ぺんちゃん

@kacyu

ぺんぎんのぺんちゃん

朝、目を覚ますと部屋のドアの向こう側から何か声が聞こえた。


「早く起きるだっぺんよ」


まだ眠い目を指でこすりながら、布団から出た僕は冬の朝の冷たいドアノブを握りドアを開けた。


「ようやく起きただっぺんか」


僕は驚愕した。

だっぺんという喋り口調に驚いたのかだって?


いいや違う。


そもそもこの部屋で僕は一人暮らしをしているため僕に話しかけてくるような人間はいない。

僕の目の前に広がっていたのは、本来しゃべることのないものが声を発しているという光景だった。


そう目の前にいるのはただのぺんぎんのぬいぐるみだ。


このペンギンのぬいぐるみは昔、千葉県の鴨川市に旅行に行ったときに鴨川シーワールドでお土産として買ったものだ。

とてもかわいいぬいぐるみで愛着が湧いていたので、ペットのような気持ちで「ぺんちゃん」という名前を付けて話しかけたりしていた。

そもそも、ぺんちゃんはリビングのソファにいつも置いていたのに、なぜ僕の部屋のドアの前にいるんだろう。


「なに、ぼーっとしてるだっぺんか」


僕は気づいたら一点を見つめて固まってしまっていたらしく、目の前のペンギンのぬいぐるみにまた話しかけられた。


「えーっと、もしかして今声を発してるのはあなたですか?」


「そうだっぺん。ていうかあなたってなんだっぺん。僕にはぺんちゃんという立派な名前があるだっぺん」


「ゆうたがつけた名前なのに忘れただっぺんか?」


なぜだか目の前のぬいぐるみは少し怒っていた。


「いや、自分が付けた名前なのはわかってるが、そんなことよりも目の前のぺんぎんのぬいぐるみが声を発していることに驚いていて…、そりゃついよそよそしくなって、あなたって言っちゃうでしょ!」


つい僕も少し感情的になった。


すると少し呆れたようにぺんちゃんは言った。


「そんなことで驚いてるだっぺんか? 今時ぬいぐるみも普通に話すことはあるだっぺんよ。常識だっぺん。」


「そっか。今はぬいぐるみもふつーにしゃべるよね。ごめんごめん。僕が間違ってたよ…」


「……」


「いや、しゃべらねえよ! 時代がいくら進んだってぬいぐるみがしゃべることはねえよ! 冷蔵庫が急に人格持ってしゃべりだすくらいありえねえよ!」


するとぺんちゃんはまた少しあきれたように言った。


「何言ってるだっぺんか…、冷蔵庫が人格を持って話し始めるわけ無いだっぺんよ。」


「だから僕はそれを言ってるんだよ! それと同じくらい、いやそれ以上のあり得ないことが目の前で起こってるんだよ!!!」


と…僕が熱くなっているとぺんちゃんはハッと表情を変えて話し始めた。


「そういえばゆうたはいつも休日は家で一人でいるけど、友達はいないだっぺんか?」


急に話を変えたぺんちゃんだったが、寝起きで頭が回らない僕はぬいぐるみが話していることを一旦受け入れて質問に答えた。


「僕は人と関わることが苦手なんだよ…。だから友達なんていないよ。」


そう僕は人と関わることが極端に苦手な人間だ。

平日はエンジニアの仕事があるため外出するが、休日は基本的には一人で家で過ごしている。


「それはよくないだっぺん。人間というのは人と関わることで成長する生き物だっぺん。そんなことしてたらゆうたの人生がもったいないだっぺんよ。」


と…ぺんちゃんはもっともらしいことを言った。


なぜ、ぺんぎんのぬいぐるみにそんなことを言われないといけないのかわからなかったが、言っている言葉は胸にグサッと刺さった。

しかし、自信のない僕は口を開いた。


「そんなことを言われても無理だよ。人と関わることは苦手なんだから、無理して苦手なことをする方が良くないよ。」


と…僕ももっともらしいことを言った。


「そんなことないだっぺん!苦手なら苦手なりの頑張り方があるだっぺん!別に話の上手い人の真似をしろと言ってるわけではないだっぺん!ゆうたにはゆうたの話し方があって、それを変える必要はないだっぺん!」


なぜ、目の前のぬいぐるみがこんなにも僕のことで熱くなっているのかわからないが僕は黙って話を聞いた。


「人は人と接することで、たくさんのチャンスをもらったり、成長するきっかけをもらえるだっぺん。それを放棄するのはもったいないだっぺん。」


「別に、話がたどたどしくても良いからゆうたにはもう少し人とコミュニケーションを取ってほしいだっぺん。」


話が一旦終わったようなので、僕は口を開いた。


「なんで、ぺんちゃんはそんなに僕のことを心配するの?」


するとぺんちゃんもすぐに答えた。


「なんでって、ゆうたがあの日、鴨川の水族館で僕を選んでくれたからだっぺん。だから僕はゆうたのためになることをしたいだっぺん。僕たちは友達だっぺん!」


話を聞いても、なぜそれでそこまでの思いになるのかわからなかったが、ぺんちゃんの気持ちは少しうれしかった。


「ということで、さっそく女の子をナンパしに行くだっぺん!」


「……は?」


――――

「次回」

ゆうたは本当に女の子をナンパしに行くのか!?

こうご期待!

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