第4話 再び青藍に叫ぶ

 文化祭終了のアナウンスとともに学校を飛び出し、江戸川に向かう。

 後夜祭と恒例フォークダンスには参加しない。

 小走りが駆け足になり、堤防のコンクリートを一気に駆け上がる。

 バッグを脇に置き腰かけ、息を整える。

 目をつぶり、『出てきて』と念じる。


 制服のブレザー姿の女子が五人並んだ。


 私たちは申し合わせもなく立ち上がり。

 お疲れ様、完璧ダネ、みんな頑張り増したわ、グッジョブ、あーおわった~とめいめいハイタッチを交わす。


スイ「アイ、お前なあ、ぶっつけでムチャぶりすんなよ!」

アサギ「ほんとほんト。いきなりステージに放り出された時はたまげたヨ」

ルリ「まあ、多少は予想してましたわ」

アオイ「あんなの余裕」

スイ「それ、シナリオ覚えとらんヤツが言うセリフか!?」

 五人は笑い合い、再びコンクリートの段々に腰かけ、空を見上げる。

 陽はだいぶ傾き、空の青さが深い。


 私は、その色をまた好きになってもいいかなと思った。


アサギ「ステージの上のアイの笑顔を見て思ったヨ。アイはもう大丈夫だって」

アオイ「うん、最近あんな表情、見とらんかったもん」

ルリ「これで安心して潜(ひそ)むことができますわね」

スイ「そうだな……少し寂しいがな」


「え……どういうこと?」

 話の流れが何か、少し変だ。


「まあな。さっきのステージで俺たちの出番は終わったってことさ」

「あら、スイ。ずいぶん気障(きざ)なことをおっしゃいますわね」

「最後くらい、カッコつけたって、いいじゃねえか」


「ねえ、みんないったい何言ってるの?」

 この後、私が聞きたくない言葉が待っていると予感した。


「アイ。前に君はボクに代わってくれって言ったけど、それはムリ。君の演技は素晴らしかった。ボクには君の真似はできない。だから、自信を持ってネ」

 そう言ってアサギは私をハグした。


「なあ、アイ。お前の勇気は大したもんだよ。昔は泣き虫ですぐに抱っこ抱っことせがんでたのになあ。ほんっと、大きくなったなあ……いいステージだった……しかし、あれを自分で演(や)る羽目になるとはなあ」

 そのエピソードと、スイの話しぶりに思い当たるものがあった。


「スイ……ひょっとして、あなたは……まさか……お父さん⁉」

「……さあ、な」

 そう言ってニヤリと笑い、彼女は私をハグした。


「アイ。ウチはあんたのことは、なんも心配しとらんかったよ。ほら。この通り自分で元気になっとるし」

アオイは私の両肩に手を置く。その懐かしい感触。

「……まさか、おばあちゃん⁉」

「さて、どうじゃろ」

 アオイはニコッと笑い、私をハグした。


 ルリが私と向き合う。

「ほんとに立派に成長しちゃって。これからも大変なことがたくさんおありでしょうけど、みんながついてますからね。大丈夫、アイちゃんならやれます……でも、くれぐれも無理は禁物ですよ」

「……お母さん、でしょ?」

「ふふ、どうでしょうね」

「ねえ、どこにも行かないで。お母さん!」

 私はルリにしがみつくように抱きつく。

「どこにも行きませんよ。だって、ワタクシたちは、あなたの中に潜(ひそ)んでいるのですから」

 彼女はしばらくそのままにしてくれたが、やがて私の腕をやさしく解いた。


 アサギが空に手を伸ばす。どんなに手を伸ばしても届かない青藍(せいらん)。

 それを真似する、スイ、ルリ、アオイ。


 私も真似をして手を伸ばす。

 何かに届いたような、何かを掴んだような感触があった。


 藍色は、愛の色なんだ。


 それを伝えようと横を向いたら。

 そこにはもう、誰もいなかった。


 その事実を受け入れるのには、たくさん時間がかかると思う。

 いや、正直受け入れられない。 

 でも……受け入れるしかないの?


 手を伸ばしたまま、私は叫ぶ。


 ありがとう、忘れないよ!

    だから、…… 絶対忘れないでね!


 その叫びは、深く透明なブルーに同化していった。


◇ ◇ ◇


 十六畳の和室は、やっぱり広かった。

 一人で食べたり、一人で寝たりするのには広すぎた。


 私は自分の体を抱き。

 そして、自分に言い聞かせる。

 一人だけど、独りじゃないよって。


 スマホの睡眠アプリをタップして布団に潜る。

 その画面だけが暗闇で鈍く光る。


◇ ◇ ◇


コトコト。


トントントントン。

カチャカチャ……


何やら、炊事しているような音。


「おい、アイ、起きろ。朝メシだ。今朝も随分とネボスケだな」


 それが夢でないことを願った。

 目を開けると、仁王立ちでウルフカットのショートヘアの子がニッと笑った。


 この家は、この部屋は、五人でちょうどいい広さだと思う。

 円卓は狭いけど。


 私は布団をめくり、隣の子の体をゆする。


「ねえ、朝ごはんだって、起きよう。アオイ」


「ムニャ?」



(了)

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五つのアイソレーション 舟津 湊 @minatofunazu

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