第9話 マッスルゴブリンって何だ?

「……こりゃまた凄い状況だな」


 ――洞窟を抜けると、大量のゴブリンが宙を舞っていた。


 しかも、洞窟の入口を隠していた木々は折れ、それなりに視界が開けていた。

 これではもう、ちょっとした広場である。


 この状況を作り出したであろう原因にして、今も群がるゴブリンを竜巻の如く吹き飛ばしているのは、当然の如く俺の予想通りの人物。


「あっ、トーヤ! おっそーい! 私、もう待ちくたびれたんだからね!」


「それは悪かった。 ちょっと手強いのが居てな」


「えっ? どんなのどんなの?」


 ユーナは片手間に大柄で屈強なゴブリンをぶん投げつつ、興味津々で聞いてくる。


「今、投げられたソイツだね……」


「なーんだ。 只のちょっと大っきなゴブリンじゃん」


(ちょっと大きなゴブリンか……。 強かったんだけどな……)


 俺の真横を通り抜け、左後方の岸壁に叩き叩きつけられて伸びてるゴブリンは紛れもなく俺がついさっきまで戦っていた強敵と同種。


 ユーナにとっては大きさが違う程度の存在なのだろう。 何とも複雑な心境だ。


(というかアイツ、特殊な変異個体とかではなく割と居るのね……。 スキル持ちって予想は外れだったかもしれないな)


 図体が大きいのでよく目立つのだが、うじゃうじゃ居るゴブリンの集団の中にチラホラ混ざっている。 どうやら10体以上は居るらしい。


 それを見るに、単純に俺が知らなかっただけで、ハイゴブリンと同じゴブリンの上位種か、マイナーな変異種なのだろう。


『――マッスルゴブリンです』


(今、なんと?)


『あれらはマッスルゴブリンです!』


(知っているのかフィサリス!? ……いや、知っていたならさっき教えてくれよ!)


 情報があればもっと楽に倒せただろうに。


『いえ、私のデータベースにはマッスルゴブリンに関する情報は在りませんでした』


(じゃあ知ってるのは名前だけってことか? なら、それはいつ何処で?)


 せめて関連する情報さえ掴めれば何かしら推測も出来るかもしれない。

 これだけ数が居るんだ。 今からでも情報を得て損は無いだろう。


『……マスター、私が名付けました』


 ………………ん?


『マッチョゴブリン、マッシブゴブリンといった案と大変深く検討を重ねた結果、マッスルゴブリンという名称が適切だと判断しました。 それに見て下さい。 いえ、聞いて下さい』


「「「「「マッスル、マッスル、マッソー! マッスル、マッスル、マッソー!」」」」」


(うわ、あのゴブリン達何か言ってる!?)


 よく耳を澄ますと筋骨隆々のゴブリン達が重低音の声で、マッスルマッスルとか訳の分からん奇声を発している。


『あれだけ口に出すほど誇示しているのです。 それは取り入れて然るべきでしょう。

 やはり、私の名付けは完璧です!』


(まずそのドヤ声やめてもらっていい? 後、今の時間完全に無駄だったよ)


 フィサリスがもし実体の体を持っていたのなら、さぞ胸を張って相当のドヤ顔をみせていたことだろう。 そうであればカメラで撮って、その写真を額縁に入れて飾っていたのに残念だ。


『そんな悪趣味極まりないマスターにご報告です。 スキルの発動限界まで後30秒……29……28……』


(はい!? 戦いの本番はこっからなんだぞ!)


 ユーナより弱そうだと判断したのか、ゴブリン達が俺に矛先を変え始めている最中にスキルが切れるのは相当しんどい。


 だってあのゴブリン、……マッスルゴブリン達も意気揚々とこっちに向かってきているのだ。 もはや笑うしかない。


(ユーナが居るなら何とかなるか……? ただ、時間を掛けたら終わるな。 洞窟の中から際限ないくらいに集まってきてるし……それに)


 攻撃してきたゴブリン数匹を返り討ちにし、辺りを見渡してみたものの、ユーナが連れて行った四人の姿がどこにも見当たらない。


「ユーナ、フラン達は?」


「ヘルパーさん? 達に預けたよ。 すっごい怒ってたけど良い人達だね。

 それにちゃんと強かった。 多分今頃は逃げ切れてるんじゃないかな」


「ヘルパー……? ああ、ヴェルバーさんか。 それなら安心だ」


 どうやら洞窟突入前にあげた狼煙にしっかり気付いて駆けつけてくれたらしい。


(でも帰ったら絶対お説教コースだよな……。

 まあ四人の護送を丸投げしてしまった手前、お礼は言いに行くとして……)


 ヴェルバーさんは何度か依頼を共にしてお世話になっている先輩冒険者パーティのリーダーで、手堅い実力と細やかな仕事ぶりが売りのこの地域じゃ名の知れた冒険者だ。


 真面目で頼られると断れないタイプの人で、割に合わないと誰もやりたがらない不人気依頼をギルドの受付に上手いこと言いくるめられて引き受けている印象がある。


 今回は冒険者ギルドからゴブリンの巣の捜索依頼を受けた俺達に対し、ヴェルバーさん達は巣の駆除依頼を受けていた。


 そのため、ゴブリンの巣である洞窟を見つけ、狼煙をあげた時点で依頼を終えていた俺達が、自分達を待たず独断で巣に突入して大騒ぎ。

 いざ駆けつけたら、大量のゴブリンが完全武装でお出迎え。

 その上、防具も無い新人冒険者四人を押しつけられて離脱する羽目になったというのがヴェルバーさん視点の状況。


(そりゃ怒るよなぁ……。 逆の立場なら俺だって何かしら言う。

 ……うん。 帰ったら全身全霊で土下座しよう)


 フラン達が終焉バッドエンドを迎える具体的なタイムリミットが分からず、一刻の猶予も無いと待たない判断したのは俺だ。


 結果論ではそのお陰でギリギリ間に合ったと言えるが、冒険者としては待つべきだった。


 ルールやマナーといった点もあるが、減らせる危険リスクは少しでも減らせ、という冒険者の教えを守れていなかったからだ。


(何事も命あっての物種。 人を助けるのも、冒険するのも、自分が生きていてこそだって散々言われてきたからな……。 もう哀しむのも哀しませるのも御免被る)


 ともかく、フラン達が無事であり、姿が見えなかったのも悪い理由でないと確認できて良かった。


『5……4……3……2……1……0。 ――スキルプログラム強制終了。 再発動可能まで後24時間です。

 後はご自分の力でどうにかしてください、マスター。 では、私は定時なので帰ります』


(サバサバしたOLみたいな対応! もうちょっと手厚いサポートとか応援とかないのか?)


『ファイトー』


(棒読み! 感情がまるで籠もってない)


『――ピシュン』


(無視して切りやがったな……。 というかSEを口で言うの何なんだ……って、おえ――ッ!? すんごい頭痛ぇ。 吐き気もヤバい)


 スキルの反動か。 とんでもない頭痛と吐き気が突如として襲いかかってきて立っていることすらままならない。

 それに三半規管がイカれてしまったのか重度の乗り物酔いを三倍に煮詰めたみたいな、過去経験した事が無い感覚までプラスされてガチで気持ち悪い・・・。


(くっ……まさかここまで反動がキツいなんてな……)


 練習で試した時はごく短時間だけの使用だったお陰か、軽い頭痛くらいで済んでいた。


(多分、俺が感じるピンチ度合いや相手の強さに応じて、性能や消耗が左右されるって感じか。 ……道理で練習で試した時とは大違いなわけだ。 ……ぐっ、マズイな)


 俺は余りの苦痛に集中を維持できず、身体強化の魔法が解除されてしまった。


 それをチャンスと見たのか、周囲のゴブリンが一斉に仕掛けてきた。


(――っ! 一体はどうにか出来たが、しまっ――!)


 俺は膝を突きながらも、曲刀二本で器用に俺の首を刎ねようとしたゴブリンの腕を切りつけ、深手を負わせて何とか防いだ。


 ――しかしながら、俺は風を感じるまで気付いてなかった。


 いつもなら背後だろうと敵意の視線や気配から素早く察知していたであろう攻撃。


 びっしりとトゲの生えた鉄球、モーニングスターが弧を描きながら俺のすぐ背後に迫っていたことに――。

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