第2話

 個人的には、本当にどうでもいい案件だが、主人の願いだから仕方ない。

 首を刎ねられたくないので、諦めて協力することにしたが、協力を拒否したのと、協力した上で失敗したのでは、前提が異なってくる。

 この主人は、意外に話が分かる。

 理不尽に、むち打ちをしてくることも無ければ、うまく利用価値を証明すれば、五体満足で生きることもできるかもしれない。


 そのためにも、まずは情報収集だと、今まで行ってきたことを主人に確認する。

 第一に、主人の目指している”悪役令嬢”とやらが、一体何なのかが全く掴めていない。


「悪役令嬢について?」

「はい。ヴァイオレット様の目的は理解しましたが、なにぶん娯楽には疎い人生でして、”悪役令嬢”というものを知りません」


 すると、ヴァイオレットは、視線を逸らし、足を組み替える。


「それは、私も知りたい」


 しっかりしてくれよ。このお嬢様。


「本を参考にして、色々やったわよ」


 心の声でも聞こえたのか、少し恥ずかしそうに咳ばらいをすると明後日の方向を見ながら、言葉を続けた。


「悪役令嬢になる本?」

「そんな本があれば、今すぐにでも取り寄せて」


 そりゃそうだ。

 こちらを睨み下ろす姿だけを見れば、しっかりと迫力のある貴族の様だが、内容が内容なだけに、何とも反応がしにくい。


「昔話から今流行ってる本まで、悪役令嬢の参考になりそうなものは色々読んだわ」


 不思議と、すでに嫌な予感しているのは、何故だろうか。

 そもそも、現実とフィクションは違うということは理解しているのだろうか。この主人は。


「灰被りのガラス靴みたいに、妹をお茶会に参加させなかったり、街に出かけようとしているのを妨害したり」

「なるほど。話を聞いてる感じ、うまくいってそうですけど」


 お伽話を参考にしているというから、心配したが、本当に参考にする程度で、現実にも落とし込めそうな内容をしっかり選んだらしい。


 灰被りのガラス靴は、有名な物語のため、何度か聞いたことがある。

 物語の悪役がしていた主人公に対する様々な悪行の中でも、主人が選んだ行為は、ブルーベル個人からの好感度が下がるというより、周りからの評価が下がるものだ。

 特に、貴族としては一目置かれるであろう容姿のブルーベルを屋敷に閉じ込めたのが、姉であるヴァイオレットだと知られたなら、公爵令嬢としてあるまじき姿勢と、貴族たちからの評価は下がることだろう。


 しかし、うまくいっていないから、目の前の彼女は答えに窮して、目を逸らしているのだろう。

 一体、何がダメだったというのか。


「茶会は貴族にとって、大切な交流の場でもあります。そのため、お嬢様はブルーベル様が今後不利益を被らないよう、細心の注意を払って参加させないお茶会や外出を選びました。その姿勢こそ、強行的と言われましたが、その茶会や主催者、参加者が、ほぼ必ず何かしらの事件や不祥事を起こすため、結果的に妹様を大切に思った故の行動だったのではないか。と、噂になりまして、全くの逆効果となっています」

「そう! なんで!?」


 いや、選ぶからだよ。

 そういうのは、全てのお茶会、せめて重要なお茶会や社交界を断らせるからこそ、意味がある。


 しかも、この主人、ポンコツの癖に、頭は切れるようだし、鼻も利くらしい。

 公爵令嬢などというネームバリューを首から下げていれば、不祥事などの手引きをしたがる貴族からすれば、格好の的だ。彼女たちがいるだけで、不祥事をもみ消すことも造作もなくなる。

 ブルーベルには会っていないが、この姉程、鼻が利かないのであれば、無自覚に巻き込まれていた可能性はなくはない。

 結果の評価を加味すれば、おそらくこの予想は大きく外していない。


「他にもやったことはあるわ」

 

 引きつった表情は、おおよそうまくいっていないのだろう。

 いっていたら、こうして自分を奴隷として買う必要もないのだから、まずは失敗談を聞いてから、今後のことを考えるべきか。


 失敗談をいくつか聞きながら、廊下を歩いていれば、庭園から聞こえてくる声に、ヴァイオレットが足を止める。


「お姉さま!!」


 目を向けた先にいたのは、庭園で手を振っている少女。質素な装いながらも、気品を感じさせる服を着た金髪の少女。

 例の妹というブルーベルだろう。


 どうやら、姉とは違い活発な性格なのか、日陰で手を振り返しもせず、真顔で腕を組んでいるヴァイオレットに、満面の笑みを向けて走り寄ってきた。

 無視して歩き去る方が、悪役令嬢っぽいのではないかと頭に過ったが、このふたりの関係も知らない状況で、下手に口出しするのは下策。

 今は、情報を集めることに集中しておいた方がいい。結果を急げば、最終的に失敗に繋がる危険が大きい。


「おかえりなさい! そちらの方は? 新しい使用人の方ですか?」


 わざわざ帰ってきた姉に挨拶にやってきて、姉の後ろについてきた見慣れない男について質問する。

 うん。表情も含めて、ブルーベルのヴァイオレットに対する好感度は悪くなさそうだ。

 

「えぇ。新しく買ったの」

「買った……?」

「奴隷よ。そんなことも知らないの?」


 冷たく言い放つ言葉に、ブルーベルは困ったように視線を下げたが、不思議そうな表情で自分のことを見ていた。

 ヴァイオレットが終始この様子であれば、ブルーベルの好感度は、ただのコイツがお人好し故と判断できるが、この令嬢、時々滲み出るポンコツなところがあるからな。


「お父様にお願いしたら、買ってもらえたの。間違っても、貴方も買ってほしいなんて言い出さないことね」


 一応、表向きには奴隷の販売は禁止されている。

 だた貴族の間では、当たり前のように行われていることで、あってないような法律だが。


 王家と繋がりの深い、ルミエール家は、貴族たちの見本になるべく、今まで奴隷販売に手は出していなかったが、ヴァイオレット曰く悪役令嬢になるために、少し犯罪に手を染めてみたらしい。

 清廉潔白な貴族らしい貴族より、俗物が好きな貴族の方が、下賤と評価が下げられるからだと。


「返事は?」

「は、はいっ!!」


 なので、今の言葉は、ただの『真似するな』という注意に他ならないのだが、全くもってこの主人は気が付いていない気がする。

 そして、このブルーベルの方は、しっかりとその意味を理解している気がする。


 まさかとは思うが、あのブルーベルに着せている質素そうに見える服は、ワザとだったりするのだろうか。煌びやかに着飾る貴族の服の中では、確かに質素ではある。

 だが、高品質な生地と細心の注意を払っているであろうデザインに加えて、ブルーベルの華麗な容姿が、見劣りどころか、よりブルーベル本人の美しさを引き立たせ、下手な貴族令嬢よりも煌びやかとなっていた。

 なにより、元気よく動き回るブルーベルに、ヴァイオレットのような動きにくいドレスは似合わない。彼女らしいを体現したような服だ。


 これらを無自覚に行ってしまっているであろう主人を悪役令嬢に仕立て上げる。

 先が長そうな”悪役令嬢作戦”に、空を見上げため息をつきそうになった。


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