四十五幕 それぞれの成果


 流石に今日も帰らなければ、アミィは心配してジャズに連絡を入れるかもしれない。せっかく本当にやりたかった事を出来て、楽しそうにしていたジャズの邪魔をしたくなかった。

 ただ、壊れてしまった制御装置が無ければ外に出ることもままならない。どうにか直せないかと苦心するユートに、セレフィスは自前の魔導具を代わりに取りに行った。それを待っている間、昨日の夜ぐちゃぐちゃにしてしまった部屋を片付ける。

 どれくらいの間話していたのか、気付けばひと晩が経っていた。まだ頭が興奮しているのか、眠気は一向に現れないが二人して徹夜してしまったようだ。老体に無理をさせてしまって申し訳なく思う。

 

「でもなんかスッキリしたなあ……」

 

 黙々と片付けながら、綺麗になる部屋を見ていると不思議と気持ちも整理される。ジャズが勇者になったのも、ユートがこの世界に呼ばれたのも自分の力ではどうしようもない事だった。運のせいだと言えば全ての出来事がそうなのだろう。

 何より、怒りに任せてこの世界を壊してしまうには、ジャズとの旅は楽しすぎた。ジャズが勇者として必死に守るこの世界を、ユートには傷つける事ができない。

 

 戻って来たセレフィスから、露店で買った制御装置より少し大振りで目立つ装飾品を苦笑しながら受け取ったユートは、最後にはここの本を読ませてもらえて良かったと笑顔で礼を言った。

 

「うむうむ。いくら親しくなったとしても、勇者であるジャズには言い辛いこともあろう。わしはこの棟に今でも結界を掛けていての、わしが許した相手しか入る事ができん。誰かが来ればすぐに分かるゆえ、何か話したいことがあればここに来ればいい」

 

 優しく言うセレフィスはただの孫に甘いお爺さんの顔をしていた。その顔に懐かしい面影を感じてユートもハッとする。セレフィスの笑った顔は、元の世界で幼い頃よく世話をしてくれた祖父母に似ていた。ほぼ初対面にも関わらずあそこまで心情を吐露してしまったのは、おそらくその顔に安心感を抱いていたからだろう。

 気恥ずかしさと込み上げてくる何かを深呼吸で抑えていると、後ろから駆け寄ってくる軽い足音がした。

 

「先生! お客さまがお待ちです」

 

 高く幼い声に振り向くと、自分の身長より大きな杖を抱きかかえるように持つ少年が棟の入口に立つ二人を見上げていた。「おお、そうじゃったそうじゃった」とおどけるような声を出したセレフィスが最後にユートの肩を力強く叩いて歩き出す。その杖を差し出す幼い姿に、ジャズに教えてもらった過去が重なった。

 

「あの、もしかして昔ジャズを買ったのって……」

 

 少年の前で奴隷という言葉を使うのは憚られた。言い淀むユートを振り返り、セレフィスは少年の頭をぽんと撫でる。

 

「あやつはこの子より生意気じゃったがの。なあに、ほんの気まぐれじゃ。時々こうして孤児の子を引き取っては、一人前に育てるのがこの老人の楽しみよ」

 

 この都市では窮屈そうだったため外に出したが、学ぶ事が好きだった彼はいつか帰ってくるのではないかと思っていた。そう懐かしそうに語るセレフィスは、ジャズがこの学院で門前払いを食らったことを知らないらしい。物事はそう誰かの都合良くは回ってくれない。

 その場は頷くだけに留めたユートは、また振り出しに戻ったようなものだがひどく晴れ晴れとした気持ちだった。

 

 帰ったらお腹いっぱい食べて、一休みしたらまた学院の書庫へ行こう。今度こそ聖域を調べ、どうにかして次の出現場所を掴まなければ。

 

 そう気合を入れてセルドゥルの家のドアを開けると、目の前に仁王立ちしたジャズが立っていた。固まるユートを上から下からじろじろと眺め回したジャズは、はーっと深く長いため息を吐いた。

 

「お前、何かあったら俺に言うって言ったよな?」

「えっ! あー、えっと……」

「何も無かった、はナシな」

 

 睨みつけるジャズの後ろで、心配そうに隙間からこちらを覗き込むアミィの姿が見えた。どうやら少し遅かったらしい。かといって、あそこで知ったことをジャズに言うつもりは無かった。

 視線をさまよわせ続けるユートに、もう一度ため息をついたジャズが身体をずらし家へと招き入れる。

 

「言いたくねえなら無理には聞かん。とにかく中に入れ。顔色が悪い」


 徹夜した上に泣き腫らしたユートの顔は酷いことになっているはずだ。それでも深くは突っ込まずにいてくれる事に感謝しながら、ユートは数日ぶりにまともなご飯を食べた。

 

「それにしても、ジャズには悪い事しちゃったね」

「何のことだ?」

「おれを心配したアミィに連れ戻されたんじゃないの?」

「ああ……そういう訳じゃない。お前に用があってこっちに来たら数日帰って来てないと聞いてな。もう少しで探しに行くところだった」

 

 てっきりアミィに呼ばれて来たんだだと思っていたユートが首を捻る。不思議そうに見上げるユートにジャズはまだ心配を滲ませた目で言った。

 

「聖域が現れる周期を掴んだ。精度はまだそれほど高くないが、目安にはなる」


 ドンピシャで求めていた情報に、固まった手からパンの具が滑り落ちる。慌ててかぶりつくユートを呆れたように見ながら、ジャズはさらりと告げた。

 

「お前放っといて天体の研究するわけにもいかないだろ。セルドゥルには事情を話して協力してもらった。現れる場所にもおおよその当たりをつけてある」

 

 お前の方はどうだ? 言外に発せられた質問に、ユートはしっかりと頷いた。

 

「うん、おれも、帰れるなら聖域しかないって分かった。絶対に見つけよう」

「よし。なら急いで準備しろよ」

 

 満足気に頷いて外に向かうジャズを呼び止める。一緒に行こうと慌てて食べ進めるユートを宥めてジャズは言った。

 

「今すぐって程じゃねえよ。とにかくお前はゆっくり飯食って寝てろ。まず必要な準備は体調の回復だろ」

「分かったよ。それで、一体いつなの?」

 

 今回は防寒着をつけて下りてきたジャズは、このまま買い出しに出て一度山へ戻ると言う。明日改めて呼びに来ると言いながら、ユートの逸る気持ちを抑えるようにあえてゆっくり口にした。

 

「聖域が現れるのは、今日を入れておそらく三日から五日後くらいだろう」

 

 

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