第2話 転属の、とある事業所 M

 学は前にいた古巣の「とある事業所M」へと転属した。そこには、昔からの仲間達がいた。学は、その中から、ゴウ、イナズマ、コトゲの三名に目をつけた。彼らは、それぞれ異なった性格をしていたが、共通していたのは、心の内が冷たく固く、外部からの刺激に対して明らかに無関心であることだった。


 やがてゴウとコトゲは、定期清掃の担当になり、学はイナズマと組む機会が増えた。しかし、イナズマはいつも怒ってばかりで、その様子を見て学は困惑こんわくしていた。

 イナズマは痩せ気味の男で、背丈はゴウや学よりも低いが、コトゲよりは高い……。この中で最も闘争心が強く、若さゆえのエネルギーを持っていた。


 一方、ゴウは、肉付きの良い、大きな男だが、自分の意志をはっきり示せず、周囲の言うことを何でも聞こうとして問題を抱え込んでしまう。

 

 コトゲに関しては、ひどく壊れていたが、彼の家が裕福ゆうふくであるという安易な理由から、グループの構成員として選んだ。


 その中では、特に、尖がっているイナズマに注目していた。

 なぜなら、かつての自分にも、同じような激しい時期があったからだ。


 イナズマは、周囲を見ながらいつも心の中でこう思っていた。

 「僕の頭の中には『戦う』というコマンドしかない。そして、最終的には『降参』というコマンドが浮かび、それを思わず叩いてしまうんだ。僕は、どうしたらいいんだろう……僕は、分からない……」


 学はそんなイナズマを見て、どうすればよいのか分からなかった。

 ある日、イナズマが、強い口調で「~してください」と唐突とうとつに言った事を問題視して、軽く注意してみた。

 「イナズマ君『~してください』と言う言い方は、良くないですよ。そういう時は『~してくれませんか?』と言った方がいいですよ。」

 

 すると、巡回中の支援員の勝子さんに注意された。

 「貴方は、そういうことをしなくていいの。それをするのは支援員の役目です。」

 学は、その言葉に、少し腹を立てて思った。

 ……勝子さんは、現場の現実を見ていないなぁ……


 イナズマはその様子を見ていたが、支援員の勝子さんが去ると学に話しかけた。

 「別に気にしませんから、悪いところは教えてください。」

 それならば、と学は支援員に気づかれない様に、声掛けの取り組みを続ける事にした。


 確かに、学はイナズマの心の内を知ることはできない。利用者の感情を理解することに関しては、支援員たちの方が優れている。

 しかし、作業を円滑えんかつに進めるためには、適切な言葉や動作を身につける必要があるという切実な問題があった。


 そこで学は、彼ら三名とメール交換こうかんして、彼らの考えを探ることや、自分の考えを説明することに活用しようとした。

 イナズマとコトゲとの交換は上手くいったが、ゴウはかたくなに拒否された。

 そこで早速イナズマとコトゲにメールを送ったが、コトゲからの返信はなかった。最終的にイナズマだけが残り、学はイナズマとの交流を続けることにした。


 そんな学の様子を、女性利用者の練子れんこさんが不思議そうに見ていた。

 彼女は学を見て思った。

 ……暇人ひまじんね。そんなことをしても人は変わらないのに…特にあのイナズマ君なんてねぇ。でも、学って、普通の障碍者とは違う、何か変わった雰囲気が漂っているわね……

 さらに思った。

 ……無精ひげがなければ、いい男なのになぁ……

 何やかんや言いつつも、練子さんは、行動を開始した学に、興味津々の様子だった。




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