第2話 師との約束

「君!私と一緒に最強のパーティーを作らないか!」


 その声に、少年は少し呆れたように眉をひそめた。目の前の少女――自分を「勇者の弟子」を探していると話していた彼女が、突拍子もない提案をしてきたのだ。


(……困ったな。名前も知らない、どこの誰かも分からない人から、いきなり旅に出ようなんて誘われるとは思わなかった。)


 少年は無言で解体作業に戻りながら、ちらりと少女を横目で見る。その真剣な眼差しに、少しだけ戸惑いを覚えたが、それ以上に修行を中断させられたことが面倒に感じていた。


(修行も邪魔されるし、なんだかめんどくさい人だな……。でも、このまま放っておいたら、たぶんしつこく突っかかってくるだろうな。)


 そう考えた少年は、ひとまず目の前の状況を切り抜けることを優先することにした。


 解体作業を終えると、少年は木剣を地面に突き立て、少女を見据える。そして、軽く肩をすくめながら口を開いた。


「……とりあえずさ、名前からゆっくり聞こうか。」


 その言葉に、イリスは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに頬を緩めて嬉しそうにうなずく。


「そうだね!ごめん、急に誘っちゃって。私はイリス!冒険者よ。」


「イリス、ね。俺はノア。この村で修行してるだけの農民。」


 そう言いながら、ノアは解体した魔獣の素材を手際よくまとめ終えると、小屋のほうへと歩き出した。そして、振り返って少女を手招きする。


「まあ、せっかくだし、中で少し話そう。どうせ、話を聞かないと帰らなそうだしな。」


 イリスはその言葉に少し恥ずかしくなったが、ノアが自分を小屋に招き入れようとしていることに気づくと、表情を明るくして彼の後を追った。


「ありがとう、ノア!お邪魔するね。」


 二人は小屋の中へと入る。ノアが魔獣の素材を所定の場所に片付ける間、イリスは目の前に広がる小屋の内部に興味津々で目を輝かせた。簡素ながらも整理整頓された空間に、武器の材料や修行の道具が整然と並んでいる。


(やっぱりこの子、普通の村人じゃない。ここまでの環境を一人で整えてるなんて……!)


 イリスは小屋の雰囲気を観察しながら、ノアとの会話の糸口を探していた。そんな彼女に気づきながらも、ノアはわざと知らないふりをして黙々と作業を続けるのだった。


(さて、どう切り出してくるのかな。正直、こんな騒がしい人に巻き込まれるのは勘弁だけど……。)


 ノアは内心の警戒を隠しながらも、目の前の少女が持つ目的にほんの少しだけ興味を覚えていた。小屋の片隅から水差しを手に取り、イリスに差し出した。


「まあ、喉も渇いただろ。飲みながら詳しく話してくれないか?」


 イリスは礼を言いながら水を受け取り、ゴクリと一口飲む。そして、真剣な表情で語り始めた。


「今、人類は魔王によって本当に危機的な状況にあるわ。町や村が次々と襲われて、逃げ場を失った人たちが増えているの。私ね、子供のころからずっと勇者に憧れていたの。」


 彼女の声は真剣そのもので、その瞳には燃えるような情熱が宿っていた。


「あの伝説の勇者みたいに、魔王に打ち勝って国を救う。そして歴史に名を残す――そんなパーティーを作りたいって、ずっと夢見てきたの。」


 言葉に力を込めながら、イリスは拳を握りしめた。


「私は、ただ憧れているだけで終わらせたくないの。このまま誰かに全責任を任せて守られる存在にとどまっていいはずがないって思ったから、こうして動き始めたの。自分で仲間を探して、自分で道を切り拓いて、必ず魔王を倒すための最強のパーティーを作るって決めたのよ。」


 その決意に満ちた言葉に、ノアは静かに耳を傾けていた。彼女の語る理想や夢は、大きくてまっすぐで、どこか無謀にも思えたが、だからこそその純粋さに心を揺さぶられるものがあった。


「なるほどな。だから最強のパーティーを集めるために、わざわざここまで来たってわけか。」


「そうなの!君のその剣の動きを見た瞬間、仲間として一緒に戦いたいと思ったの。」


 イリスの言葉に、ノアは腕を組んで考え込んだ。彼は彼女の真剣な態度を見て、冷やかすような気持ちにはなれなかったが、それでも心の中には複雑な思いが渦巻いていた。


(……勇者か。まあ、みんな憧れるよな。この村でも、子供たちが勇者ごっこをやって遊んでるしな。)


 彼はイリスの話を聞きながら、ふと自分の幼少期を思い出していた。そして、目の前の少女の情熱が、子供の頃の自分の夢にどこか重なる気がして、少しだけ感傷的になる。


 やがて、イリスはノアに問いかけた。


「でもノア。君は、なんでそんな実力がありながらこの村に留まっているの?その力があれば、もっといい暮らしや名誉が手に入るはずじゃない?」


 その言葉に、ノアはまた考え込むような顔をした。そして、観念したように小さく息を吐きながら答える。


「そういえば……確かにそうだな。でも、俺には師匠との約束があったからな。それを果たすために、まだ実力が足りないと思ったからここにいた。」


「師匠との約束?」


 イリスが首をかしげると、ノアは少しだけ微笑んで続けた。


「そうだ。次合うときはあの時の師匠を倒せるぐらい成長すること。それが俺に課された目標だった。師匠は、俺にとっての山みたいな存在で、何をやってもかなわなかった。剣技だけじゃない、動き、体の使い方、考え方……全部が圧倒的だった。でも、そんな師匠は最後の日こう言ったんだ。『俺みたいに強くなったら探しに来い、また修行つけてやる』って。それを果たすために、ずっと師匠の言葉通り修行を重ねてきた。」


 彼は一瞬遠くを見るような目をしたが、すぐにイリスに視線を戻して付け加える。


「でも、この機会はちょうどいいかもしれない。今ならまだあの時の師匠には届かない者の師匠に遭っても恥ずかしくないレベルにまでは成長した。」


「じゃあ……!」


 イリスが期待に目を輝かせたその瞬間、ノアは指を一本立てて、彼女を制した。


「でも、その前にだ。」


「え……?」


 ノアは真剣な顔に戻り、イリスを見つめた。


「本気でパーティーを作る気があるなら、まずお前の覚悟を見せてもらわないと話にならない。」


 ノアの目が鋭く光り、まるで相手の心の奥底まで見透かそうとするようだった。声は低く抑えられていたが、その分、どこか挑発的な響きを帯びていた。


「俺にイリスがついてこれるに値するのか、確かめさせてもらうぞ。」


 言葉の端々に隠しきれない闘志が垣間見え、その態度はイリスにさらなる緊張感を与えた。


 その挑戦的な言葉に、イリスの表情は一瞬驚きに変わったが、すぐに自信に満ちた笑顔を浮かべた。


「ずいぶん挑発的ね。望むところよ!ノアが納得するまで、私の全力を見せてあげる!そして君と一緒に旅に出る!」


 その言葉には、彼女のこれまでの経験がにじんでいた。幼い頃、勇者の物語に心をときめかせ、訓練を始めた日々。何度も挫折し、傷つきながらも、諦めなかった自分。そして今、目の前のノアに認めてもらうことで、また一歩夢に近づけるという確信――すべてが込められていた。


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