2. お近いお二人

 天王洲ミナモと大崎港。

 二人が幼なじみ同士であることは、入学から一ヶ月ほどしか経っていないにも関わらず、1-Dクラスにおいて周知の事実となっていた。

 なぜなら、授業が始まったその日から――――。


「おい大崎お前、あの女子――――天王洲とどういう関係なんだ?! 初日から二人で登校してたよな?」

「どう言う関係って……幼なじみだよ、ミナモとは」

「名前呼びだと……!?」


 ――――ということがあったり。

 そして昼休みには――――。


「天王洲さん、私たちと学食行こうよ!」

「あ……すまない、今日は港とお弁当の約束をしていて。明日は空いてるから、一緒に行ってもいいか?」

「全然平気だけど……もしかして天王洲さん、大崎くんにお弁当作ってあげてるの!?」

「今だけだ、今だけ。私も興味があってな」

「ええぇ! てことは、二人は付き合ってたり!?」

「いや付き合っては」

「じゃあなんで?」

「なんでって……幼なじみなんだ、港とは」


 ――――という一幕があったり。

 

 距離感が近い男女というのは人目を引くものだが、この二人は初っ端からそれを体現していたわけである。


 そのくせそこに胸焼けするような甘い空気は全くなく、気になって聞けば返ってくるのは「幼なじみだから」という言葉のみ。

 それが数週間も続けば、クラスメイトは皆なんとなく理解するものだ。


 あぁ、これが幼なじみの距離感なんだ――――と。


 ……とはいえ実は付き合っていて、その照れ隠しなのでは? という疑いは誰もが未だに持っていて。

 

 今日も二人で教室に入った途端、ざわっと教室が揺れることになった。


「……オイオイオイオイ! それで幼なじみってだけは無理があんだろ大崎ィ!」

「やだ、とうとう恋人になったの二人とも!?」


 きゃいきゃい飛んできた声に、首を傾げる港とみなも。

 二人で登校はいつものことだし、今日に限ってなぜ……?


「特に変わりないが……どうしたんだ、みんな」

「またまたぁ……手繋ぎ登校でそれはないでしょ!」


 あ、と二人は顔を見合わせる。

 さっき手を繋いで、そのままだった。


 ――――――でも……だからなんだろう……?


「急いでただけでそういうのじゃないよ……ほら、恋人繋ぎじゃないでしょ?」

「掲げて見せても説得力ねぇよ大崎ィ!」


 そうだそうだと叫ぶ男子勢。

 黄色い声を上げる女子勢。

 へあぁ……とミナモがため息をついた、まさにその時。


「――――まぁ二人が言うならそうなんだろ。見ろ、こいつらの気恥ずかしさの欠片もない表情を!」

「……なぎさくん」

戸田とだ、私らは見世物みせものじゃないぞ」


 一人の男子が二人の前に出た。

 黒髪のぼさぼさ頭、身長は港より少し高い。

 ジト目でやれやれと頭を掻く、彼の名前は戸田とだなぎさ。 席が近かったという理由で仲よくなった、港の男友達である。

 

 まぁ確かに――――とクラスが少し落ち着き始め、渚は二人を振り返った。

 すかさず、ミナモが不満げに文句を言う。


「……戸田、言い方ってものがある」

「天王洲さぁ……かばってやったんだから少しは感謝しろ」

「ありがとう渚くん。助かったよ……!」

「おおよ! 港の素直さ、俺は気に入ってんだ。天王洲も見習え」

「それが港のいいところだからな。私も気に入っているんだ」

「他人事にしてんじゃねぇよ!」


 ツッコむ渚に笑みを漏らす港。

 そんな三人の元へ、ちょうど教室に戻ってきた女子二人がすたすたと近付いてきた。

 着替えを終え、どちらも体操服姿。


「相変わらずだねぇ二人ともー」

「おはようなのです」

「おはよ、アメにシズ……おいやめろ」

「撫でやすいんだよねミナの頭――――あっヘアピンしてる! 最近してなかったのに!」

「…………今朝はそういう気分でな」


 金髪ポニテをぶんっと揺らしてミナモを撫でるのは、アメこと東雲しののめあめ

 彼女は長身をいいことに、しょっちゅう友達を撫でまくる。ミナモは本日二人目の犠牲者になった。


「まったくアメは見境がないのですから……しかし手繋ぎとは、朝からいいものが見れました! おれ的今日のハイライトに追加なのです!」


 ちなみに犠牲者一人目はこのシズ――――十条じゅうじょうしずく

 金髪長身の雨とは対照的な、低身長で黒髪ロング。おれ、という女子高生にしては珍しい一人称も相まって、たまに小学生と間違えられるほど。

 しかし頭脳は大人な、クラスでは成績優秀で通っている女子である。

 

「手……確かにお前ら、いつまで手ぇ繋いでんだ」

「――――そういやそうだった」

「忘れてたね」


 渚にツッコまれ、するりと手を離す二人。

 はぁやれやれ、と渚はため息をつきかけて……。


「………………十条。なぜ俺を睨んでいるんだ」

「………………なんでもないです。――――ちっ」

「お、お前今舌打ちしたよな!? お前そんなキャラだったか!? 一人称だけだろ!?」

「なんでもない、のです!」


 ふんっとそっぽを向く雫。

 なあどういうことだよ、と港を振り返った渚だったが、港もよくわからないので首を傾げただけだった。


「――――てかミナ、着替えなきゃじゃん。時間大丈夫そ?」

「――――しまった、すっかり抜けてた」


 ミナモが慌てて時計を見上げたその瞬間、ちょうどチャイムが鳴り始める。

 あちゃーHR終わったら急いで着替えなきゃだねぇ――――と苦笑する雨に、うへあ……と魂が抜けた表情を返したミナモであった。

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