわっ――!?」
「ん? どうしたそんな顔を真っ赤にして?」
一瞬だけチラッとこっちを見たユーナの顔はリンゴみたいに赤く染まっていた……ようにも見えた。
病気や怪我、体調不良といった様子でも無いし、スタミナ切れになるときも顔が赤くなったりはしない。
まさか可愛いって言われて照れてるってオチもないだろう。
あんだけ美人なのだから普段から綺麗や可愛いは言われ慣れてるはずだ。
それに今まであんなに小っ恥ずかしい事を俺に言った人物がその程度で恥ずかしがるなんて、ないない。 有り得ない。
「――な、なんでもない。 で、どう切り抜けるつもりなの? ちなみに私もうすぐバタンキューです。 ごめんね」
つ、遂に自分から活動限界のタイミングを計り、知らせてくれただと――ッ!?
「謝らなくていい。 ユーナは相当頑張ってくれてる。 今までだったらもう倒れてただろ」
逆にまだ少しの余裕を残してくれてるのは嬉しい誤算だ。
正直、今すぐぶっ倒れてもおかしくないと思ってました。
「うん。 力の加減、頑張ってみました!」
「偉い! 偉過ぎる!」
「えへへ~。 でしょでしょ~!」
照れる姿は大変可愛らしいのは良いとして・・・。
「話は戻って、この場をどう切り抜けるかって話なんだが――俺に良い考えがある!」
「ほうほう。 聞きましょう」
やっと頭痛と吐き気が収まり、体調は完全とまでは行かずとも、ポーションとエーテル、それに身体強化による自然治癒力の増加のお陰で戦闘に差し障りない程度にまで回復した。
そのうえユーナもまだ少し戦えるとなれば、それなりに攻めた手も打てるってもんだ。
「ユーナ、あそこを見てくれ」
「えっ、どこどこ? 何にも見えないよ?」
「ほら、あそこの高い丘の上。 ここから見えるってことは、向こうからもよく見えると思わないか?」
「そうかも?」
次々と襲いかかってくるゴブリンの相手をする傍らで俺は疑問を感じていた。
洞窟の中に居たゴブリン達は俺がせき止めていたというのに、どうして俺が洞窟を出るより前に大量のゴブリンは外に居たのか?
入り組んだ洞窟ゆえに、俺が気付いてないだけで別の道から外に出ていたという可能性もある。 そもそも複数の出入り口が在ったという可能性もある。
入るときには居なかったマッスルゴブリンが待ち構えていた点からもあり得る話だ。
だがしかし、それでも疑問は残る。
(そもそもの話、ゴブリン、多過ぎでは? という話)
いくら巣といっても蟻や蜂じゃあるまいし、これほどワラワラ繁殖する魔物じゃない。
普通は巣に居る数はこれほどの大勢ではなく、どれだけ多くても30匹程度。 それ以上となると、仲間割れして内部崩壊か、追い出されるなり独立するなりで巣を離れる。
そうならないってことは、ゴブリン、それもハイゴブリンすら従える魔物が居るって事だ。
それがゴブリンの上位種か、はたまたオークなどの全く別の魔物かは情報が少なすぎて判断がつかないが、やはり、間違いなく
(ならボスは何処に居る? 巣の奥、つまり洞窟の最奥か? それもあり得る。 というか、そっちの方が一般的だが……」
――今回の場合は違う気がした。
それはまだ殆ど勘の域を出ないが、頼りなくとも根拠はある。
「よし。 じゃあ二人で此処を離れて速攻であそこに向かってみないか? どうせゴブリン達に追い回せれるなら一か八かボス狙いが良いだろ?
それに、もし俺の勘が当たってたら、ボスは俺達メチャクチャ妨害してくると思うんだ。 そうなったら、ボスの注意がこっちに向いてフラン達が逃げやすくなる」
「――フムフム、良いよ! 何となくしか分からないけど、トーヤを信じる」
少し考える素振りを見せるも、すぐに止め、二つ返事でOKしてくれたユーナの全幅の信頼に、これで外したらどうしよ? と不安が過ったが、それはやって駄目だった時に考えればいい事かと俺は気を取り直した。
ここでちゃんと説明したい所ではあるのだが、ある程度以上の強さの魔物、もしくは上位種ともなると人の言葉を理解するモノもそれなりに居るらしい。
ましてや人型の魔物。 更には脳喰らいだ。 理解するどころか話せるヤツまで居てもおかしくない。
だから、詳しい説明や作戦会議なんかは警戒して避けるのが得策だと俺は判断した。
「ユーナ、倒れそうになったらすぐ言ってくれよ。 おんぶするから」
「りょーかーい! では、レッツゴー!」
俺とユーナはゴブリン共を押しのけながら全速力で目的地へ向かって駆けだした。
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