第25話 対決。


 バタンッ。


 勢いよく、応接室のドアが開いた。


 シルシルだった。

 

 「あんたたちっ!! お母さんに何したのっ!!」


 龍俊は鼻の穴を広げて言った。


 「お母さん? あんなのただの死体っす。あんなのと一緒に暮らしてて楽しかったっすか?」


 シルシルは両手をギュッと握ると、涙目になって言った。


 「あんなのとかいうなっ。わたしのお母さんなんだっ!! お前ら、許さない。何度も何度も殺して後悔させてやるっ」


 シルシルは左手を上げると、詠唱を開始した。左手に闇が収束する。


 「……われ、冥府の使徒。われ、冥界の闇。死出の門をくぐり、獄炎の旅路は、繰り返す。右へ右へ。左へ左へ。ぐるりとまわりて在るべき処へ。……顕現せよ。わがともがらよ。ヴィヴィッド•ネクロマンシー」


 詠唱の完成と同時に、床がぼこぼこと盛り上がり、無数のむくろが這い出て来た。


 メルファスは涙目だ。


 「ひいいっ。し、死体がっ。いっぱい出て来たわよ。ぐっ。すごい匂い……」


 龍俊は言った。


 「シルシルたんは、自分がしてることが正しいと思うっすか?」 


 シルシルは声を荒げた。


 「そ、そんなのあんたには関係ないじゃない。それに、わたしが生まれ持ったのはコレなんだもん。気持ち悪いスキルでも、付き合っていくしかないでしょ!!」


 「そういうことじゃないっす。死体に囲まれて好きに操って毎日過ごして、イヤなことも喧嘩もない平穏な毎日。……それでシルシルたんは、本当に幸せな気持ちになるのかって聞いてるっす」


 シルシルは目を閉じ、拳をギュッと握った。


 「うるさい、うるさいっ。そのへらず口、聞けないようにしてやるっ」


 龍俊はため息をついた。


 「……彩葉いろはたん。彩葉たんは話せる短剣だし、剣技もオートモードとかあるっすか? 拙者のかわりに、かっこよく立ち回って欲しいっす」


 剣の彩葉は答える。


 「そんなものはない。自分で戦え」


 「あひょ。相変わらずのスパルタっすね」



 

 ……1分後。


 龍俊はテーブルの陰に隠れていた。

 頭を抱えてうずくまっている。恐怖のあまり、尻からは屁が垂れ流されていた。


 「や、やっぱー、拙者には無理っす。あ、あのゾンビ卑怯っす。拙者になにか高レベルの精神干渉系のスキルをかけたっす。おかげで畏怖で立てないっす〜」


 彩葉はより一層、抑揚のない口調で答えた。


 「ゾンビはそんなスキルは使えない。龍俊の精神は、いまはナチュラルな無風状態だ」


 「ひいっ。や、やっぱり拙者には無理だったっす。メルたん、女神の唄でなんとかしてくれっす」


 メルファスも太ももに力が入らず、地面にへたり込んでいる。その周りには5体のゾンビがうごめいていた。


 「そ、そそそ、そんなの無理っ。詠唱している間に、こいつらに食い殺されちゃう……」


 「使えない女神っすね。かくなる上は……。シルシルたんっ。これを見るっす」


 龍俊の腕には、さっきまでシルシルが持っていたクマのぬいぐるみが抱えられていた。


 「ひょほほ。拙者、遠隔接触で、ぬいぐるみくらいなら持ち上げられるみたいっす。シルシルたん、詠唱するためにぬいぐるみを地面に置いたのが失敗っす。このぬいぐるみがどうなってもいいっすか?」


 シルシルは動きを止めた。


 「や、やめろっ。やめてください……」


 龍俊は思った。


 (あの動揺の仕方。やはり……)


 龍俊はクマのぬいぐるみの片手を上げると、クマを演じるように声色を変えて話した。


 「シ、シルシルちゃん。ま、ママを助けてっ」


 シルシルは目尻に涙をたくさんためている。


 「いやや。いややぁ。そんなんやめぇや」


 龍俊はほくそ笑んだ。

 やはりこのぬいぐるみは、シルシルにとって特別なものらしい。


 「ビンゴっすね。シルシルたん、このぬいぐるみを渡すので、無抵抗でこっちに来るっす」


 シルシルはゾンビの動きをとめて、言われるままにした。


 龍俊は、シルシルが目の前まで来るとクマのぬいぐるみを持ち上げた。


 「ほれ。返すっすよ」


 そして、ぬいぐるみをポイっと空に投げた。


 「ちょ、なにすんねん!!」


 シルシルはぬいぐるみを掴もうと必死に飛び跳ねた。



 「ひゃんっ」


 ぬいぐるみに手が届く前に、シルシルの声が響いた。


 龍俊は背後に回り込むと、思いっきりシルシルの胸を鷲掴みにしたのだ。


 「捕まえたっす」


 シルシルは真っ赤になった。


 「ち、ちょっと。乳首に触らんといて!! それに、なんや直に触られてる気するんやけど。よれより、ママのクマちゃん」


 クマのぬいぐるみは、ふわりと地面に座った。


 「ひょほほほ。拙者のスキルでござる。さらにこんなこともできるでござるよ」


 龍俊は指を動かし、乳首を摘んで弾くようにした。


 「乳首……んっ。ん。ん。……アン。あの、そろそろしやんといて」


 「ひょほほほ。このスキルさいこーっす。拙者、気づいたでござる。遠隔接触は距離によって力がかわるっ。ゼロ距離なら腕力とかわらないっす。さらには……」


 「キャッ」


 シルシルの両足が勢いよく開かれた。


 「両腕が塞がってても使えるでござるっ。第3の腕でござる」


 シルシルはバタバタもがいている。


 「へんな感触が膝の方から上がってくるんやけど。それになんや太もものあたりヌルヌルしてるし。って、ひぃ、そ、それ以上はあかん!!」


 「ひょほほ。もう少しで大切なところに到着するっす。シルシルたん、アソコを男に触られたことあるっすか?」


 「あるわけないし……。いやや。ママぁ。うちお嫁にいけなくなってまう……」


 シルシルは泣き出してしまった。


 「ひょほほ。たまらんでござる。もっと泣き喚くでござる!!」


 すると、背後からザザザと足音がして、龍俊は吹っ飛んだ。


 「いい加減にしろっ!!」


 メルファスに蹴飛ばされたらしい。

 龍俊は己の首筋を撫でながら起き上がった。


 「良いところだったのに、なにするっすか!!」


 「何が良いところなのよ。この変態勇者!! シルシルより、むしろお前が討伐されろっ」


 「拙者、そもそも勇者じゃないし、何しても自由でござるよ!! アイム•フリーダム。それよりも、邪魔するなでござるっ!!」


 「いくらなんでもやりすぎ。見損なっ……。龍俊っ、あっ、あれ……」


 そこまで言いかけると、メルファスは言葉をとめた。何かを指さしている。


 それは蠢きながら、こちらを目指してくるゾンビたちの群だった。


 龍俊は叫んだ。


 「シルシルたんっ。ゾンビをとめるっす」


 「あかん。みんな言うこと聞きひん……って、ひ、ひぃ」


 ゾンビの一体がシルシルに右腕を振り上げていた。その指先には鋭い爪が光っていた。


 


 

 


 

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