番外編
伝説になった彼ら
ヴァイスから見た数年後の二人の話。
Q:ヴァイスって誰?
A:一章に出てきた勇者パーティの魔法使い
******
白く輝く雪原の中に突如として現れる豪雪地帯。年中雪が振り続けているというそこは、確かに魔法の気配はしない。
「なるほど、誰も気付かないわけです」
許可を持たない者が近付けばそのまま雪にまみれ方向感覚を失い、遭難してしまうだろう。
「……ふふ、これは楽しいですね」
しかし吹雪の中に差し入れた手には一切の雪が当たらない。本物の雪をどう操っているかは謎だが、自分が改良したのだと自慢気にのたまった元魔王の彼が言ったことは嘘ではないようだ。
そのままヴァイスは一人、まっすぐに吹雪の中を進んでいった。
ギィ、と重たい扉が軋む。特に連絡をした訳でもないのに開いているという事は、常に鍵が掛かっていないのだろう。許可を受けた者しか入れないとはいえ、いささか無用心だ。
あの男にはそういう所があった。一度懐に受け入れた者への信頼というよりは、これで何か起きるならそれが運命なのだろうというような諦めが。
怒鳴り込んでやろうかとも思ったが、しんと静まりかえった中に入ると自然と静謐な気持ちになり、そんな気も無くなる。
コツコツコツ、と自分の靴音のみが響く。ほとんど発見した時から使い方は変えていないと言うが、あちこちに散らばった紙片もそうなのだろうか。道理でこちらの手紙にも返事を寄越さないはずだとため息を吐く。あの男は届いたことすら気付いていないに違いない。
最上階に近づくにつれ、自然と忍び足になる。覗き込むように顔だけ入れると、意外な事にジャズは起きていた。本棚に掛けた梯子に登ったまま本を読みふけっている。
部屋には大きな天窓から朝日が降り注ぎ、今までの階の薄暗く少し不気味な印象を払拭する程明るかった。白い光に包まれたジャズの端正な横顔に目が奪われる。彼は目付きが悪いが、顔は決して悪くない。
神秘的な光景に見入っていると、ふとジャズが目を上げた。
「なんだ、来てるんなら声掛けろよ」
「……気付かない貴方が悪いんですよ」
答えた声は裏返ってはいなかっただろうか。
この男は、普段は粗野などこにでもいる冒険者のような雰囲気を醸し出している癖に、時折こうして神秘性を覗かせる。その畏怖が我々からこの男を遠ざけているのだと分かっていても、教会で思わず手を合わせてしまうように、仰ぎ見ずにはいられない。
「それで、何の用だ?」
「一ヶ月も手紙を放置しておいて、何の用だは無いでしょう」
梯子を使わずにそのままトン、と軽い音を立てて着地した男は「手紙……?」と呟いて視線を巡らせる。やはり気付いていなかったようだ。
「はぁ、もうこうして足を運んだわけですし、それは良いです。聞きたいことがあっただけですから」
「俺に?」
「他に誰がいると? 貴方、いつになったら表舞台に立つ気なんです」
何のことか分からない、と言うように首をひねるジャズに頭が痛くなる。
「あなたねぇ……。突然現れた預言者の存在に、皆浮足立っているんですよ」
そういう持ち上げられ方が嫌いなジャズは顔をしかめた。知識人というのは魔法使いも入れればそれなりの数居るが、決して多くはない。普通なら誰かが功績を立てれば直ぐに身元が判明するが、預言者の正体は一向に掴めなかった。となれば余計に多くの憶測が飛び交い、噂が流れる。
「別に勇者としてではなく、いち学者として名乗りを上げれば良いでしょう」
「…………」
熟考する彼は目を伏せる。星見の塔へ籠もるようになってから、ジャズは無口になった。一人の時間が長くなったから当然のことかもしれないし、元からそういう性質なだけかもしれない。それでも、その寡黙さが彼の神秘性を高め、我々から彼をより遠ざける。
沈黙に息を潜めると、下の方から扉の開く気配がした。バタバタ、ガサゴソと立てられる盛大な物音が静謐な雰囲気をぶち壊す。そのままタッタッタッと軽快なリズムで階段を登ってきた誰かは、姿を見せる前から声を張り上げた。
「ジャズ! 手紙届いてんじゃん、一体いつから放置してん、の………」
私のだけじゃない紙束を掴んで駆け上がってきた元魔王、ユートが私を見て固まる。
「流石にあれは溜め過ぎじゃないですか?」
「うるせぇ、手紙なんか見てる暇あるか」
悪びれずに言いながらも大人しく手紙を受け取る。呆れてそれを眺めていれば、すすす……とユートが近付いてきた。
「もしかして、待ち切れなくて来ちゃった感じですか?」
「まあ、元々様子を見に来るつもりでしたから。ついでですよ」
肩を竦めれば、ユートが眉尻を下げる。
彼も今や巷では有名人になりつつあるが、その姿は名ばかりの魔王だと分かった時と同じく、ただの優男にしか見えない。こんな若者が冒険者を顎で使う立場になるなんて、と思えば感慨深い。彼の発案したシステムには私も関わっているので他人事ではないのだが、ギルドの中と外では彼の印象も随分と違う。
「そういえば、ヴァイスさんからも言って下さい。最近のジャズ、研究に熱中し過ぎてご飯食べるの忘れるんですよ。おれが言っても全然聞かないんだから」
「おい聞こえてんぞ、やめろ」
小声とはいえ、この距離で聞き逃すはずもなく。ぎゃいぎゃいと騒ぎ出す姿は丸っきりただの人でしかなくて、先程までこんな連中に畏怖や神秘を感じていたのかと笑えてくる。
『この世界の誰と話していても壁を感じる』
以前酒に酔ってようやくぽつりと漏らした本音の通り、私達では彼と対等に肩を並べることが出来なかった。
そんな彼が今話す相手には一切の力みが無く、自然体だ。昔ながらの友人のように分かり合い、じゃれている姿はまるでこの世界に唯一存在する兄弟のようだった。
きっと二人は、これからもお互いを助け合い、必要としながら生きていくんだろう。
私には……私達パーティでは同じように支える事が出来なかったのを申し訳なく思う。
度重なる危険に飛び込み、ただ力を振るう能しか無かった私達を陰ながら支え、活かし続けた。彼がいなければ、私は物事の本質を知ろうともせず、ただ自分の力に酔うだけの傲慢で周囲を圧する人間になっていたはずだ。私だけでなく、共に旅をしていた他の仲間も同様に。
彼のおかげで私は変われた。
その彼が叶えたい夢があるというのなら、私は喜んで力を貸そう。
そのために、まずはこの自分の身体を過信している馬鹿に説教でもすることにした。
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