憶録

ゆか太郎

辞書には無い言葉・前編

あの日は、特別変わった日ではなかったような気がする。特段暑かっただとか、嵐の日だったとか、そういった日ではなかった。いつもと変わらない普通の日。

けれども、あの日の空をやけに青く感じたことはぼんやりと覚えている。そのことを確かめる術は今となってはもうない。どれだけ技術が発達しても、あの日あの場所から見えた空を再現することはできない。


記録は損失や主体性という点で記憶に劣る。しかし記憶は正確さという点で記録に劣る。存在するものをあるがままの姿で外に残すことが記録であるなら、存在するものを感じたように内にとどめておくことが記憶なのだと思う。


では、存在するものを感じたように外に残すことをなんというのだろう。自分の中で適切だと思う言葉を書きだすとすれば、それはきっと「表現」だ。あの時感じた空の青さを、光を、己が感じたように残すことを俺は表現だと思う。

しかし、俺にあの日の空を表現する術はない。あの時の輝きを描くことのできる筆も、心の内を正確に紡ぐ言葉も持ち合わせていない。ただ、うろ覚えの記憶を頭の中で思い出すことしかできない。


あの日の事を思い出しながら瞼を閉じる。

頭の中の思い出を取り出すように、一つずつ記憶に写る風景を眺めていく。

晴れと曇りの間。

カラーパレットにはない空色。

記録と記憶の狭間の日々。

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