蛍side②

第30話




「これ誰の茶碗?」



日に焼けて骨ばった大きな手が、戸棚の中にある私と色違いの茶碗に触れた。ぐるっとこっちを振り返って私の目を見つめた兄は、少し不審そうな顔をしていた。少し笑う。想像しているであろうやましいことなんか、何一つなかった。



「お兄ちゃん、いきなり来てまずそれ?」


「いやだってこれは気になるだろ」



まずそこに目がいくことにびっくりだよ。

相変わらず細かいところによく気がつく人だなあ。



「眞夏の」


「……は?まなつって」


「春名さんの弟だよ」


「やっぱそのまなつ?なに、なんでお前んとこ来てんの?」



自分の嫁の弟の動向なんかやっぱり、気にしていなかったらしい。それもそうか。普通なら親のところで大人しく過ごしてると思うよね。



お兄ちゃんと春名さんは、結婚してすぐに二人で暮らし始めた。二年前に結婚したとき、お兄ちゃんと付き合って何年か経っていた春名さんは妊娠していた。


春名さんの家にはアルコール中毒で酔うと手がつけられなくなるほど暴れる父親がいたため、妊娠中の春名さんを案じてお兄ちゃんが自分の家に春名さんを呼んだのだ。


私は新婚夫婦の邪魔をする気もさらさらなかったので、ちょうど大学に上がる年というのもあり、わざと少し離れた大学を受験し、一人暮らしという体をとった。



つまり、眞夏は姉の春名さんが結婚したときからずっと、アルコール中毒の父親と二人で暮らしていたのだ。

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