第2話
電話が鳴っている。大音量で、しかもバイブして。いったい誰からだろう、と訝しみながら、美奈は布団を引き剥がした。家族の誰かからであろうか。いや、それはないだろう。先月に、安否確認を兼ねて九州にある実家を訪ねたばかりである。だとすると、職場からであろうか。いや、それもないだろう。つい先日に、上司と馬が合わず退社したばかりなのだ。一度辞めた社員に電話をかけるほど、非常識な会社ではないはずである。では、いったい誰からなのだろう、と憶測する。部屋を出て、階段を降りる。音は、一階にあるリビングからしていた。携帯電話を机の上に確認し、少し待たせてしまった、と焦りながら手に取る。電話からは、柔らかい、けれども無機質な男性の声がした。
「○○さんで間違いないでしょうか?」
美奈は、そうだ、と伝えた。
「いやァ、ようやく繋がった。貴女は私が電話を掛けた23人目の人であり、そして初めて電話に応じてくれた人だ。感謝します。」
本題が見えてこない。これでは、はぁと相槌を打つしかない。家の外では、犬が数度吠えた。風が窓をたたいている。
「実は、頼みたいことがあるんです。ある場所に行ってほしい。そこは山奥で、コンビニなんてものは歩いて3時間かかる場所にしかない。あァ、なんて辺鄙何だろう。だれが、あんな場所に家を建てたんだ。クソッ。だから、車で行くのがいいでしょう。あ、タクシーはだめだ。運転手がいるからね。なるべく、いや、必ず行き先を人に教えてはならない。じゃァ、住所を言いましょう。」
美奈は、ちょっと待ってくれ、と男の口撃を止めた。犬も、吠えるのを止めた。
「あなたは一体、誰なんです。そして、なぜその場所に行かないといけないんですか。まだあります。なぜ私なんですか。全然、わかりません。」
男は、柔らかく無機質な声で続けた。犬は、吠えなかった。
「困ったなァ。私は、、、そうだな、私は使いだ。夜の使いだ。そして、理由は、ベタになるが、行けばわかる。なぜあなたなのかも、ついでにわかるでしょう。だから、私からは一切説明しません。それは野暮だ。お嬢さん、物事には順序というものがある。これは、守らないとね。」
相変わらず、要領を得ない回答である。美奈は何も理解できなかった。しかし、それに反して、美奈の心は高揚していた。彼女にとって、夜の使いと名乗る謎の男の依頼は、願ってもない依頼なのである。数日前に仕事をやめた。ある程度の貯金がある。何をしようか、と途方に暮れて、昨晩は寝酒をキめた。そして、今朝起きたら、非現実が声を持って彼女に電話をかけていたのである。机の正面にある時計を見た。時刻は、正午を少しだけ回ったぐらいである。電話をミュートとスピーカーにし、机の上に再び置いた。庭に出て、先ほどの犬を確認しに行く。犬は、居なかった。すでに、飼い主と一緒に家路を急いだのだろう。風がぴたりと止んだ。
「○○さーん?」
夜の使いが呼んでいる。美奈は決心して、電話のミュートを切った。
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