第10話 最後のエネルギー

 大和は暗い部屋の中でバッテリーパックを握りしめていた。その冷たい金属の感触が、彼に無数の感情を呼び起こす。絶望、怒り、そしてわずかな希望。


 「もう終わりにしよう……これ以上、誰かを傷つけたくない……」


 彼は低く呟いた。その声は震え、喉の奥からかすかな嗚咽が漏れた。


 パックの破壊。それが自分の解放であり、周囲の人々を救う唯一の方法だと確信していた。しかし、問題はその方法だった。パックはただの装置ではない。それは彼の体内に根を張り、生命と深く結びついている。




 最初に気づいたのは、腕の違和感だった。パックを握る右手が離れなくなっていた。無理に引き剥がそうとすると、激痛が走る。


 「なんだこれ……」


 大和は恐る恐るシャツを脱いだ。そして目の当たりにしたのは、腕から胸にかけて広がる不気味な黒い模様。まるで根が体中に張り巡らされたようだった。


 「……嘘だろ……」


 その模様は脈打つように微かに動いていた。そして、模様の中心であるパックは、まるで心臓のように規則的な鼓動を刻んでいる。


 彼は恐怖に震えた。




 「これが俺の一部になったというのか……」


 パックを使うたびに見えた幻覚、不気味な影、そして他人への影響。それらの全てがこの瞬間に繋がった。大和は理解した。パックは単なる道具ではなく、自分のエネルギーを食らいながら周囲の人々からも吸い取っている。


 「なら……俺自身を壊すしかない。」


 大和は深く息を吸い込んだ。覚悟を決め、工事現場で拾った大きな金槌を手に取る。そして、パックに狙いを定めた。




 金槌を振り上げたその瞬間、頭の中に声が響いた。


 「止めろ!」


 それは自分の声ではなかった。低く、不気味で、耳を裂くような声。


 「破壊すれば、お前も消える。」


 その言葉に、大和は一瞬動きを止めた。だが、すぐに振り切るように叫んだ。


 「それでいい!俺がいなくなれば、みんな救われるんだ!」


 金槌を振り下ろした。


 衝撃音が響き、金槌がパックに直撃した瞬間、彼の体に電撃のような痛みが走った。


 「うぁぁぁあ!」


 叫び声と共に、大和は床に倒れ込んだ。痛みは全身を駆け巡り、息ができないほどだった。




 気を失う寸前、彼は意識の中で自分と対峙していた。いや、自分の形をした何か——黒い影だった。


 「お前は本当に愚かだな。」


 影は冷たく笑った。


 「パックを壊せば、この体も終わる。それでも構わないと?」


 「そうだ……俺はもう十分だ。」


 影は嘲笑を深める。


 「だが、それでは何も変わらない。お前が消えても、新しい依存者が現れるだけだ。」


 「……なんだと?」


 「俺たちは循環するだけだ。この絶望を受け入れない限り、お前も世界も変わらない。」


 その言葉に、大和の心が揺れた。




 意識を取り戻すと、大和は床に横たわっていた。パックは壊れていなかった。金槌の刃がわずかにパックの表面を傷つけただけだった。


 「くそ……壊れないのか。」


 だが、その瞬間、彼は気づいた。パックの脈動がさらに強くなっていることに。黒い模様が腕から首にまで広がり、鏡に映る自分の顔に影の気配が宿っていた。


 「……終わらないのか、これ。」


 鏡の中の自分が薄く笑う。


 「お前が逃げない限り、まだチャンスはある。」


 その言葉の意味が分からないまま、大和は再び頭を抱えた。




 パックを破壊しようとしたことで、逆にその支配が深まったように感じた。それでも、大和は諦めなかった。


 「俺がこの呪いを断ち切る……」


 だがその声は、どこか空虚に響く。影は彼の背後で不気味な笑みを浮かべ、こう囁いた。


 「果たして、お前にそれができるかな?」


 彼の戦いは終わらない。絶望は静かに、そして確実に広がり続けていく。

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