第26話 まくひき


 「いやや……」


 シルシルは尻餅をついて後退りした。

 ゾンビの腕が振り下ろされ、シルシルは頭を覆った。


 ギャンッッ!!



 ……ボトッ。


 するどい切断音がして、ゾンビの呻き声がとまった。


 「大丈夫っすか?」


 龍俊の声でシルシルが目をあけると、目の前には無数のゾンビの腕が切り落とされていた。


 「あ、あんた。何した?」


 龍俊は息を切らしながら言った。


 「そ、そんなことは良いっすから、あいつらをどうにかしてくれっす。拙者、動悸息切れで死にそうでござる」


 疲労困憊な龍俊の顔を見ると、シルシルの瞳に輝きが戻った。口元も綻んでいる。


 「あははっ。そんなことできんのに、ふつう自然死せんやろ。へんな人や。そやな。うちがなんとかする」


 シルシルはパンパンと誇りを払って立ち上がると、左手を前に出した。指先には黒い霧のようなものが集まっている。シルシルの瞳が紫の光を帯びた。


 「……ね」


 すると、ゾンビ達は完全に動きを止め、くるりと回ると、出て来た穴に戻って行った。


 シルシルはクマを抱きしめると、言った。


 「さっきはありがと。あの、ウチお金もってないし、お礼に何かお願い一つだけ聞いたるで」

 

 龍俊はニヤニヤした。


 「卑猥なお願いでもいいっすか?」


 「それはあかん」


 「じゃあ、拙者の(性的)専属メイドになるっす。そのかわり、シルシルたんが泣かなくていいように、ずっと守るっす」


 シルシルは俯いてしばらく考えると、口を尖らせた。


 「……ええよ。その代わり、寂しいのイヤやから、毎日一緒に寝て欲し……」


 シルシルが言葉を終える前に、龍俊が言葉を被せた。


 「……なぁんて。シルシルたんみたいなキャピキャピな子が、拙者なんかといたらダメっす。シルシルたんは、お似合いのイケメンを見つけるっす。森の出口まで案内してくれれば十分っすよ。からかって、許してチョンマゲっす」


 シルシルは、少しだけ寂しそうな顔をすると、クマをギュッと抱きしめた。


 「……分かった」




 一行は、来た道を再び戻ることにした。


 既に辺り薄暗く、本当ならシルシルの家で朝を待つべきなのだが、メルファスが強い要望で、強行軍で帰ることになったのだ。


 夜は獣は活発になるらしく、狼の遠吠えが聞こえている。


 龍俊はメルファスの背中をつついた。


 「ひっ、や、やめてよ」


 メルファスは大袈裟にビクッとなった。


 「メルたん、女神のくせにお化けが怖いとか、ヘタレっすよ。本当はシルシルたんの家で泊まる予定だったのに、メルたんが駄々をこねるからこんなことになったっす」


 「だって仕方ないじゃない。あんなゾンビ屋敷で泊まるとか無理すぎ」


 「拙者の邪魔をするからそうなるっす。シルシルたんを弄んで絶好調だったのに、台無しっす!!」


 「アンタが、変態痴漢オヤジみたいなことしてるからいけないんでしょ」


 「オヤジがオヤジくさいことしてなにが悪いっすか!! 無理して若ぶるより良いっす!! それに、シルシルたんだって、別に嫌がってなかったっす。ね? シルシルたん」


 シルシルは、真っ赤になると、クマのぬいぐるみをギュッと抱きしめた。


 「このあかんたれ……」


 龍俊は首を傾げた。


 「拙者、生まれた育ちも関東ゆえ、あかんたれの意味わからないっす。メルたんわかるっすか?」


 メルファスは腕を組んだ。


 「それはね、このデブ。きもっ、しね ハゲって言ってるの」


 「シルシルたん、ひどいっす!! それにしても、あかんたれの5文字に、色とりどりな誹謗中傷の意味がぶち込まれてるっすね!!」


 シルシルは照れくさそうにしている。


 龍俊は言った。


 「シルシルたん、なんか照れてるっすか?」


 「照れてへんし!! あほ!! こっち見んな!!」


 「うーん、やはり、メルたんの翻訳の通りっぽいっすね」



【おまけイラスト】

https://kakuyomu.jp/users/omochi1111/news/16818093093738955167


※25話でリンクしてたのと同じものです。

 色を塗りました。


 

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