第3話 国王陛下からのお願い
「やぁ、急に呼び出してすまない」
マーガの導きで再び登城したイルとガヴィの二人は、エヴァンクール国王の執務室ではなく私室に通された。砕けた様子の国王に、緊急性は無さそうだとイルとガヴィは顔を見合わせる。
柔らかく日の当たる応接椅子に二人を促すと、香りのいい蜂蜜色の紅茶がカップに注がれてから国王は話しだした。
「ガヴィは会ったことはないが、ノールフォールの北、クリュスランツェに私の実姉が嫁いでいることは知っているかな?」
ガヴィは知識としては、と答え、イルもこくりと頷いた。
クリュスランツェと言えば、ノールフォールの森のさらに北、峠を越えた先にある氷の国と言われている隣国だ。昨年そのクリュスランツェから第三王子であるヒューバート王子が留学に来たことは記憶に新しい。
(陛下のお姉さん……という事はヒューのお母さんってことだよね)
クリュスランツェの第三王子ヒューバートは、あまり癖のない青味がかった黒髪に瞳は深い海のような青色で、アルカーナ王国もイルのやヒューバート王子のように黒髪が多いのだが、日に当たると少し青く透けるような不思議な髪色はこの辺りではない色で綺麗だった。穏やかな口調と性格は、ちょっぴりエヴァンクール国王にも似ているかもしれない。イルはヒューバートのお母さんも国王様に似ているのかな? と思った。
「……実はその姉がね、どうやら先日出産したらしいんだ」
「「えっ?」」
イルとガヴィは同時に声を上げた。
「赤ちゃんが生まれたってことですか!?」
手を顔の前で合わせてイルがワクワクと聞く。国王はニッコリと微笑んだ。
隣で小さくガヴィが「第三王子と何歳差だよ……」と呟く。顔を引き攣らせるガヴィをよそに、国王は笑顔のまま話を続ける。
「そう。第四王子になる男児が誕生したそうだよ。母子ともに健康だそうだ。それでね、出産のお祝いに何か贈ろうと思うんだが……その使者を君たち二人に任せたいと思っている」
クリュスランツェに行くにはノールフォールが一番近いし、国王の代名で行くのならあまり位の低い者が行くわけにも行かない。その点からしてもイルとガヴィは最適であった。
「婚前旅行というわけではないけれどね、君たちも少し羽根を伸ばしてくるといい」
そう言ってエヴァンクール国王は自分の紅茶に砂糖を三つ入れてかき混ぜた。
***** *****
「えー! 赤ちゃん楽しみだね!!」
可愛いんだろうなぁ! とホクホクと話すイルをよそに、ガヴィは面倒くさそうに頭をかいた。
「……クリュスランツェの国王って確か五十過ぎだろ? なんつーか、お盛んなこって……」
身も蓋もないあけすけな物言いのガヴィにイルが頬を膨らませる。
「……ガヴィってなんでそんな言い方しかできないのよっ!」
べえっと下を出して顔をしかめたイルにガヴィはどこ吹く風だ。
「だってよ、あの国すでに王子が三人もいるんだぜ? たしか王女も一人いたような……世継ぎは一人でいいんだから、増えれば増えた分王位争いで揉めるだけじゃねぇか」
俺なら我が子にはそんな修羅の道を歩ませたかぁねえけどな、と溢したガヴィにイルは意外に思った。
「……ガヴィでもそんな事考えるんだ」
「でもってなんだよ、でもって」
眉を寄せて文句を言うガヴィの横顔を見つめる。
(そっかぁ……、「可愛い子には旅をさせろだろ!」とかいうタイプかと思ったけど、そうじゃないんだ)
ガヴィも子どもの頃は苦労したと聞いたから、自分の子どもには苦労はさせたくないんだな、と思い至る。しかも、ガヴィがちゃんと子どもを持った時の将来像を持っていることが意外だった。
(子どもかぁ……ガヴィの子どもってどんな感じなんだろ。やっぱり赤毛?)
頭の中にガヴィをそのまま小さくして、舌っ足らずに悪態をついている子どもの姿が想像できてしまって小さく笑う。
女の子だったらどうなんだろう? ガヴィも娘だったら口調が優しくなるのかな。そんな事を想像していてはたと我に返った。
ガヴィが父親になる、という事は母親になる相手がいる、ということだ。
そして今、自分たちは婚約関係にある。
「――――っ」
急に黙って顔を赤くしたイルに、ガヴィは人の悪い顔をした。
「……なにを想像したんだよ? す・け・べ♡」
「~~~~~~っ!! 誰が助平よ!!」
バシッと殴ろうとしたイルの手をヒラリと避けてハハハと笑うと「お前、どうやって子どもが出来るとか、ちゃんと解ってんのかよ」と茶化す。
イルは「知ってるし!!」と思わず答え、墓穴をほって顔を余計に赤くした。
ガヴィは一瞬真顔になると「……集団生活してた餓鬼はマセてんねぇ……」耳年増な餓鬼だな、と失礼なことを言いまくって今度はバシバシとイルに本気で殴られた。
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